ダーク・ファンタジー小説

Re: I live with ヴぁんぱいあ。 ( No.199 )
日時: 2020/06/02 22:09
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: rtUefBQN)




 ■ 1 「 とある冬のお話 」



 優しい嘘にずっと騙されていたかった。何も知らないままのうのうと生きていきたかった。初めてお前はもうすぐ死ぬんだよ、と医者から悲しい顔で言われたとき、私はほんの少し笑ってしまった。口角が上がったことを両親にも医者にもバレたくなかったから、だから私は下を向いて、わざと肩を少し震えさせた。ショックを受けていると思わせたかったから。
 案の定、両親は、私の想像通りの方向に向かっていき、あっという間に不仲になった。「お前のせいでゆたかは死ぬんだ」「お前の育て方が悪かった」「あなたはいつも帰ってこずに育児も全く手伝わなかったじゃない」「ゆたかが死ぬのはあなたのせいよ」言い合いはどんどんエスカレートしていった。父親は他に愛人を作り、母親は酒におぼれた。馬鹿な人たち。私の顔を見ると罪悪感で死にたくなるんだろう。泣きわめいて私に暴力をふるうことで母は自分のストレスを発散させた。もうすぐ死ぬ人間だからいいんだろうね。本当馬鹿な人たち。

 弟の悠真が壊れたのに気づいたのは結構早かった。悠真は可愛くて優しくて本当にいい子だったから、メンタルがもたなかったんだろう。火事が起こった時、さすがにやりすぎじゃない、とは思ったけれどこれで全部終わりと思ったらそれは幸せだと思った。私の不幸ばかりの人生もこれでハッピーエンドだって思った。ああ、私はこのままハッピーエンドに殺されて、幸せなまま死んでいきたいとすら思った。だけど、世間は私のこんな些細な夢も叶えてくれない。一家心中に取り残された可哀想な娘、つけられたそのレッテルはなかなか外れてくれなかった。

 死にかけた弟を見て、私は何も思わなかった。だけど、目頭がじわっと熱くなってきて口からは「ごめん」と言葉が勝手に吐き出された。いいお姉ちゃんを演じてきた。それが悠真のためになると思ったから。殴られても蹴られても仕方ないって思った。だって、私が勝手に病気になったんだもん。仕方ない。だから悠真も一緒に我慢してねって、私はいつもいつも悠真の気持ちを蔑ろにしていた。救ってくれてありがとう。でも、私は悠真も見殺しにした酷い人間だ。眠った悠真の前で何度も何度も懺悔して、ベッドに涙をこぼした。だから、私は死ににいくことを決意したのだ。私が死んだら天国で、また幸せな家族で一緒に暮らそう。



 踏み出した足は、いつの間にか駆け足になって、息を切らして走っていた。
 きみに出会ったのはその時。私が世界に絶望していたときだった。








       ■ それは過去のお話。




 何度も電車を乗り継いで、遠くの街に来た。どこかは知らない。行ったこともない街。
 今までに貯めていたお小遣いをふんだんに使っても、結局はとなりの県に行くだけで精いっぱいだった。季節は冬だった。冷たい風が体の芯まで冷やして、凍らせる。空から舞ってきた雪は、やがて地面に積もりだした。

 時間は夜の十時を回ったぐらい。私は初めて彼に出会った日のことを鮮明に覚えている。

「なにしてんの、あんた」

 行き場もなく、ただずっと雪の降る中歩き続けていた私に、興味本位で聞いてきたのだろう。彼はエナメルバックを背負って多分部活帰りだろうジャージ姿で私の顔を覗いた。

「……っ」

 近くに人がいる、ということは気づいていてもまさか話しかけられるなんて思ってもいなかったから、私は突然のことで言葉を失った。視点が定まらずにきょろきょろとしていると、彼はため息をついて「迷子?」と、一言。

「ここらじゃ見たことのない顔だからさ。こんな遅い時間に一人で歩いてちゃ危なくない?」
「……そう、ですね。すみません」

 面倒な人に絡まれたな、というのが第一印象。私のことを小さな子供のように扱う彼に、最初少しだけイラっとした。
 すぐに彼から離れようと「急いでるんで」と断って去ろうとしたけれど、彼に勢いよく腕を掴まれて足を止められた。

「うわっ、冷たっ。どんだけ、外にいたんだよ、あんた」

 彼は自分がしていたマフラーをとって私の首にぐるぐると巻き付けた。「俺のだからちょっとくせえかも、でも我慢な」彼はそう言いながら自分のカバンから手袋を取り出して私に渡した。

「あー、もう迷子なんだろ。うちこい、うち」

 渡された手袋をつけてみると、ぶかぶかで、彼はすぐに私の手を掴んで歩き出した。
 冬の夜道、知らない街で彼に初めて出会った。第一印象通り、馬鹿そうなお人よし。
 それが、加瀬雄介との出会いだった。