ダーク・ファンタジー小説

Re: 影舞う月夜に君想う〜What a ugly beast〜復旧 ( No.57 )
日時: 2016/01/20 21:25
名前: 吉田 網張(RINBYO) (ID: jV4BqHMK)

「はぁ……っ、はぁ……っ!」

 息が苦しい。

 どうして?なんでこんなことを?訪ねても、きっと彼は答えてくれない。……ううん、これは彼じゃない。違う、誰か。
 優しかったはずのその瞳は、まるで血に飢えた獣のよう。強く強く噛み締めた歯の間から漏れる呻き声と、熱い息。

「ごめん……ごめんね」

 震える声の彼がてにもつのは、さっきまで私の喉元に刺さっていた鋭い刃物。真っ赤な血で濡れて、月明かりの下で不気味に光る。

「……っ、が、ぁ」

 もう声を出すことなんてできない。息をすると、ヒューヒューと喉がなり、とどまることを知らずに流れ出す血が、更にその量を増した。
 意識が朦朧としてきたなかで、霞む視界にうつるのは、久しぶりに見た、泣き顔の彼。

 __ああ、良かった。

 そう、これがいつもの彼だ。泣き虫な彼。

 ……彼にもたらされた最期。きっと、私にはもったいないくらいのシナリオ。
 私が恐れていたのは、死ぬことじゃない。彼が変わってしまうこと。もしこれが最期なら、あんな表情で、終わらせたくなかった。

 でも、もう、大丈夫。

 私の人生が始まったのは、生まれた時じゃない。この人と、出会った時。
だから、私の人生を終えるのも彼。

 なんて、なんて素敵なんだろう、なんてロマンチックなんだろう。

 ありがとう。そう心で呟いて、重くなった瞼を閉じたその時、微かに彼の手の温もりを、人間であり、生きているその証を感じとった。

         *