ダーク・ファンタジー小説

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.1 )
日時: 2016/02/02 14:41
名前: & (ID: bUOIFFcu)

縛-1

「おはよう」
「もう起きてたんだ」
「んー、いい天気」
「ねぇ、今日は何処に行く?」
「外がいいよね、天気いいし」
「ねぇちょっと、聞いてるの?」

「...聞いてるよ」

外に行くなんてやめてくれ。
「檻」に入れられたこの姿で連れ回されるなんてたまったものじゃない。君は気づいていないのか?

檻の中に入れられた「彼氏」と、それを連れ回す「彼女」というこの関係が、あまりにも異常であること。

「じゃあ何か案でも出してよ」
「何処行きたいの?」
「あ、どこでもいいとかダメだからね」
「私が折角こうして訊いてるんだから」
「ねぇ、何処がいい?」

「...桜の、公園...」

「おお、言うと思ったぁ」
「あそこ好きだよね」

好きなんじゃない、人が少ないんだ、あそこは。
滅多に新しい人も来ないし、例え人がいても「ああ、またあいつらか」って感じだからそこまで苦しくない。君が場所を指定するときは人の目なんか気にしないから、俺に決めさせてくれる貴重な時にはちゃんと自分で選ばないと。

そうして連れ回されて3年間。外行くのに思いっきり部屋着のままだし、なんて、服を気にすることも出来なくなっていた。
精神的にも疲弊し、一時は狂って喚いたりもしたが、もうそれすら億劫になるほど無気力にさせられる閉鎖空間。

「じゃあ行こっか」
「ふふ、今日も楽しみだなぁ」
「ね!...どうしたの?」

「...、...」
「.........何でもない」

目に入る君の顔。
気力を振り絞って何か大事な事を言おうとしたが、振り絞ったところでそんなものを喋れるほどの気力は無かったようで、台詞が霧散する。

手錠、足枷、そして首輪———。
錆びれた金属がついた手首を、からんっと音をたてて床に投げ出した。

どうして君は俺をこんな風にしたんだ。
どうして君はそうなってしまったんだ。

どうして君はあの時、俺を手放さなかった?

どうして君は...。

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.2 )
日時: 2016/02/02 14:55
名前: & (ID: bUOIFFcu)

縛-2

それは3年前の冬。
俺の彼女、未來が浮気をした。
なんでも職場の男に誘惑されたらしい。会ってみれば、俺なんかよりはるかにイケメンで優しそうな男だった。会社では部長らしく、それなりに経済力もある。収入も少なく特に顔立ちが良いわけでもなかった俺なので、まあ当然かと諦め、未來に別れを告げられるのを待った。

だが、未來はそれを許さなかった。

未來がいつまでも俺にはっきりとした別れを告げないものだから、未來の家に行って思い切って訊いてみたのだが...未來はそれに激昂した。

「何でよ」って。
「悔しくなかったの」って。
「盗られてもなんとも思わないの」って。
「どうしてそんなに簡単に諦めるの」って。
「私のことなんてどうでもよかったのね」って。

どうして未來が俺に怒ったのか、俺にはさっぱりわからなかった。わからなかったが、言われた言葉ひとつひとつは、何故だか鮮烈に俺の記憶に残っている。それをこの3年、暇があれば頭の中で反芻していたものだから、余計に焼きついてしまった。それでもまだわからない。

今でもわからないものを当時わかるはずもなく、未來が急に怒ったことも相まって俺は混乱してしまっていた。そして言ってしまった、
「何で怒ってるんだよ」って。

それを聞いた瞬間、未來は怒って叫ぶのをやめ、酷く冷めた目をした。

「...もういい」

ぽつりと未來は呟き、「ここにいて」と俺を部屋に残してどこかへと出かけて行った。

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.3 )
日時: 2016/02/13 17:16
名前: & (ID: bUOIFFcu)

縛-3

30分ほど経ったあと、未來はビニール袋を2つ持ってなんてことのないように帰ってきた。

ただ、その顔は満面の笑みだったのを強く覚えている。

「まずは不完全だけど、まあ、それなりに満足だよ。それに、1ヶ月もすれば届くって言ってたし」

何が?
何が不完全?何が満足だって?届くって何が?

頭の中を「?」が埋め尽くす中、未來はビニール袋の中からある物を取り出した。
カシャン、と音がした。結構重たい音。

出てきたのは手錠。

「は…?」
「あのね。君が私を諦めたのはよーくわかった。けど、私は君を諦められなかったの」

こちらを見もせずに、カシャン、カシャンと手錠を取り出し、床に置く。それから、同じ袋から足枷、もう一つの袋から首輪ーーー。

「ちょ…み、未來?その、て、手錠…?」
「うん。君はもう私に興味なんて無いかもしれないけど、私は違うの。私はどんな手段を使っても君を愛する。君と一緒にいる」

じゃあどうして浮気なんか…と思ったところで、満面の笑みを浮かべたまま、未來が近づいてきた。

「だからね、私、君を私に縛り付けることにしたの」

そして、俺の手に手錠をした。

あまりに予想外すぎて突然すぎて、何も理解出来ずに動けなかった俺は、それをただただ見つめるしかできなかった。

「ほら。これでもう君は自由に動けなーーー
「ちょっ…ちょ、ちょっと待てよ!手錠!?何でだよ!不完全って…、一ヶ月後に届くってのは!?何が!?」

数秒遅れて言葉が出る。
どうして手錠なんか、さっきの言葉の意味は、未來、どうしたんだ、と問うが、彼女は聞こえていないかのように無視した。

「…私が君を縛るだけだよ、安心して。これからもう一生君を離さない」

そしてまた笑みを浮かべ…酷く冷たい声で言った。

「物理的にね」

それから俺は、抵抗虚しく、手錠に続いて足枷と首輪をつけられ…そのまま現在に至る。

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.4 )
日時: 2016/02/15 19:47
名前: & (ID: bUOIFFcu)

