ダーク・ファンタジー小説

Re: 僕らは、あなたを殺したい。 ( No.3 )
日時: 2016/02/07 12:15
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: clpFUwrj)



 農民達が納税する物は、その村の特産品だったり、領地拡大の際に殺した動物や妖かしモノだったりと様々だ。

「のう幸水。幸水の納めるもんは無いのか?」

 身一つで隣を歩く自分を不思議に思ったのか、幸水が訊いてくる。同じ道を宮廷へ向かって歩く人たちは、篭いっぱいの魚や木の実を背負ったり、大きな獣を抱えていた。
 けれど自分は何も持っておらず、当たり前だが九に何かを持たせたりもしていない。

「あるけど、俺らの村はダイダラがいるから全部任せてる。その代わり、ダイダラの生活をみんなで支えてるよ」
「ほう! ダイダラか」

 ダイダラは妖かしモノの中でも希少種と言われる、巨人族だった。元々は先人達を喰らったという言い伝えがあるせいか、今現在も忌み嫌われる存在となっている。
 ただダイダラが居る地は動植物が豊富で、水源の清らかさも並ではないほど。そのため少しずつ、ダイダラと共生する村が増えてきている。

「奴とは昔よう遊んでおったわ」

 遠くを見つめ懐かしそうに語る九に、ふと感じた疑問をぶつけた。

「九って何歳?」

 そう問うてみれば、揺れていた尻尾がぴたりと止まる。足も止め、じっと自分を見つめてくる九の切れ長の瞳に、少し怖さを感じてしまった。頭一つ分大きい九に見下ろされ、沈黙が続く。

「幸水、歳は?」
「え……っと、来年で成人だから、14だけど……」

 鼻先が触れ合うのではないか、というほど近づいた顔に体を仰け反らせ答える。答えると、そのままの近さで九が嬉しそうににっこりと笑った。端整な顔が綻び、つられて緩く口角があがってしまう。
 離れた九をみながら大きくため息を吐き、尻尾をめいっぱい握ってみれば、九は肩をビクつかせ涙目になった。

「幸水。お主の26倍と少しが、わしの歳ぞ」

 九が浮かべる不適な笑み。村の子どものように、表情がコロコロと変わる。

「ほれ、もう帝の敷地に踏み入れるのだから、手形はいらんのか?」

 すぐに纏われた雰囲気は、出会った時から今まで変わらなかった、心優しい妖かしモノのそれだった。また立ち止まり、懐から証明手形を取り出す。宮廷に入る農民には、各月に行われる集いの帰りに来月分の手形が渡されていた。
 耳をピンと上に立て、警戒している風の門兵に手形を見せる。凛々しい容姿をした犬の妖かしモノは、手形の隅々を注意深く見た後「よし、通れ」と、端的に言い放った。

「九、入るよ」

 返された手形を懐へとしまい、門から少し離れた所に立つ九へと言葉を投げる。日向ぼっこを楽しむように目を細めていた九が、ぱちっと目を開いた。先に廷内へ入り中を見渡せば、国中から集められた税と人々がごった返している。
 前にソビえる高い宮から、既に帝が顔を出していた。年端もいかない少年で、年齢は自分と大して変わらないようにも見える。

(一国を治めてるんだから、帝様はやっぱりすごいな……)

 煌びやかな召し物を着飾り、どこか感情の篭っていない冷たい目線で民を見下ろす帝に、畏敬の念を抱く。

「ほう、あれが幸水の言う帝か」
「ああ。……って、耳と尻尾どうしたんだ?」

 隣に現れた九からは、頭部に生えていた愛らしい耳と、さわり心地抜群の尻尾が無いことに気がついた。九を九足らしめる部分の喪失に、目に見えてがっかりした表情をした気がする。

「狐の妖かしモノは入れられないとか言われたのでな、長屋の隅で手形を作って、少ぅし犬よりにしてきた」

 にぃっと笑う九の顔を、じっと見つめる。言われないと判らないくらいの違いだったが、犬歯は先ほどより大きく、そして鋭くなっていた。

「これより、現帝尚綱様の御話を頂く!」

 帝の横に控えていた護衛が、一際大きな声をあげる。それまで騒がしく話をしていた人々も、ぴたりと静まった。そして、帝へ傅き頭を垂れる。横目で九を確認するが、同じような体勢になっており安心する。

「——北は北辰ホクシン、東は双部ソウベ、西は蕊花シベバナに南は雨柳ウリュウから、良くぞ参った。国の更なる発展のため、我等上流階級の人間のため、この一ヶ月税を集めてくれたこと、感謝しよう」

 一息つき、再び話を再開した。

「さて、私は此度成人の義を行うこととなった。来月、夏緑の集いに、併せて義を行う。——話は変わるが、妖かしモノが紛れているな?」

 鋭く言い放たれた言葉に、己の体が固まるのが分かる。頭を垂れたままの人々が一斉にざわついた。一緒に来た同じ村の者かもしれない、そう思っているのかもしれなかった。
 九は眉一つ動かさずに、同じ姿勢を保ち続けている。目を閉じ、何かを思案しているようにも感じられた。

「正直に名乗り出よ!」

 強く声を発したのは、横に控える護衛。宮から顔を見せる帝は、顔色一つ変わっていないように見える。妖かしモノがいると、確信が無いまま言った可能性も否定できないのではないか。

「わしじゃ」

 あっけらかんとした調子で上がった声に、視線が集まる。その視線は自分を捕らえているようにも見え、驚き九を見た。もう見慣れてしまった、狐を現す耳と尻尾が、己を主張するように動く。
 瞬間、悲鳴をあげて人々は逃げ出した。死にたくないと言わんばかりの、必死な形相で門へと向かい、駆け出す。どうしようもなく群集を見ていれば、九の冷め切った視線と自分の視線がぶつかった。

「囲め! 奴は狐だ!」

 護衛が大きく叫んだかと思うと、九と自分を取り囲むように門兵と同じ種族の兵士が現れる。全員が統一された紺の鎧を身に纏い、長剣を構えていた。

「ちょっ、九!? 何してんだよ!」

 考えが追いつかないほどあっという間の出来事に、九を批難する。

「幸水、ちぃっとばかり雑に扱うが赦しておくれな」
「は? えっ?」

 言うが早いが、座り込んでいた自分を九は軽々と肩に担ぐ。眼前に揺れる尻尾が見え、自分がどれ位間抜けな格好をしているのか理解した。周りの兵士達は今にも斬りかからんとするほどに、警戒している。

「のう、帝様とやらよ。ハジ、と名乗る女狐が来なかったか?」