ダーク・ファンタジー小説
- Re: 命を売り買いする場所。 ( No.90 )
- 日時: 2018/07/10 09:08
- 名前: とりけらとぷす (ID: wf9BiJaf)
ギャラリーには、たくさんの絵画が飾られていた。どれも淡い色のタッチで、同じ画家が描いたものかと思われた。
その中でも特に僕の目を引いたのは、一番奥の壁一面を飾る風景画だった。
僕が無意識にその絵に歩み寄り眺めていると、気に入った?とリイも横に来て絵を見上げた。
「僕、この絵が一番好きなんだ」
そう言うリイは、どこか遠くの方を見ているような気がした。
山間に描かれたいくつもの白い建物。それらはドーム型で、ここらではあまり目にしない建造物だった。とても細々としたタッチで、色とりどりの花も描かれている。
ただ、人がいるというような描写は一切されておらず、でもその閑散とした感じを淡い色とりどりの色で感じさせないようにしていた。
この絵からは、人が描かれていないにもかかわらず、ぽかぽかとした人のぬくもりを感じた。
「ここの絵は全て同じタッチで描かれているけど、リイはこの画家が好きなのか?」
「いや、これは、僕の先代が描いたものだよ」
「へえ…凄いな。なら、リイは画家の家に生まれたのか。じゃあ君は、王宮直属の画家ってわけか。画家は重宝されていると聞くし…といっても、こんなに優遇されているとは知らなかったよ」
僕が1人で納得していると、リイは静かに首を振った。
「違うよ、僕は画家じゃないし、お爺さんもそう」
そう言って、リイはまた絵に目を向けた。
「これはね、先代が故郷を思って描いたものなんだ…題名はーーーーー『プレタリアの街』……」
「プレ…タリア……?」
「ああ、知ってるかい?何百年も前、神の子の呼ばれた者たちだ。……虐殺で、ほとんど殺されてしまったけれど。
ここに住む人達は、皆、白い着衣を着ていたらしい。白い布は、『純白』『純潔』を意味するんだ」
「それで、君も白い布を?」
おかしいと思っていた。貴族や身分の高い者であるなら、黒い着衣を着ているはずだからだ。
「なぜ、奴隷達が白い布を身にまとっているか知ってるかい?
ーーー対して、貴族や身分の高い者達が、黒い布を纏うようになったかを。
貴族達はーーー今も昔も変わらないかもしれないけど、その昔、悪魔に魂を売ったんだ。人が血を流すのに一種の快感を覚えたり…例えば、闘技場や魔女狩りなどがそう。あんなのに、意味なんてないんだよ。人々を愉しませるための、一種のショーに過ぎない。
あと、貴族達は金や地位にたいそうこだわる。全ての人がそうとは限らないけれど、欲深さを具現化した生き物にさえ思えてくる…。
ああ、少し話が逸れてしまったけれど。
つまりは、悪魔に魂を売っても、身までは売るなってことだ。黒い布を纏い、悪魔を装う事で、心身を蝕まれるのを避けたということ。
それに対して奴隷達が白い布を纏っているのは、いわば、悪魔(貴族達)に身を売っても魂までは売るなということ。心の白きを忘れず、世の汚れを知りながらも、自らはその色に染まらぬようにという願いが込められている。
神は白い布を纏っているだろう?プレタリアもそう。
人は、生まれながらにして善悪を決められているわけじゃないよね。だから、赤子を取り上げる時なんかは、白い布が使われる。人は生まれた時は、皆神の子なんだ。それでも、貴族らは黒い布を纏い続ける。長い年月欲望のままに生きてきた罪があるからだ。
そうとは知らず、白い布を纏う下層民達を蔑み、黒を貴の象徴とするーーー全く、無知も良いもんだね」
僕は自分の服の黒色が目に入って嫌になった。僕も、その血を継いでいる。長い年月をかけて溶かされた罪の血が僕にも流れているのだと思うとぞっとした。
僕もいつかは悪魔に魂を売るのだろうか。それとも、知らずして、もう売ってしまっているのだろうか。
リイの身分が高いにも関わらず白い布を纏う勇気に僕はただ立ち尽くすしかなかった。あくまでも僕は、貴族という身分があるし、家系のこともあるので、白を着るのを避けてきた。白は下層民が着る物だから…どこかでそう思っていたのかと思うと、自分で自分が許せなくなる。
だったら国家を変えようというこの計画も全て、実は僕のためでしかなくて、皆のためという偽善を掲げ、皆を巻き込んで…。
それなら、ロベルトに裏切られたとしても、仕方なかったのかもしれない。彼はーーー理由は知らないが、僕の父親に酷く恨みを持っているらしい。
なら、計画に同意したふりをして僕を暗殺しようとしたのも納得がいく。彼は頭がいい。
僕が独断で王宮へ忍び込むことを決断し、それをロベルトが止めようとしたが兵士らに見つかり刺殺された…など、いくらでも話は作れる。また、もしロベルトが疑われ、打ち首になったとしても…彼は恨みを晴らせたのだから、一層本望かもしれない。復讐とはそういうものだ。
「ご、ごめん。そんなに思い悩むとは思わなくて」
僕があまりに黙っているものだから、リイは心配してくれたが、僕は首を横に振るだけで何も答えられなかった。
「さっきも言ったけどね、全ての人がそうって訳じゃないんだよ」
今ではそのリイの慰めの言葉でさえも、なんの意味も持たない、薄っぺらい表面だけの言葉に聞こえた。
「…僕は、裏切られたんだ。こんなだから……信頼できると思っていた相手に。僕は本当に大馬鹿者だ」
僕がふてくされて言うと、レイは真っ直ぐに言った。
「それは多分、違う」
彼の銀色の瞳が、今少しばかり黄色がかって見えた。きっと電灯の光が反射したためだろう。
でも、その時僕は、レイの瞳の中に強い意志を持って一輪の花が咲いたように見えた。
「本当に、それは君の信頼している者だったのかい?見間違いの可能性は?…人の記憶なんて、曖昧なものだよ。あまり、過信しない方がいい。何せ、君のいた所はあの惑いの地下道だったのだから」
その時、ボーンボーンと何処からか柱時計が大きな音を立ててなるのが聞こえた。
「あと1時間で夜明けだ」
「もう夜明けなのか?」
「ああ、君はよく眠っていたからね。君は家へ帰ったほうがいい。きっと、確かめたいことがあるはずだ」
部屋へ戻ってくると、リイは指を鳴らして、召使いをよこした。
「ごめんね、僕はここから出られないんだ」
送り側、リイは寂しげに言った。
「また、会えるかな?」
「わからない。だけど、君が本気で国を変えようとするとき、僕は力になるよ」
部屋を出て廊下を抜けていくと、長い廊下の先に人が何人も乗れそうな大きな箱があった。
「こちらにお乗りください。私はここで引き上げますので」
「これは?」
「エレベーターというものです。ロープで巻き上げることにより、上へ上ることができます」
僕は今まで見たことのない乗り物に戸惑いながらも、不安定な箱に足を踏み入れた。
「本当に、大丈夫なんだろうな?」
「ええ。皆さんいつもこれを利用しておりますので」
「お前は来ないのか?」
「申し訳ございません、人手が足りないもので。ご安心ください、上に迎えを呼んでおります」
そう言うと、召使いは横にある錆びきった巻上げ機を巻いた。