ダーク・ファンタジー小説

Re: 僕らは、あなたを殺したい。 ( No.2 )
日時: 2016/01/21 17:24
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: /48JlrDe)

 第一話 : 出合い



「最近はなぁ……」
「そうねぇ。尚綱タカツナ様ったら、一体どうされてしまったんかしらねぇ」
「妖かしモノなんて今まで保護することなんかしとらんかったんにな」

「変わってしまわれたのねぇ——」

 ざあっと風が大きくなる。木の葉同士が擦れるのを伝播し、まるで獣の咆哮のようだ。煩くてかなわない。
 青年は汗を拭い、大きな門を見上げた。立ち止まる青年の横を、多くの農民達が通り過ぎていく。通り過がる人たちは、帝のことや商売のこと、様々なことを話しながら門の中に吸い込まれていった。

 普段よりも騒がしい帝都テイトの門には、“初夏の集い”と書かれた旗が飾られていた。

「ぼさっとするでないぞ、幸水コウスイよ。わし等にゃやらんといけない事があるのだからな」

 青年——幸水の背中を、やけに年寄りじみた口調の大人びた青年がぽんと叩く。外套ガイトウで頭を隠した青年の口からは、人よりも鋭い犬歯が見えた。

「分かってるよ、ココノエ

 幸水は九を見上げ、強く告げる。優しげな声に含まれた覚悟の強さに、九はニイッと口角をあげ、外套から頭を出した。頭部から二つ、大きな耳がぴょこんと現れる。
 外套の中が窮屈だったのか、外気に触れた耳は小さくよく動いた。肩くらいまで伸びる白銀の髪。前髪から覗くミドリを混ぜたような金目は、整った顔立ちを引き締める。

「ほほう、これは凄い所じゃあないか! な、な、幸水! わしにあの、飴細工とやらを買っておくれ!」
「おいばか狐」

 帝都に踏み入れて早々、出店の魅力に取り付かれるこの狐と出会ったのは、数時間前。その時からお調子者で楽観的な考え方しかしないこの狐に、幸水は苛立ちが積もっていた。
 口を開けば“為るように成る”と言う。どこからその自信が出てくるのかも分からず、気付けば懐柔され帝都まで踏み入っていた。

 聞けば九は亜人の中に属する“妖かしモノ”でも珍しい、人狐の一人らしい。幸水もそのことを昔話に聞いたことがあり、他にも、類を見ないほどの幻術の使い手だとも聞いたことがあった。

「——川中尚綱(カワナカ ノ タカツナ)、様」

 雑踏の中で語られる一人の名前。今現在この帝都は勿論のこと、全国をたった一人で治める絶対的な帝の名前。この国に住んでいれば、知らない人はいない若き統治者だ。
 出店を見かけるたび、食べに行こうとする九の尻尾を握りながら、幸水は先ほどの会話を断片的に思い出す。

 自分自身が人狐憑きになったこと。
 イズれ九と契約を交わす必要があること。
 今は平和でも、すぐに恐ろしい渦中に引きずり込まれること。

 今までの生活を考えれば、どれ一つをとっても有り得ない事ばかりだ。お狐様に何かをしたことは一度もないし、これから先もそんな予定は無い。それに人狐と契約を結ぶのはごめんだ。
 読物の世界でしか起こらないことだと思っていたせいか、そのような事を言われても現実味がなく信じられない。

「なあ九、恐ろしい渦中って一体何が起こるんだ?」
「ん? ああ。これからわし等は、税を納めにいくじゃろう?」

 串団子を頬張りながら、九は幸水の背負う大きな荷物を指差す。年十二回の納税の日、それが今日だった。納税日は決まって何らかの催しが行われており、帝からのお言葉を励みに、また農作業へ戻る日でもある。

「まあ、うん。行くけどさ……。だから早く食べろ」
「んぐっ、すまん……」

 尻尾を強く握ってやれば、肩がはねた後じっとりと涙目で睨まれた。
 次いで九は、コホンと咳払いをする。

「んでな、宮廷に入るじゃろう?」
「ああ」
「そこで幸水、お前を含めた農民達は有り難い言葉をもらうんじゃろう?」
「まあ、そうだけど」
「言葉をもらったあと、帝と話をしにいくぞっ」
「はあ? 莫迦だろこの狐め! あんな所で不審な素振りをしたら、椿の殿へ連れて行かれるに決まってる!」

 明日の晩御飯は焼き魚だぞっ、と言うように自然な調子で言ってのけた九に、幸水は声を荒げた。周囲の視線が集まってくるが、気にせずに続ける。視界いっぱいに九の驚いた表情が映っていた。

「あそこの警備体制をなめてるのか? 違うな知らないんだろう! 鼻の利く亜人がいるんだ、俺たちがどこで何をしてるかなんてすぐにばれる!」

 宮廷の警備には、入ってきた者のにおいを記憶し、誰が何処にいるのかを嗅ぎ分ける力がある。垂れ耳や、巻き尾が犬を彷彿とさせる宮廷の警備は、嗅ぎ分けられないものは無いといわれるほど、その力は確かなものだ。
 数年前に盗み目的で入った輩も、直ぐに捕まったとも伝えられている。

「ま、まあ待て幸水よ!」
「何だよ」

 自分よりも背の高い男に顔を近づけてすごめば、九は両手を挙げて見せた。困ったように苦笑いまでしている。

「手はある。じゃから、まずは有り難いお言葉とやらを、もらいにいこうぞ」

 いつの間にか道の先に見える宮廷を指す九に、釈然としないながらも従い大人しく歩き始める。九を信頼しているわけではないが、信頼するにはまだ関係が浅すぎるのだ。そう一人で悪態をつく。
 ほんの数時間前に出会ったばかりの人狐を信用するには、途方も無いほどの時間が必要になるはずだった。それがどうして、こうも人懐こいのだろうと思う。

「人狐は幻術で人を騙しまくってるんじゃないのか?」

 意地悪い質問だと、自分で感じる。“妖かしモノ”、その中でも人狐は特に危険視されているのだ。

「わし等の利益のために、そうする事もあるが……。わしはお前を幸福にするため、里から下りてきただけじゃ」

 そういって屈託の無い笑顔を向けるものだから、幸水は思わず驚いてしまう。この男は本当に、出会った当初から変わった“妖かしモノ”だった。

「……あっそ」
「おう、そうじゃ。慣れるまでは警戒してて構わんぞ」

 掌に感じる尻尾は、幸水を非難するどころか受け入れたいといっているように左右に動く。それが少し愛らしく、気付かれないように小さく笑んだ。