縛-4

「んー、風が気持ちいいねぇ」

あの日から3年。
相変わらず周りの人達からじろじろ見られながら、桜の公園にやってきていた。
皮肉なことに、ここは俺が未來に告白した場所だった。

「ね、そうでしょ?」
「...うん、まあ」

確かに、普通の人ならば春先に吹く少しだけ冷たい風は気持ちいいのだろう。だが、おおよそ精神状態がまともではない俺にとっては、風が吹くたびにビクビクして、情けないことこの上なかった。未來の言葉を肯定はしたものの、本当は風なんか吹いてほしくない。

桜が舞う。

まだここの木は五分咲きだが、風が吹けば咲いている桜は散るわけで、咲いているぶんだけの桜がひらひら落ちてくる。未來は...今更俺が言うのもなんだが、スタイルもいいし顔も可愛いし、桜が舞い落ちる光景をバックにして、なんかモデルみたいである。

「...ねえ」

そんな桜をバックにして、未來がこちらを向いて微笑んできた。
無情にも、その顔を綺麗だと思ってしまう。

「私、君のこと大好きだよ」

いつものように言う彼女。
「大好き」とは、あの日から実に毎日言われてきていた。

「大好き」、なら。
どうして俺を縛る。
君に縛り付けられたまま動けない俺を見て、君は何を思う。
縛り付けて離さずに3年過ごしてきて、君は何を得たんだ?

「そう、本当に大好き」

でも、君の言う「大好き」は、うわ言には聞こえなくて。
いつでも本心で、心から、一回一回情熱を込めて言ってくれる。

それが既にかなりの喜びと化してしまっている俺だ。
檻に入れられている時点でかなりおかしいのだが、閉塞された空間と自由の利かない身体のせいで、感覚すらおかしくなってしまったらしい。

そんな俺は。

多分ずっと。

君に縛られ続けるんだろう。

「絶対、ぜーったい離さないからね」

満面の笑みでこちらを見てくる君に。

「大好き」を言われ続けられながら。


彼女に縛られ続ける、彼氏のお話。

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.5 )
日時: 2016/02/18 16:17
名前: & (ID: bUOIFFcu)

縛-another

桜が舞う。
風に乗って、ひらひら舞う。

桜は、綺麗だな。
私なんかと違って、とっても綺麗。

ここ、桜の公園は、残念ながら私が今の彼氏に告白された場所だ。
何が残念かって...。

「.........」

風が吹くたびにビクリと身体を震わせる、侑。

...何が残念かって、こんな素敵なところで告白してくれた彼氏を、今現在檻の中で縛り付けている、この私がだ。

今から、多分3年前の話。
私は、浮気をした...フリをした。
本当は侑にもう一度好きって言われたくて、そうじゃなくても侑が私のこと好きなのを確かめたくて、わざわざ上司に協力してもらったのだ。

その頃私たちは、いわゆる倦怠期というやつだったようで、お互いにお互いをあまり意識してなかったというか、直接的な行動に出なかったというか、まあとにかく付き合いたての頃のような情熱が足りなくなっていた。
だから、私はもう一度、最初の頃みたいに戻りたいと思って、浮気したフリをし、侑が私を引き戻そうとしてくれることを願ったのだった。

結果。

今、私は侑を縛っている。

侑を私に縛り付けている、と言った方が正しいかな。
そう、つまり、私の作戦は失敗したのだ。引き戻すどころか余計に離れていってしまった。まさかそんなに早く私を諦めたのか、いやでもはっきり別れは告げてないし、もしかしたら少し感づくのが遅くて動き出しに時間がかかっているのかも、なんてぐるぐる考えていた矢先、私は侑から決定打を食らう。

『あの...さ。こんなこと俺が言うのもおかしいかもしれないけど...その、俺のこと、フらなくて大丈夫なの?』

それを言われた瞬間、私の中で何かがプチンと切れた。

私を...こんなに早く諦めて、あまつさえ別れを催促するなんて、それはつまり、もう侑は私のことなんか———。

そう考えた瞬間、私は一気にまくし立てていた。

「何でよ」って。
「悔しくなかったの」って。
「盗られてもなんとも思わないの」って。
「どうしてそんなに簡単に諦めるの」って。
「私のことなんてどうでもよかったのね」って。

私はそんなに魅力のない女だったかと思うと、更に激情して、侑にありったけの言葉をぶつけていた。

けど、言われた。

『何で怒ってるんだよ』って。

何で?
諦められないからに決まってるでしょ!?

侑に諦められても、私は諦められなかった。
どうすればよかったんだろう、何が悪かったんだろう。
離れるのがダメだったんだろうか?
離れるのがダメなら...、

ずっと、一緒にいればいいのか?

そこまで考えた私は、ぽつりと「...もういい」と言って、檻や手錠なんかの買い出しに行ったのだった。

それから3年。

「私、君のこと大好きだよ」

私は侑に、毎日「大好き」と言い続けていた。
だって言わなきゃ。言わなきゃ、伝わんない。言わなきゃ、また、離れていってしまう。
それから、私は侑の名前を呼ばなくなっていた。
もう君は侑じゃない。私の知ってる、侑じゃないんだ。私が変えてしまったんだ。

それでも私は、未だに侑を縛り付けている。

きっと、これからもずっと縛り続ける。

「そう、本当に大好き」だからね。

彼氏を縛り続ける、彼女のお話。