ダーク・ファンタジー小説

Re: Lost School ( No.7 )
日時: 2016/07/16 00:54
名前: ロスト (ID: wJ5a6rJS)

 同日AM8:30 不知火中等教育学校4-4教室 point:楠炎真

 教室に戻ってくると、さっきよりも人が増えていた。しかし、俺の隣の席の女子——紅崎凍子はまだ来ていないようだ。

 12月5日、つまり今度の日曜日はうちの学校の文化祭がある。もちろん盛大に行われるのだが、来校するのは主に地域のご老人たちだ。田舎であることもその要因のひとつだが、それ以上に知名度の無さが響いている。
 そもそも、国が造った学校なのだから国が何かしらの措置をとってくれてもいいだろうに、やはり試験的導入だからなのか様子見という姿勢をとっている。
 まあ、その辺は大人の話で、俺たち生徒はそれなりに楽しんでいる。何せ、年に一度の無礼講だ。楽しまない手は無い。生徒会をはじめとする実行委員会もバリバリ働くし、クラス単位でも様々な出し物を考える。予算には限りがあるため、ド派手なことはできないがお化け屋敷だとか喫茶店とか、普通に思い浮かぶようなことは大体できる。だから楽しいのだ。

 さて、なぜ俺がこんな話をしたのかというと、俺が実行委員会に所属しているからだ。普段はそこまで表に出ないほうなのだが、秀や翔太に推され、引き受けることになった。別に嫌な気はしていない。逆に楽しいくらいだ。
 だが、1つだけ不満がある。それが、彼女の存在だ。
「楠、水無月先輩が呼んでるよ」
 席に着こうとした時、翔太が半笑いしながら廊下を指差していた。
 ため息を吐きながら廊下を見ると、一見すると中学生に見える身長の低い黒髪ツインテールの少女が立っていた。整った顔立ち、大きな瞳は見ているこっちが引き込まれそうだ。要するに、超絶美少女。これでもう少し身長が高ければ完璧なのだが、天は二物を与えず。ちなみに彼女は6年生である。
「今、失礼なことを考えてやがりましたね?」
 廊下まで歩いていくと、彼女は俺を下から睨みつけて言った。
 水無月沙織みなづきさおり。さきほど俺がため息を吐いた理由は、この先輩に懐かれているからとかではない。
 水無月先輩は別名『鬼の風紀委員長』。
 そう、文化祭において実行委員会が『表の活躍者』ならば『裏の活躍者』とも称される風紀委員をまとめ上げる最強の存在、それこそが彼女——水無月沙織なのだ。

Re: Lost School ( No.8 )
日時: 2016/01/03 22:45
名前: ロスト (ID: 39RfU1Y2)

 同日AM8:31 同所 point:楠炎真

「つーわけでですね、今日の放課後空けといてくだせー。約束を破ったら……ウチの権限を全力行使しますんで、よろです」
 それだけ言うと、水無月先輩はツインテールを揺らしながら自分の教室へと戻っていった。後姿だけ見れば、やはり幼さを感じさせる。
 実のところ、俺は怒られると思っていた。いや、特に思い当たる節は無いのだが、水無月先輩の呼び出しはいつも説教だからな。まあ、実行委員なんだから仕方無いのかもしれないが。
「あ、まさか放課後空けとけって、説教のことか!? ……帰ろうかな」
 そんなことしたって無駄だということは俺が一番分かっている。経験者は語る、だ。
「ああ、とんだ災難だよ……」

