ダーク・ファンタジー小説
- Re: Amnesia ( No.54 )
- 日時: 2015/07/06 19:55
- 名前: のれり (ID: R4l9RSpR)
翔太さんは私のことを真っ直ぐ見つめたまま、微動だにしなかった。
私の左手にしっかりと握られていた花瓶は『床に』叩きつけられ、激しい音を立ててガラスの破片と化した。
「…っ…!なん…で…なんで逃げないのよ!?」
私は翔太さんを傷つけることができなかった。姉さんを傷つけられて憎くて憎くてたまらない相手のはずなのに。
「どうして…自分のことだけを守ろうとしてよ。醜い悪人でいてよ。善人ぶらないでよ。あなたのことを…憎ませてよ…」
言ってることがメチャクチャだ。本当は分かってる。翔太さんのせいじゃないことも、むしろ、翔太さんが姉さんを助けようと手を差し伸べていたことも、
私はみんな、みんな分かってる。分かってるんだ。
だけど、翔太さんを許してしまえば、このどうしようもできないグチャグチャとした感情は、一体どこに吐き出せばいいんだろう。
翔太さんは悪くない。
悪いのは—…私だ。
「さえかちゃん…ごめん……ごめんねー……」
翔太さんは申し訳無さそうに謝っている。
やめて。やめてよ。わるいのはわたしなんだから。
「…ッ…っく…………ひっく……」
嗚咽でうまく言葉を出すことができない。
いつの間にか、私の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
その時、誰かの温かい手が私の肩を包み込んだ。
顔を上げると、優しく微笑んでいる舞の顔がそこにはあった。
「さえかさん、一旦出ましょう」
舞はそう言うと、翔太さんのことを睨みつけてから、私の手を引いて、病室から出た。
舞は、私が落ち着くまで、ずっと私の手をにぎっていてくれた。舞の手の温度が私の手に伝わってきて心地いい。
舞は何も言わず、ずっと隣で座っていてくれた。
実の兄が殺されかけたというのに——………。
数十分後、病室から先生が出てきた。
先生は明日、姉さんが退院する、ということを私に告げると、軽い会釈をして、ナースステーションの方へと歩いて行った。
舞は私を家まで送ってくれた。
舞は最後まで私のことを心配していたようだったが、私が気丈に振る舞うと、安心したようにふっと息を吐き、家へ帰って行った。
舞がいてくれてよかった。
舞は、私にとって唯一無二の親友へと変わっていった。