ダーク・ファンタジー小説

Re: 命を売り買いする場所。 ( No.93 )
日時: 2018/10/05 08:13
名前: とりけらとぷす (ID: 4Sz5tcpQ)


その声が聞こえたのと同時に、僕は古びた王座の上に見慣れた紋章を目にしたのだった。
盾の形をした、アルドリアの紋章。赤地に黒いライオンのマーク、その頭上に金の冠が施されたそれは、間違いなく僕の一族のものだった。
僕の知らないところで世界は廻っている。これはきっと、僕なんかが首を突っ込んではいけないことだったのだ。
ふと左の脇腹に強い痛みを感じた。

「ん?何だどうした」

「いや、何か今足に当たった様な」

まずいと思った時には、時すでに遅し。

「おや、いいカモがおりますぞ」

僕は机の下から引きずり出され、初めて大臣全員の顔を見たのだった。恰幅が良く、カツラでも被っているのだろうか、パーマのかかった白い髪を一つに結っている。
ルドルフ大臣は二人に拘束され睨みつける僕を見て腹を抱えて笑った。

「…何がおかしい」

「いや、ははは。まさか御本人自ら出向いてくれるとは。私どもが手を下す手間が省けたわい」

「いつからここにいたのかわかりませんが、どうします?話を聞かれたからには、処分するのが適切かと」

処分だって?そんな、まだまだしないといけない事が沢山あるのに。父上に伝えなければ。一刻も早く、父上に伝えなければならないんだ。
僕が必死に抵抗すると、ルドルフ大臣は哀れむ様な目で見て、予想外のことを言い出した。

「いや、落ち着きたまえ。国家の反逆者たるものと雖も、まだ子供ではないか。処罰というのは少しばかり重すぎる。…捉えた二人とともに返してやれ」

「しかし…」

「早急にだ」

「はい、わかりました」

こうして僕はほぼ6時間ぶりにロベルトとおじさんと再会したのだった。ロベルトは裏切り者かもしれない。会ったら一度殴らなくては済まないほど煮え立っていた僕の心は、ロベルトを前にしたところで何も起こらなかった。そんなことより、さっきの会話と空虚な王座の上の紋章が何度も何度も脳裏をよぎった。
僕らは貧相な馬車に乗せられ、早急に家へと帰された。
何も出来なかった。僕は人を巻き込んだ上に、親族までもを危険な目に合わせるきっかけを作ってしまったかもしれない。自分の無力さを噛み締める他なかった。大人の世界に首を突っ込めるほど、僕はまだ大きくなかったし、子供だった。僕が直談判すれば聞いてくれると思っていた王様はすでに存在不明。いや、そもそもそんな理想像は呆気なく崩れ落ち、貪欲な大臣らの下、独裁国家が作り上げられていたというのだから、僕らはありもしない相手に立ち向かっていたに過ぎなかった。
何も、手掛かりすらつかめなかった。島の事だって、何か実験が行われているという事だけで。


ーーー沈んだ空気の中、馬の蹄の音だけが軽快に鳴っていた。教会の鐘の音がこの街に朝を与える。虚構の世界で生かされているとも知らずに、沢山の人が操り人形のように動かされている。
全ての人に自由を与えるなんてただのエゴは、掲げたところで何の役にも立たず、呆気なく消えてしまうのだろう。
カーテンの隙間から今日もあの石台の上で、命の売り買いが行われていた。
街の喧騒が、嫌に煩かった。












「しかし、本当によろしかったのですか、帰してしまって。きっとカナリオ様に言い付けるに違いありません」



「カナリオ様も前々から勘付かれていた事であろう。少しばかり時期が早まっただけだ」



「只今、王子から、興味深いものが届きましたよ。資料室で使用人が見つけたものだそうです」



「…良いものを残してくれたな。さぁ、我々も準備に掛かろうではないかーーー」