「どうしたの、炎真?」

 ついでにロッカーから教科書を取ろうとしていると、後ろから女子を声が聞こえた。いや、俺のことを炎真と呼ぶ女子は1人しかいない。
「未来か……おはよう」
 赤木未来。すでに名前は出していたと思うが、俺の幼馴染である。茶色と黒色が混じった髪をショートカットにしている。タレ目、逆三角形の顔、そしてその髪型。さらに俺よりも高い身長が加わることで、美少女と言うより美少年と言った方がいいくらいだ。実際、洋服を買いに行ったときに男用の服を薦められたという逸話を持っている。
 だが、そんな未来は凄く気が弱い。特に男子に対しては。俺以外の男子と話しているところは見たことが無い。
「おはよう……その、どうしたの?」
「え?」
「えっと、なんか元気がなさそうだから……」
「そ、そうか? いや、大丈夫。ありがとうな、心配してくれて」
「うん……」
 腑に落ちないような表情を見せながらも、未来は教室へと入っていった。
 
 ——赤木さんが告ってたりしてな。

 不意に、森の言葉が浮かんだ。そういえば、今日は来るのが遅かった。未来は帰宅部だから遅くなる理由なほとんど無い。だとすれば、まさか、本当に!?
 
 いやいやそんなことあるはずが無いだって未来が男子と喋ってるところなんて見たことないし大体あいつが誰に告白しようが俺には関係の無い話でだから俺はまったく気にしてないそうだよ俺には関係ないんだ!

 内心いろいろなことを考えながら、俺は平静を装いつつ教室に入る。近くの席の女子と話している未来を横目で見ながら。

Re: Lost School ( No.9 )
日時: 2016/01/03 23:09
名前: ロスト (ID: 39RfU1Y2)

 同日AM8:38 同所 point:楠炎真

 悶々とした感情を抱えながらも、俺は一時間目の予習をしていた。もちろん、家でやってはいるのだが今は何かをしていなければ落ち着かない。しかも翔太は未だに秀の監視をしてるし、やる事と言えばこれしかないのだ。
「みんなそろってるかー?」
 教室のドアが開き、ドスの効いた声が教室に響き渡る。われらが4年4組の担任のおでましだ。
 自称25歳、凛とした顔立ちの女性で、ポニーテールの黒髪は解けば腰の辺りまで届くかもしれない。前髪は左が短く右が長いという少し珍しいかたちだ。女性の名は藤谷美恵子ふじたにみえこ。真っ黒なスーツにみを包んでいるため、色気がまったく無い。折角の美人アンド巨乳なのに、勿体無い! だから彼氏ができないんだよ。
「少し早いけど朝礼始めるぞ」
 口調も女性にしては変だよな。いや、水無月先輩も変なのだが。
「でも、まだ凍子ちゃんが来てませんよ?」
 土井がそう言うと、藤谷先生は彼女が休みであると伝えた。なんでも風邪をひいたらしい。
「起立、礼」
 学級委員の瀬戸薫子せとかおるこが号令をかけると、急いで教室に入ってくる森と大堀、そして松井の姿があった。
 藤谷先生に小言を言われながらも、松井たちは自分の席に座った。
「さて、特に連絡は無いんだけど……ま、文化祭に向けて頑張ってね」
 なぜ俺のほうを向いて言うのかは分からないが、とりあえず頷いておく。
 それだけで今日の朝礼は終わり、俺たちの一日が始まりを告げた。

Re: Lost School ( No.10 )
日時: 2016/01/05 00:37
名前: ロスト (ID: 39RfU1Y2)

 同日AM10:42 同所 point:楠炎真

 最初に断っておくが、俺は馬鹿ではない。どの教科も平均点以上は取るし、総合力ならトップ10に入るくらいだ。つまり、だ。

 この俺が秀に馬鹿にされるわけがない!!

「んでよ……って、聞いてるか炎真?」
「聞いてるよ」
「なんで不機嫌そうなんだよ」
 話はいたってシンプルだ。
 数学で分からないところがあったから、翔太に聞いた。すると、秀が俺に任せろと言ってきた。秀は数学だけはスペシャリストだから、それならってことで聞いた。そしたらこのクソ坊主(二重の意味で)、問題を見てこう言ったんだ。

