ダーク・ファンタジー小説
- Re: 影舞う月夜に君想う〜What a ugly beast〜 ( No.80 )
- 日時: 2016/04/26 17:03
- 名前: 吉田 網張 (ID: jV4BqHMK)
受験ということもあり、更新遅めです。申し訳ありません。
_________________
「こ、こう、か?」
「……そう、あってるあってる、上手だよ、今日夜くん」
戸惑いつつも少しずつ野菜を切っていく拙い後ろ姿。
その側で見守り、優しく声をかけ続ける、少し背の高い男。
__出会って数ヵ月。
今日夜と鍛見、二人の距離は縮まりつつあった。
まるで兄と弟のような、はたから見ればほほえましい日常の1ページ。今日夜からすれば、少し前までは夢見ることも許されなかった、『あたりまえ』という最高の幸福。刻まれた傷は二度と癒えなくても、その痛みを気にせずにいられるほどの幸な刻。
今日夜は鍛見から、少しずつ、家事を教わっていた。料理、洗濯、掃除……日常に必要なことの数々を、一から丁寧に。全く経験のなかった今日夜も、今では動きがぎこちなくとも、塾教師だという鍛見がいない時間でも、ある程度生活できるようになってきていた。
近すぎず遠すぎず、鍛見は今日夜を大事に思い、側に寄り添うが、けっして詮索しようとはせず、知りすぎようとはしない。彼なりの気づかいと優しさに、今日夜は心を許していた。
そんな鍛見が……様子がおかしい、元気がないようだ、と気付きはじめたのは、数日前だった。
朝、少し寝坊して今日夜が起きて見れば、いつもは明るく迎えてくれるはずの鍛見が、今日は深くため息を吐き、弱々しく微笑んでおはようと言ったのだ。
何かあったのだろうか、と思ったものの、その時は、それ以上踏み入れることはしなかった。
しかし、何日もその状況が続き、今日夜は今日こそは話を聞いてみようと決意した。自分に何ができるのだ、とは思ったものの、自分を救ってくれた相手が困っているのを放っておけなかった。
「な、なぁ、鍛見……」
「ん、何?」
そう言っていつものように笑顔を見せた鍛見だが、やはりその表情は優れない。
「なんかあったのか……?」
「え」
「え、いや、あのさ……元気、ねぇから」
おずおずと尋ねれば、驚いて首をかしげる鍛見。否定してくれれば一番良いと、心のどこかで思っていた今日夜は、口どもり、あわてて目を伏せた。
「べ、別になんかあったんじゃねぇんなら良いんだケド……し、心配? だし……」
「そ、そんな! 大丈夫、大丈夫だよ……?」
見たことのなかった、今日夜の照れ隠しするような様子に、鍛見はまたも驚き、両手を顔の前で振って否定を示した。それでも今日夜は、安心することができない。
「いや、でも……」
「ごめんね、心配させて……少し忙しくなっただけだから、ね?」
嘘をついているのはバレバレだった。いくら言っても本当のことを言おうとしない鍛見に、今日夜は思わず語勢を強めた。
「隠すなよ……! 俺、あんたのこと心配で……でも、知らなかったらなんもできねぇし……それに……」
「今日夜くん……」
「それに、もし俺のせいだったらって思って……」
鍛見は息を詰まらせた。