ダーク・ファンタジー小説

Re: Amnesia ( No.99 )
日時: 2015/08/19 16:54
名前: のれり (ID: R4l9RSpR)

「ほら、舞!早くしろよ。おいてくぞ?」
「待ってください!まだちょっと…」

グタグタと鏡の前で何度もにらめっこをしている舞。
僕はそっとため息をついた。
ずっと玄関先に立っている僕の身にもなってほしい。

ふと空を見上げると、そこには夏の清々しい青い空がどこまでも広…っていた。
チカチカと眩しく、僕は目を細めた。

「翔太、おまたせしました。さ、さえかさんの家に行きますよ!」
「おいおい…遊びに行くんじゃなくてお見舞いだからな……」
「ふふふ、分かってますよ」
本当にわかっているのか疑わしいところだ。


……。

静さんは、一向に僕のことを思い出さない。
いつしか時はたち、静さんと出会った夏になった。
僕達は、退院した静さんのお見舞いに、毎日のように美藤邸を訪れていた。

「翔太、見てください!猫が歩いてますよ」
舞が僕の服の裾をつんつんと引っ張るので、そっちを見た
「……。猫ぐらい、普通にいるでしょ………」
「えぇー、でも、かわいいじゃないですか」
「可愛いけd……」

そこまで言って気がついた。
後ろから車が近づいてきた。


え……猫が……ひかれる。


そう思った瞬間だった。

自然と体が動き、車の前に飛び出した。



舞の張り裂けるような叫び声

猫のフワフワとした手触り

たたきつけられたような衝撃

甲高いブレーキ音

うるさい蝉の鳴き声

刺さるような日差し


全てがグチャグチャに混ざり合う。
だんだんと見えなくなる僕の目。

「にゃーお」

薄れていく景色の中で、白い猫と紅く染まっていくアスファルトが見えた。

……よかった…………助かったんだね…………


これが、僕が最後に見た景色。

僕は暗闇に放り出された。




ーーーーーーーーーーーーーーー


「ねぇ、またあの子……」
「ぁあ、あの子は舞ちゃんよ……ほら、15年前の……」
「あ、あの子ね……一日も欠かさず病院に来てるって子は……」


丸聞こえなのですが。
私は、ヒソヒソと噂をしているうるさい看護師さんたちの間をぬって、
病院の墓地にたどり着きました。
明るく、日当たりのいいところです。

私は、ある墓石の前で立ち止まって、しゃがみ込みました。

「翔太……来ましたよ」
そっと、墓に花を添える。
「……………翔太。私、花粉症で涙が……止まらないのですよ」
ポロポロと流れる涙を、花粉症のせいにしてしまいました。

「翔太…私、不思議に思うのです。静さんは……翔太が亡くなってから、
後を追うように亡くなったのですよ。
……まさか……連れてったり…してないですよね?」

翔太は執着心が強いから……。
もしかしたら……。

「いえ、何でも無いです。……それじゃあ、私……もう行きますね」
流れる涙を、ぐしぐしと袖でふく。


「おねぇちゃん、ないてるの?」
「え?」

ふりかえると、子供が二人、手をつないで立っていました。
人がいたなんて、気が付きませんでした。
泣いていたのが恥ずかしく………。

「しょ……ぅた……?」
「?なぁに?おねぇちゃん」
「翔太なの!?」

そこにいたのは、翔太にそっくりな男の子でした。

「うん…ぼく、しょうただよ。おねぇちゃんはだぁれ?」

「わたし……は…」

そうだよ…ね……。
何を焦ってたんでしょう。
翔太のハズがないです。

この子はどう見積もっても五歳ぐらいです。
ふふ、何を期待していたんでしょう。

「ふふ、私は、舞っていうんです。」
「まい?…そっか、おねぇちゃん、ないてたみたいだけど、げんき?」
「ふふふっ。元気ですよ。それじゃ、ママも心配してるだろうから、
もう帰ってくださいね?」

私は、もう一人の、女の子の方を見ました。

「!!?」

「行こう、『しずかちゃん』」
「うん!」

二人の子供は、手をつないで楽しそうにかけて行きました。


あぁ、
そうなんですね。

生まれ変わって……

二人は幸せになったんですね……


「ちょっと、舞!またこんなところで……って、なんで泣いてるの!?」

この声は、さえかさんですね。

「か、花粉のせいですよぉ……」
「何言ってんのよ、舞。今夏だよ!花粉なんて飛んでないわよ」
「ふふふ、そう……ですね」

でも、涙が止まらないのです。

「ヒック……う…さえかさん……。きっと……きっと!翔太も静かさんも幸せですよぅ……うぁぁあん…」

「うん。そうだね。きっと、そうだよ」

さえかさんが、そっと頭を撫でてくれました。
あたたかくて、安心します。



あの二人の子供の笑顔はキラキラで。

頭をなでてくれるさえかさんのほほえみもキラキラで。


「翔太、静さん……幸せになってださい……」

私がつぶやいた言葉は、空気の中に溶けていって、

風に乗って飛んでいきました。


きらきら輝くこの笑顔を、私は忘れません。

いつか、またあの子達と会える日を願います。
さよなら、また……………。

私は、さえかさんに思い切り抱きつきました。

夏の日差しが、私達を包み込む、暖かな昼過ぎのことでした。



   【Amnesia END】