 ——炎真って、案外馬鹿なのな。

 その台詞にムカついた俺は秀に、じゃあ解いてみろよと言った。そうしたら、なんという事でしょう。秀はものの20秒で解いてしまったではないか。
 故に、俺は今複雑な心境なのだ。
「だからこれは左辺を変形してだな」
「おう」
「んで、変形した左辺を右辺と見比べて係数で比較すれば文字の部分が分かるんだよ」
 しかもこいつ、説明が上手い。畜生、どこかに攻めるところはないのか!
「どうだ、分かったか?」
「ええ、とっても」
「どうしたんだよ炎真、なんだか気持ち悪いぞ」
 秀は笑顔でそう言った。周りのクラスメイトたちは休み時間ということもあり、ざわついている。だが、所々に俺の名前が聞こえるのはどうしてだろうか。
 俺は満面の笑みを秀に向けた。そして、
「ありがとう、秀」
 と言ったつもりだったのだが、秀から返ってきた言葉は、
「その……笑顔が引きつってるぞ。それに、眉間にしわが寄ってて逆に怖いくらいだぞ」
「そうか? いや、大丈夫なんくるないさー」
「翔太、炎真が怖い」
 ちなみに俺は沖縄県民ではない。
 翔太は秀を後ろにさがらせ、優しいタレ目を俺に向けながら右手を俺の肩に優しく乗せ、

「楠、今日は君の負けだよ」

「ぐぬおおおおおおおおおおお!!」
 どこかの逆転検事っぽくなってしまったが、俺の咆哮に教室にいた全員が振り向く。そして巻き起こる笑い声。楠君かわいそー、あいつが叫ぶなんて珍しいななどなど。

 ——帰りたい。

Re: Lost School ( No.11 )
日時: 2016/01/12 00:50
名前: ロスト (ID: CXRVbeOz)

 同日PM12:43 不知火中等教育学校1階風紀委員室 point:楠炎真

 学校生活における楽園と言われて、何を思い浮かべるだろうか。
 そう、昼休みだ! 昼休みこそ楽園、オアシスなのだ! ふはははは!! 誰にも邪魔されず、のびのびとしておける時間帯だ!

「なのに、どうして俺は風紀委員室にいるんだよぉぉぉ!!」

「なんですか、発情期ですか? それなら1人で発散しててくだせー。ウチは気にしねぇんで」
 水無月先輩は四つん這いの状態でゴソゴソと棚をあさりながら言う。くそ、別に発情期ではないが、この人無防備すぎるだろ。今この部屋には俺と先輩のみ。ツインテールの先輩はお尻を振りながらガサゴソガサゴソ。
 健全な男子はどう反応する?
「あ、ちなみにウチの下着を覗こうとしたら懲戒の対象としますので」
 完全におれの思考を読んでやがる!?
「ま、あんたさんの考えてることは一般的な男子と同じってことですよ。喜びなすってくだせー」
 喜べるかよ。その思考を読まれちゃってるんだから、今もの凄く恥ずかしいんだよ。
「あ、あったありました。これですよ、見覚えあります?」
 水無月先輩は顔色1つ変えずに、一枚の紙を俺に見せてきた。
「……これは?」
「去年の文化祭の資料ですよ。当日の流れと風紀委員の順回路をまとめてるやつです」
「いや、見たことねーです」
「人の口調の真似してんじゃねーですよ。ぶっ殺しますよ」
 真顔で言うんじゃねぇよ。怖ぇよ。
「見たこと無いです」
「やっぱりそうでしたか。いや、一枚だけ余ってたのを思い出しましてね。ウチは人数分しか印刷してなかったんで、誰か受け取ってねぇやつがいるんじゃねーかと思ったんですよ」
「ああ、そういうことですか。ありがとうございます」
 俺は先輩から紙を受け取り、内容に目を通した。
 先輩は棚を整理するために再び四つん這いになっていた。

 風紀委員室は生徒からは『懲罰房』と呼ばれている。風紀委員——特に水無月先輩の指導は教師のそれよりも恐ろしいらしく、教師すら指導を先輩に任せるくらいだ。
 まあ、教室と同じくらい広いのにここにあるのは棚ばかり。中央に会議用の机や椅子が並んでいるだけの、まさに殺風景な場所なのだ。『懲罰房』と呼ばれるのもなんとなく頷ける。
 
