ダーク・ファンタジー小説

Re: 影舞う月夜に君想う〜What a ugly beast〜復旧 ( No.69 )
日時: 2016/03/12 19:29
名前: 吉田 網張(RINBYO) (ID: jV4BqHMK)

 目が覚めた。頭にズキズキとはしる鈍痛、重い瞼、湿っぽく暗い空間、自由を奪われた体……考えるまでもなく、その全てが不快で、その男……月詩は小さく呻く。
「俺、は……」 
 そこは、住宅街から少し離れたところに流れる河川近くの、地下貯水槽。雨が多く降れば水で満たされるであろうそこは、今はただじめじめとして、少し水溜まりがある程度だった。
「ぅ……」
 体を捻ると、後ろ手に縛られた手首と、ひとまとめにされた足首に縄が食い込み、僅かに痛んだ。
 ひんやりと嫌に冷たい空気が流れるそこで、月詩は背中に一肌の温もりを感じた。なんとか後ろを振り向くと、見慣れた茶色っぽく長い髪。赤いドレス。続だった。彼女もまた、同じように縛られていた。
「続、さん……?」
 か細い声でそう問いかけても、返事はない。嫌な予感に、背中に冷や汗が流れる。

 確か、俺は__

 こうなる経緯を、いまだ痛む頭で、必死に思い出す。
 今日夜達と別れたそのあと、二人は暫く、他愛もない話をしながら、夜の帳が降り始めた静かな道を歩いていた。途中で狭い道に入ると、足音が近づいてきて、直感的に振り向いたら__

「殴られたのか……」
 いきなりの激しい衝撃に、気絶したのだ。そう思い出して、この頭痛のわけを理解する。しかし、殴ったのは誰かは思い出せなかった。
 このままだと、自分も彼女も危険だ、と、ハッキリしてきた意識の中で、月詩は辺りを見渡した。人影は彼女以外ない。腕と足の拘束も、解けそうになかった。
 どうする……? 脱出する方法を考える月詩の耳に、ゆっくりとこちらに近づく足音が届いた。
「……っ!」
 恐らく、自分たちを気絶させ、ここまで運んだ犯人だと思い、神経を張りつめる。脈打つ心臓の音がはっきりと聞こえる。

「ここは……僕の思い出の場所なんだ」

 近づいてきた人物の声は、月詩がよく知った者の声だった。
「枝暮、さん……?!」
 暗闇から、顔を認識できるまでに此方に歩みよった男を見て、疑惑は確信に変わる。枝暮の手には、小振りのナイフが握られていた。
「母親を殺した後、僕は居たことも知らなかった親戚に引き取られた。幸い、元の家からは結構近かったから、今日夜と別れることもなく、ね」
 月詩たちの付近を歩き回りながら、自分の昔話をし始めた彼に、月詩は違和感を覚えた。確かに彼の筈なのに、どこか違う、別人のような感覚。まるで、違う誰かが彼に入ったような。
「親戚に僕はこの体質のことを話した……勿論、気づいたきっかけが母親を喰らったことだなんて言わなかったけどね。彼らは僕の予想に反して、それを受け入れた。そして母親より裕福だった彼らは僕に、病院から輸血用の血液を飲ませた。僕が肉を食べる量は数ヶ月に2、3回で良かったことがまだしもの救いだった……僕は数らに嘘をついた。こうして時々血液を飲めば、餓えることはない、とね。さすがに人肉なんて調達できないし、させられないからね」
「……っ、ここ、は……?」
 緊張感を感じながらも、彼の話を黙って聞いていた月詩の背後で、続が目覚めた。苦しげな息遣いが聞こえる。
「続さん、良かった……」
 無事だったと、一先ず安心する月詩と、状況が飲み込めない続に構わず、枝暮は語り続けた。
「親戚たちの気遣いには感謝してるよ……でも、そこにはやはり本当の愛はなかった。心の奥底にある僕への恐怖や、異常だと不気味に思う感情を、僕は感じとってしまった。だから時々、それと空腹に耐えられなくなって、僕は家を抜け出して、今日夜を連れてここに来たんだ」
 その昔の日々を思い出すかのように、枝暮は高い貯水槽の天井を、ため息まじりに微笑を浮かべて見上げた。その目には悲しみの感情しかないことに、月詩は気がつく。そこには、月詩が知っている、明るい彼の姿は無かった。
「空腹なのはひたすら隠した……今日夜に変な心配をかけたくなかったからね。ただ、今日夜と一緒にいるだけで、僕は充分幸せだった。でも、あるとき、僕は今日夜といるときに倒れてしまった。母親といたときは、無理矢理にでも食べたから、少しは栄養が摂れていたんだろうね……でも、一度人の味を知って、ますます普通の食事がとれなくなって……それをしなくなった僕の体は、限界だったんだ」
 そう言った枝暮は、苦々しげに顔を歪めて、天井を仰ぎ、額に手をあて、睨みつけた。
「僕が……僕がこうしているのは、とても酷い方法で生き永らえたからだ……自分の手を汚すことを恐れて、今日夜を苦しめたからだ……」
 枝暮は自分自身を責めて、拳をぐっと握りしめた。