ダーク・ファンタジー小説
- Re: 影舞う月夜に君想う〜What a ugly beast〜復旧 ( No.73 )
- 日時: 2016/03/22 22:13
- 名前: 吉田 網張(RINBYO) (ID: jV4BqHMK)
「……今日夜を食べたのは、それっきりじゃない。僕は空腹が極限状態になると、どうも理性が飛ぶらしい……気がついたら今日夜をボロボロに……傷だらけにするまで喰らったこともあった……その時は罪悪感やら自己嫌悪やらで泣きじゃくる僕の側を一晩中離れなかったなぁ……放っておいたら自殺すると思ったのかもね。確かにあの時一人になったら、きっと僕は死を選んでいた……」
上を見たまま、枝暮は自分たちの過去を語っていく。彼は何処の誰に向けて喋っているのか……まるで、そこに月詞と続がいることを忘れたかのようだった。
「……なんで、そんな話を俺たちに?」
今のこの状況に、そしてきりねの失踪に関係にこの話はあるのか、と、今まで黙って聞いていた月詞が、思ったままの疑問を声に出す。
「……確かに僕が行っているのは、人の道を外れた最低のことだよ。[計画]の阻止……なんて言っても、何も分からないだろうけど。……だけど、それには理由があると分かってほしいからだ」
「……っ!」
「いや……っ!」
枝暮はゆらりと体の向きを変え、月詞の喉元に、手にしていたナイフをつきたてた。後ろを向いた肩ごしにそれを見た続は弱々しく悲鳴をあげ、反射的に軽く上を向いた月詞の喉仏がひくりと動き、白い首筋に汗が伝った。
「……僕がしているのは、救済であり、そして罪滅ぼしだ。そのためなら、何でもすると決めたんだ。たとえ、この身をなげうってでも」
枝暮は幾度となく自分の中で反復してきた決意を改めて口に出し、そして続ける。
「……誰も傷つかない方法があればそうした。僕だけが苦しめば良い道があるならそれを選んだ……っ! でも、こうすることしか今日夜を救う方法は無いんだ。殺して、壊して……僕が『恐怖そのもの』という怪物の業を背負うしか……!」
「継接さん、は……っ」
今にも月詞の首もとにナイフを突き刺さんと、枝暮がその手に力を込めたその時、続が震える悲痛な声を絞り出した。
「では、貴方は……継接さん、を、殺し、て……?」
「……っ」
月詞は、枝暮の表情が変わったことを見てとった。続がきりねの名を出した瞬間、明らかな殺気を表に出していた枝暮は、まるで泣き出しそうにその顔に陰りを見せたのだ。それが、先程枝暮自身が口にした、『別の方法があればそうしたかった』ことを物語っていた。
「継接さんを殺したの……? 貴方と継接さん、お互いにとって大事な存在だった筈なのに……!?」
「僕だって、殺したくなかった……っ!!」
「でも、殺したのでしょう……!! 彼女だからというだけじゃない……その時失うべきじゃない命を奪うことは、悪徳以外何物でもないですわ……ッ!!」
「……っ!!」
「貴方がそんな外道だったとは……っ」
枝暮は凍りついた。彼女のその言葉は、枝暮だけではなく、快楽殺人鬼として、数々の命を奪ってきた今日夜も否定するものだったからだ。そして、枝暮に記憶の鱗片を思い起こさせた。
*
「いやだ、なんで、こんな……っ」
僕にすがりついて泣いている、今日夜の手が、顔が……赤に、染まっていた。
「俺じゃない、違う、こんなこと……っ」
「今日夜」
僕の声は、今日夜には届かない。それでも、このままじゃ彼が闇に沈んでしまいそうで、僕は今日夜を呼び続けた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
もう誰だったのかわからないような、肉塊を見ても、僕は冷静だった。初めてじゃないからだろうか。僕は今日夜の背中をさすって、どうにか彼をなだめようとする。
「俺、俺が殺した……っ、なんで、分かんな……っ、やだ、違う、俺じゃない……っ」
今日夜は混乱しているのか、震えた声で、意味の繋がらない言葉を吐き出し続ける。
今日夜は、今は赤いナニかになってしまった男……かつて今日夜がいた孤児院の職員を殺した。僕はこの目でそれを見ていた。
「貴様は生きていてはならない存在だ……っ! 何故、何故貴様が平穏に暮らして、俺の娘は死ななければならなかったんだ……!!」
逆恨み、という奴だと思う。偶然僕と今日夜が一緒にいるのを見つけたこの男は、今日夜を恨み、つけ狙い、ついに今日、僕を殴って意識を失わせ、その後人気のない路地裏に今日夜をつれこみ、殺しにかかったらしい。