ダーク・ファンタジー小説
- Re: 影舞う月夜に君想う〜What a ugly beast〜 ( No.78 )
- 日時: 2016/04/06 21:58
- 名前: 吉田 網張(RINBYO) (ID: jV4BqHMK)
しかし彼は、はじめから自分の命を棄てていた。身代わり同然だった。
お願い、俺のことは良いから__彼が錯乱している内なら、無茶なこの策も成功するかもしれない。そう心の中で強く願って、月詩は続の身を隠す様に身を捩った。
「……こんなこと、君たちに言っても伝わるわけがないか」
枝暮は虚ろな瞳に陰りを見せて、すっと姿勢を正した。月詩の背が凍る。 このままじゃ、間に合わない。
「枝暮さん……俺は、このまま死ねない。やり残したことがある」
声の震えは抑えられていない。動揺を隠す余裕さえもなかった。
三分。
三分稼げれば良い。
「それで僕が君を逃がすと思う?」
「思わない。でも、諦めきれないんだ……かきかけの絵がある。僕の今までの人生をこめた大作だ……だから」
「月詩……僕も君の絵は好きだったよ……でも、僕にはもう時間が無いんだ……」
「……っ!」
僅かにもれこんだ月光が、悲しく歪な笑顔を見せた枝暮を淡く照らした。月詩は、一瞬細められた彼のその瞳が赤く光るのを見た。しかし、その光景も、手に感じた予想外の感覚が、彼を引き戻す。
月詩の手の戒めが解けた。
「……なにを……っ!?」
驚いたのは月詩だけではない。枝暮もだ。今の今まで、二人が希望を捨てていなかったことを知らなかった。
続は、苦しさなど微塵も感じさせず、力強く、凛と立ち上がった。驚愕に口を半開きにした月詩の手を引いて。
「色々言いたいこともありますが……今は逃げるのが先ですわ……!」
「そ、そんな! どうやって!」
「待て……っ!」
続は駆け出す。月詩も足をもたつかせながら走る。予想外の出来事に一瞬動きをフリーズさせるも、すぐさま枝暮はそれを追った。
「レディーはレディーなりに、武器を隠し持っているのよ?」
続の手元に光るそれは、医療用のメスだった。彼女はこれで自分と月詩の縄を切ったのだった。
「逃がすものか……!!」
「続さんっ、危ない……っ!!」
このままでは追い付けない。それを感じとった枝暮は、持っていたナイフを投げつけた。投てき用のナイフではないし、枝暮には技術もないため命中さえしないが、二人を怯ませ、逃げる足を一瞬止めるのには充分だった。
ナイフが床に落ちる音が反響した。その刃は折れて、もう使えそうにない。
それを目の端に捉えた月詩が安心したのも束の間、枝暮は別のナイフを直ぐ様ジャケット裏から取り出した。大事な局面で予備を用意しないほど、枝暮は不用心ではなかった。それを考えるだけの冷静さはまだ残っている。
「僕は一度も失敗するわけにはいかない……っ!」
先程まで、親しい二人を自分の手で殺すことに躊躇の意思も残っていたように見えた枝暮だったが、今度は容赦なくそのナイフをふりかざして、突き刺し、命を奪わんと、鬼神の如く力強い一撃をはなとうと__
「……ぐ、ぅ……っ!!」
「憑々さん……!?」
距離感を掴まないまま一気に距離を詰めた枝暮、腕のリーチもあり、その刃は続のきしゃな肩に突き刺さる筈だった。
しかし、そのナイフの刃を、月詩が力強く掴んでいた。ザックリと肉を切り裂くナイフ。つかんだ掌からダラダラと流れ落ちる真っ赤な血。苦痛に歪み冷や汗を流す月詩だったが、そこには続を守り抜く意思がハッキリと残っていた。月詩は、一度チャンスができたことに安堵し、油断してはいなかった。また追い詰められることを想定していた。
「続さん、貴女だけでも、逃げてくれ……!」
「離せ! 君たちを殺さない限り、今日夜は救えない……!」
一方は心の底から愛する想い人を……一方は家族愛も、恋愛も、友情も越えた特別な愛情を抱く相手を、守るため。双方、自分を犠牲にすることは変わらない。
双方、意思が折れることはありえない。
愛する人を救いたい。気高い美徳であるはずのその想いは、あまりにも歪みすぎていた。
故に、2つがあいなれることは無い。
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