ダーク・ファンタジー小説
- Re: I live with ヴぁんぱいあ。【6/2更新】 ( No.200 )
- 日時: 2020/07/14 22:13
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: rtUefBQN)
「加瀬」という表札のかかった一軒家。彼に腕を掴まれたまま私は家の中に連れ込まれ、とある部屋に押し入れられた。ぱちんと電気がつくと、そこがお風呂場だということに気づく。びっくりして振り返ると後ろでゴソゴソしていた彼が、私にタオルと着替えを置いて扉を閉めようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「ん、なに。俺覗きの趣味とかないから」
「そうじゃなくて。っていうか、どうしてお風呂……」
「いや、寒かったじゃん。お前の手もさっきからずっと冷たいし、ちょっと先に温まってこいよ。話はそれからな。あ、浴槽は今お湯はってるから、先にシャワーでも浴びてて、風呂たまったら音楽なるから」
じゃ、と彼はさっさとお風呂場のドアを閉めて出ていく。さっき会ったばかりの赤の他人の家のお風呂を使わせてもらうだなんて正直困ったけれど、体は芯から冷え切っていて、指先はさっきから動かそうとしても微動だにしない。
着ていた服を全部脱いでお風呂に入る。床のタイルが最初冷たくて思わずびくりとしたけれど、シャワーから出てきた熱いお湯で皮膚をなぞると、自然と涙が出てきた。ふわふわと湯気がまわりを包んで、私はシャワーを浴びながら一人嗚咽を漏らしながら泣いた。
何をしているんだろう。自問自答しても無駄な、出るはずのない答えを探す。私は無意味なことをしている。だってどうしようもない。こうやって逃げてきても現状は何も変わらない。悠真が目を覚ましてくれるわけでもないし、私の病気が治るわけでもない。お父さんとお母さんが死んだことも、何も変わらないのに。
「馬鹿みたいだ、わたし」
子供の家出なんてすぐに見つかる。そんなの分かり切ったことだった。
むしろ、こんな寒い冬に一人飛び出してくる自分が酷く滑稽で、きっと彼もそれを見かねて助けてくれたんだと思った。
ピロリロリンと可愛い音楽が鳴ったかと思うと、お風呂場にある小さなパネルが「お風呂が沸きました」と電子的な声を出す。私は軽く体を洗ったあとに、そっと足を湯船の中に入れた。じんわりと暖かく、そのまま体を浴槽の中にあずけた。
「あったかい」
涙がまた流れる。視界がずっとぼやけて、私は掌で顔を覆った。つらかった、誰にも言えなくてずっと、ずっと。
自分がもうすぐ死ぬことも割り切れていた。大丈夫だよ、って自分で自分を鼓舞して、強い人間を装っていた。だって泣いたってどうしようもないんだもの。
人前で泣けない、むかしから。私はあの火事の日から、どこにも行けないでいる。感情がぐちゃぐちゃで、でも泣けなくてずっと苦しくて吐きそうだった。
「会いたいよ、悠真」
泣きすぎたのか頭が痛くなってきて、私はお湯で何度も何度も顔を洗って、お風呂を出た。目的を忘れちゃいけない。私はここに。
「死にに来たんだ」
■ 白くて、暖かくて。