ダーク・ファンタジー小説

Re: 命を売り買いする場所。 ( No.95 )
日時: 2019/02/11 19:29
名前: とりけらとぷす (ID: rRbNISg3)

第20話【罪と報復】



「…どこで何をして来た」

そこには予想していた通りの父親の顔があった。いつものように強張った顔で、僕を見下ろしている。
父がいつものようにガミガミと説教を始めたが、そんなのは僕の耳に入ってこなかった。

僕が宮殿へ侵入したことがバレた。
父親が殺されるかもしれない。
どうして黙って帰してくれたんだ?

そればかりが頭の中を埋め尽くして、他のものが入ってくるのを断固として受け入れなかった。

「ーーー僕、」

「アルドリア・カナリオ殿に、国家からの勅令である」

大きな声が聞こえて、シフティが深刻な顔で父親を呼びに来た。

「カナリオ様、国家から使いが来ております」

「国家からだと?」

「はい…至急こちらへ。レオ様はここでお待ちください」

父親はシフティと同様真剣な顔をして部屋を出た。
窓を覗くと、宮殿から10人ほど召使いが来ていて、巻物のようなものを開き、読み上げているようだ。何と言っているのかははっきりと聞き取れなかった。
その後、血塗られたような紅い封筒を渡すのを見て、僕は窓から飛び退いた。

「あれって…まさか」

僕はあの封筒の意味を知っている。あの紅い封筒の意味することを。
先に帰しておいたのはそのせいか。僕みたいなバカで未熟な奴は帰したところで逃げたいということを想定したのだろう。その思惑通り、僕は逃げずに屋敷にいたというわけだ。
父が急いで駆けつけて来て、シフティに外で待つようにと命じて扉を閉めた。

「この意味がわかるか」

父親の顔はさっきまでの表情とは一変して、変に穏やかな顔をしていた。
いや、穏やかなんじゃない。もはや呆れ果ててどうしようもない顔だった。
僕は黙って頷いた。

「ナイフを持ってるか」

「え、ああーーー」

ナイフと呼んだのは、僕の帯刀している短刀のことだった。腰のあたりを探って、初めてないことに気づく。

「あれ…無い?」

「はぁ…。もういい」

身の回りを慌てて探す僕をよそに、父親は机の引き出しからナイフを取り出して、封を開けた。
最初からそうすれば良いものを、と溜息をつく。

「読め」

「読まなくてもわかる」

父親が差し出した紙に顔を背けると、いいから読め、と顔のすぐそばまで持ってくるので、僕は仕方なくそれを受け取った。

「ちゃんと読むんだぞ。一字一句逃すな」

「わかってる」

読んでも読まなくても同じだ。
そう思いながらも、父親が目の前に腕組みをして座っているものだから、ゆっくり目を通してゆくことにした。

『先日、アルドリア一族の御子息、レオ殿が王の間に侵入し………ーーーーーーーーーーーーーーー宮殿の資料室に放火した模様ーーーー』

は…?僕は1枚目から手が止まった。
確かに、僕は偶然エレベーターを降りてしまった為に資料室へ入った。そしてそこから会議室(手紙では王の間)に侵入した事は確かだ。
何か言おうと父親の方を見ると、いいから全て読めと合図してきたので、読み続ける事にした。

『ーーー資料室にアルドリアの紋章の刻まれし
刃物がーーーーにより発見され………ーーーー此れを以てそなたのご子息を国家への反逆者と見做す』

「…僕の首が飛ぶんだろ?父上、」

後一枚残して手を止めて父親を見上げる。残り枚は見ても見なくても同じだ。
というより、少し怖かったのかもしれない。今こうして生きている命が、この脈打つ心臓が、一瞬にして止まってしまうという現実を受け止めたくなかった。
まだやらなきゃならないことが沢山ある。
皆が平等な世を作るんだ。奴隷制度なんか無くなればいい。皆が皆、ひとりの人間として人生を全うできるように。
そのために、やっと動き出したのに。僕は僕自身で、その歯車の根を止めてしまうのか?
このままではただの独りよがりに終わってしまうじゃないか。そんなの嫌だ。絶対に。
僕の正義は確かに、現時点ではただの偽善者たる行為でしかない。だけど、それが全うされて、人々の自由が保障された時、初めて僕は僕の正義を認めることが出来る。これまでしてきたことが無駄でなかったと思えるはずなのに。これまで父親に散々馬鹿にされたことが、父親に認めてもらえるようになるはずだったのに。
こんなことで呆気なく消えてしまうなんてあんまりだ。
今にも泣きそうなのをぐっとこらえて最後の紙を見ることのできない僕を見て、父親は苦渋の表情を浮かべた。
こんな父親の顔を見たのは初めてだった。

「それを貸せ」

父親は僕から紙を奪い取って、最後の一枚を僕の目の前に提示した。

「レオ。顔を上げろ。ちゃんと見るんだ。ちゃんと見ろ!」

だんだん大きくなる声にびっくりして、僕は死刑囚の名前を嫌でも見なければならなかった。
そこに書かれていたのはーーーー。


『ーーーー死刑:アルドリア・カナリオ殿』


僕は驚いて声も出せずにいた。

「死刑執行日は明日の夕刻だ」

明日の夕刻、父親が死んでしまう?そんな馬鹿な話があるのか。
大体、一体全体、どうして僕じゃないんだ。

「…何で。何でなんだ。どうして父上が…」

「私がこうなる事は前からわかっていた事だ」

そういえば、と思い出す。会議室の中で、ルドルフとか言う大臣が時期王座を狙っていて、父が邪魔だと言っていた事を。
前々からわかっていたといえ、その時期を早めてしまったのは確実に僕のせいだ。

「父上、でも…王様はいない。ルドルフって大臣が王座を狙っていて、父上を殺そうとしているんだ!」

そこで、ふと一つの疑問が湧いて来た。
それは、父親は王族に仕える王の第1秘書出会ったにもかかわらず、王様がいないとなれば、父親は一体今日の今まで誰に仕えてきたのか、と言う事だった。

「父上…王様はいないんだ。僕は見てきたんだ!それに、僕は確かに資料室に迷い込んだ。だけど、燃やしてもないし短刀をそこに落とした覚えも…」

父親は僕が言い終わらないうちに「わかっている」と言った。

「王様はいなかった。みんなが恐れおののいていた王様はいないんだ。そんな、大臣からの死刑宣告に父上が従わなくてもいいじゃないか。それに、王様がいないのに、父上は一体今まで誰に仕えてきたんだ!」

「…王様はいる。私はそのお方に仕えてきた。時期王座はルドルフではない」

「王様はいるって、あのボロボロの王座ーーーあんなのに、王様が座っているっていうのか?父上、ちゃんと本当の事を言ってくれ!この国は、アルドリア王国だったのか?それは本当なのか?」

もう、何が何だか訳がわからなかった。王様は亡命だと聞いていたのに、父親は、王様はいると言う。その方に仕えてきたのだと。
もしかして、父親は何かに騙されていて、虚構の王様に仕えてきたのではなかろうかと言う悪い考えが頭に浮かんだ。

「どうして、お前がそれを…」

「僕は見たんだ。王座の上の獅子の紋章、アルドリアの紋章を!教えてくれ、父上。全て、教えてくれ!僕もあそこで見た事全てを話すから」

父親は明らかに動揺している様子だった。でも、すぐにいつものしかめっ面に戻って話し始めた。

「…本当は、レオ、お前が十五で元服を迎える際に全て話すつもりだった。でももう時間がない。時間のある限り全て話そうーーー」