ダーク・ファンタジー小説

Re: 命を売り買いする場所。 ( No.76 )
日時: 2016/02/01 18:19
名前: とりけらとぷす (ID: pGxW5X.O)


第15話【新たなはじまり】


僕達は、会議が終わるとおじさんとさよならをして、また協力者を訪ね回った。
おじさんは、僕達とお別れをするとき、少し寂しそうに小さく手を振っていた。おじさんの手は大きな身体の割にとても小さくて、僕はその手が小さく揺れるのを遠くの方で見ていた。

「レオ様、行きますよ」

「ああ」

最近、少し肌寒くなってきた。太陽は雲に顔を隠してしまっている。どんよりした空模様と、生ぬるいような中途半端な気温。

もうすぐ、冬が来るーーー。







作戦実行当日、僕達は地下道近くのバーに集まった。集められた人は僕達含め四人。その中に、この前のおじさんもいた。本当は五人のはずだったが、1人は何故か来なかった。
作戦を実行するのは日が暮れてから二時間後くらい。それまではここで腹ごなしといったところだ。
ここはいつもそうなのか、多くの人で賑わっている。僕は命の売り買いで賑わっているところしか見たことがなかったから、小さな部屋にたくさんの人が楽しく食事をしたり、お酒を飲んだりするのが不思議だった。

「何を頼みますか?」

「頼むって何を?」

「食事ですよ」

そう言ってロベルトが前に出したのはメニューと書かれた紙だった。そこには、メイン、サラダ、ドリンク…などが書かれている。
僕が首を傾げていると、ロベルトが思い出したように言った。

「あ、もしかしてレオ様はこういう場所で食事をするのは初めてですか?」

「あ、ああ…そうだな。こんなのを見るのは初めてだ」

「貴族ぼけですね。いずれ貴方は上に立つお方なのですから、庶民のことも少しは理解しないと。これでいいですか?」

僕は頷いた。いつもならコックが料理を運んで来てくれるから、自分で何か好きなものを食べられる訳でもないし、賑やかに食事をすることは許されない。たくさんのフォークやナイフやスプーンを使い分けなければならないのとは違って、ここはフォーク、ナイフ、スプーンが一組ずつしかない。
ロベルトはウェイター姿の女の人に何か注文して、僕達は食事が運ばれるまで少し待つこととなった。

「そういえば、あなたは?」

おじさんの横には、細身の背の高い男が座っていた。おじさんは最近会ったばかりだからか、印象に残る人だったかでよく覚えていたが、隣の人は本当に会ったんだか、記憶が曖昧だ。

「私は、隣町の牧師です。レンツェと申します」

「牧師さん…そういえば、教会に行ったような、行っていないような」

「あはは。貴方に会うのは初めてですよ。レオ坊っちゃん」

「坊っちゃん…」

初めての呼び名に戸惑いながら、取り敢えず差し出された手を取った。

「こちらこそよろしく、レンツェさん」

「レオ様、目上の方には”さん”付けするのですね。私にはしてくれないのに。というか、呼び捨てなのに。仮にも私は」

「ロベルトは、ロベルトだろ」

「ロベルト先生ですよ」

「はいはい、先生。ロベルト先生」

「お食事をお持ち致しました」

左向くと、苦笑したウェイターさんが食事を運んで来てくれていた。
僕の前へシチューとパンが置かれる。これはいつも通りだ。

「こちら、お飲み物になります」

そう言って差し出されたグラスは赤かった。
血…?いや、そんなはずはない。だけど、赤い飲み物を見たのは初めてだった。

「これは…?」

「ラズベリージュースですよ」

戸惑う僕を見て、ロベルトが教えてくれた。

「ジュース…へぇ、ラズベリーの。さすがだな、ロベルト先生」

「こちらはシチューですよ」

「知ってるよ」

「では、これからの成功を祈って……乾杯!」

料理はどれも素朴けど美味しかった。ラズベリージュースも初めて飲んだが、まあ悪くはない。少し味気ない気もしたが、庶民はこんなものだろう。少し味を濃くすれば、あとはそんなに変わらなかった。

日はもうすっかり暮れてしまっている。
作戦実行まで後少し。新たな舞台の幕開けだーーー。