「そういえば、今日凍子さんは休みなんですか?」
「ええ、風邪らしいです」
「さいですか……」
 水無月先輩は動きを止めて、
「予定変更ですね。放課後——」
 お、キャンセルか? それなら大歓迎だぞ、先輩!
「凍子さんのお見舞いに行きましょ」
「……俺も?」
「あんたさんも」
 どうやら俺の放課後に自由は無いらしい。
 しかし、水無月先輩と紅崎に接点があったとは驚きだ。
 先輩はそれだけ言うと、棚の整理を再開した。彼女の制服にほこりが付着しているのを見て、俺は手伝わずにはいられなかった。

Re: Lost School ( No.12 )
日時: 2016/07/16 00:57
名前: ロスト (ID: wJ5a6rJS)

 同日PM12:50 不知火中等教育学校4-4教室 point:楠炎真

 風紀委員室から解放された俺は一目散に教室へと戻ってきた。だって、まだ昼飯食べてないんだもん。
「おかえり、楠」
 ため息を吐きながら弁当を取り出す俺を、翔太は迎え入れてくれた。
「大変そうだな、炎真」
 お前ら2人が俺を推薦したことがそもそもの原因なんだけどな。

 俺はいつも秀と翔太、そして未来と一緒にご飯を食べる。今日だってそうだ。俺と翔太の机を合わせ、そこに4人が集う。確かに男3人と女の子1人だなんておかしな構図だが、まあ仕方が無い。これが俺たちの普通なのだから。
「楠、そのプリントは何?」
 翔太は俺が机に置いたプリントに視線を向けて尋ねてくる。
「ああ、なんか文化祭当日の流れやら風紀委員の順回路とかが書いてあるやつで、俺だけ受け取ってなかったらしいんだよ。だから呼び出されてたんだ」
 俺が説明すると、翔太と秀はお互いに目を合わせて、
「やっぱり怪しいよね」
「ああ、俺もそう思う」
「なんの話だよ」
 翔太は俺のほうに向き直って、真剣な表情で説明し始めた。
「水無月先輩ってさ、やけに楠に絡んでくるよね。僕も赤井もさすがに多すぎると思っていたんだ。だけど、今回のことで確信したよ」
「……何をだよ?」
 翔太が次に放った言葉は衝撃的なものだった。

「水無月先輩は絶対楠のことマークしてるよ」

「は?」
「だっておかしいでしょ。当日の大事なプリントなら実行委員の集会の時に一斉に配布してるはずだよね。楠1人だけが貰ってないなんて変だよ。つまり、プリントは呼び出す口実で、実は楠が妙な動きをしてないか監視してるんだよ!」
 珍しく翔太が熱弁している。
 確かに、考えてみれば翔太の言う通りだ。いや、だけど俺は今までに何か問題起こしたことはない。それなのになぜ監視する必要があるのか!?
「まあ、確かに炎真は犯罪者みたいな顔してるしな」
 黙れアホの子。つーか誰が犯罪者みたいな顔だよ。ちょっと傷ついたじゃねぇかよ!!
「否定は出来ないよね」
「翔太君!? 君までそんなことを言うのですか!!」
「あはは、冗談だよ。でも、本当に気をつけた方がいいよ」
「冗談になってねぇよ……とりあえず意識しておくよ」
 はあ、俺ってそんなに顔が怖いのか? 普通の顔だと思ってたんだけどな。
 俺が席に着くと、俺の隣に椅子を置いた未来がボソッと耳打ちをしてくれた。

「大丈夫、炎真は……普通の、顔だから」
 あれ、なんだろうこの複雑な気持ち。嬉しいのか悲しいのかよく分かんねぇや。
 固まる俺に反して、未来はなぜか満足気な表情をしていた。