ダーク・ファンタジー小説
- Re: 影舞う月夜に君想う〜What a ugly beast〜復旧 ( No.72 )
- 日時: 2016/03/19 12:26
- 名前: 吉田 網張(RINBYO) (ID: jV4BqHMK)
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あんな恐ろしいこと、もう経験したくない……そう思っても、その記憶を消し去ることはできない。関わらずに生きていくなんて、できないのだ。
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目が覚めた。
霞む視界に、ほっとした表情の今日夜が写る。
いつのまにか、僕をさいなんでいた筈の空腹感はなくなっていた。
代わりに、口の中には、ここ最近ですっかり身近なものとなった血の味が広がっている。
「僕……」
「お前、急に倒れたからびっくりしたぞ」
「ん、ごめん……」
まだ倦怠感の残る体を起こすと、今日夜が自分の右手を、背後に慌てて隠したのが見えた。
「……?」
「ともかく、無事なら良いんだ……」
今日夜は、僕と目を合わせてくれなかった。夏でもずっと黒いコートでその身を隠していた今日夜も、僕と居るときは素顔を晒してくれるようになった。僕はそれを嬉しく思っていたのだけれど、夏も近くなって蒸し暑い今、地下貯水槽の中で、今日夜は、またそのコートを着込んでいた。
「僕が倒れてるとき……何か、あったの?」
「いや……」
今日夜は何かを隠している。それも、良くないことを。
それを僕は直感的に感じとった。
「今日夜……僕、今……なぜか、お腹空いてないんだけど」
「……っ」
嫌な予感に、冷や汗が首筋を伝う。
そんなこと、あるわけない。
信じられない、信じたくない!
「僕は……」
今日夜の肩を掴む。こちらを向かせた今日夜は、申し訳ないような、何か後ろめたいような表情をしていた。
「……僕は、今日夜を、食べたのかい?」
そう言った僕は、なぜか落ち着いていた。それはきっと、もう分かっていたからだ。どんなに信じたくない真実でも、脳では理解してしまっていたのだ。
「枝暮、俺が、俺が勝手にやったことだから……っ」
咄嗟に僕に伸ばされた今日夜の右手は、手首から先が無かった。そこからは、血が流れる代わりに、まるでそこから生き物が出てこようとしているかのように、黒い『ナニか』がうごめいて、今日夜の手を再生していた。
「……お前には、こんなの、見せたくなかったんだけどな」
辛そうに、無理矢理笑顔をつくる今日夜に、僕は何も言えなかった。
「“こうなる”ことは聞いたことしかなかった。でも、今自分の目で見て、やっぱり俺は人間じゃないだって……」
今日夜は僕を助ける為に、自分を傷つけた。肉体的にだけじゃなく、僕は今日夜の心も傷つけたも同然だ。
「ごめん、ごめんね……」
泣きたいのは、辛いのは今日の方の筈なのに、僕の目からは涙がこぼれ落ちた。弱い自分が心底嫌になる。
「……お前は、何も悪くない」
今日夜は僕を優しく抱き締めた。
*