ダーク・ファンタジー小説

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.17 )
日時: 2016/11/03 20:27
名前: & (ID: bUOIFFcu)

おもちゃばこをあけてみて-1

此はとある御伽噺
昔の御話
弱者として産まれた勇者は
伝説として語られる
死なない呪いの掛けられた勇者は
死なない呪いの掛けられたモンスターを倒し
伝説を創り上げてーーー

***

がつん。
ハンマーでなぐられるおと。

がつん、がつん。
つづけて、なぐられるおと。

ぐしゃっ。

ぼくが、しんじゃうおと。

「あーくっそ、死んだー!」
「お前やっぱ下手くそだろ、ここで死ぬとか...。貸してみろって」
「何でだよー...」

ぴこん。

ぼくが、いきかえるおと。

がつん。
ぼくが、ハンマーでなぐるおと。

がつん、がつん、がつん。
つづけて、なぐるおと。

ぐしゃっ。

てきが、しんじゃうおと。

「うわマジで!?今秒殺だったじゃんやべぇー!」
「舐めんじゃねーよ、これでもやりこんだから」
「やらせてやらせて!おれも!おれも出来るまでやる!」
「やってみろよ」

すたすた。

つぎのがめんにすすむおと。

「そろそろご飯よー」
「はぁーい!」
「じゃ、一回セーブすっか」
「わかったー」

しゅうん。

データが、セーブされるおと。

「兄ちゃん、今日のご飯何かな?」
「母さんがカレーって言ってただろ。お前ほんと、きお...りょく、な...」

どんどん、とおざかっていくおと———いや、こえ。

そして。

覚醒する、意識———。

『痛ったぁーーー!!?』

これまで朦朧としていた意識が覚醒し、同時に痛みが迫りくる。
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い!!?

『頭、頭が割れるぅぅぅぁぁぁ!!』
『そりゃこっちのせりふだボッケェ!』
『あだぁーっ!?』

ものすごい痛みの頭にチョップを食らって、危うく気絶しかけるが、なんとか踏みとどまった。何者が俺の頭にチョップなんか...と思ったら、敵役のモンスターが仁王立ちしている。

『さっきはアタイの頭にハンマーぶち込みやがって!レディーになんてことすんだよアンタ!』
『しょうがないだろ!?ていうかそんなこと言ったらお前だって俺の頭にハンマーぶち込んだし!』
『アンタは男だからいいじゃない!』
『お前はモンスターだからいいだろ!?』

モンスターとはいえ、一応女...いや、メスである。見た目こそごっつい竜型の巨鳥(意味わかんない説明だけどこれが一番しっくりくる)なのだが、中身は乙女...いや、メスである。

『まったく...ほんと災難な生涯よね。アタイら』
『まあな...』

俺たちは何者かというと、端的に言って、ゲームの登場人物だ。いや、モンスターは人じゃないから、人物と言えるかは微妙だけど。

『下手くそがプレイすれば俺が困るし、上手な奴がプレイすればお前が困るもんな...』
『ほんとそうよね...』

今日も今日とて、人間の子供に(加虐)プレイされる日々なのだった。
…死んでも生き返るから、何度も何度も(加虐)プレイされるのだった。

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.18 )
日時: 2016/08/25 18:50
名前: & (ID: bUOIFFcu)

おもちゃばこをあけてみて-2

『あー、いいよな超級ボス職とか伝説職の奴らは…滅多に死なねえじゃん?』
『しょうがないわよ、アタイら下流階級の貧乏人なんだから』

その通りだ。大した学歴も無く、良いとこの生まれでもなく、ステータスが優秀なわけでもなく、端的に言って《クズキャラ》な俺たちにはこんな職しかないのだった。
モンスターであるこいつは、見た目こそ豪勢だが逆にそれが小物っぽいのと、ステータスが尋常じゃなく低いのでそれも相まって小物っぽさが助長され、1面の1番ルームのボス敵にされている。一応見た目はデカイしそれなりの格好はつくのでボス敵ではあるが、所詮1面1番。手先が器用な奴なら1発でクリアできるレベルの低さだ。

『…俺も、伝説の勇者に生まれたかったな』

いつものように、もう何回言ったかも知れないことを呟く。
伝説職の中でも最高ランクの位置づけになる、伝説の勇者。
普通の勇者として生まれたら、子供の頃頑張って自分を磨けば、中の上くらいの勇者にはなれるのだろう。実際、そういう奴らはたくさんいるし、勇者として生まれたのならそれが一番妥当で安定した職である。大体このゲームで言うなら、全20面構成の中で5〜15面くらいで出現する勇者がそれに値する。これは、一応誰でもなれるのだ。
が、伝説の勇者は———

『それこそしょうがないわよ。アンタもアタイも、そもそも生まれたときに伝説として生まれてこれなかったんだから』

———そう、「生まれつき」そうでなければいけないのだ。

ゲームをどんどんクリアしていって、努力で伝説の勇者になるゲームもあるが、それは生まれつきその勇者が《伝説》だったのであって、決して普通の勇者がプレイヤーの努力で伝説の勇者になるわけではない。
そんなことを人間の子供たちが知ればどうなるのか...と思ったが、伝説の勇者だって、そのゲーム内ではプレイヤーが努力しないと《伝説》にはなれないのだから、別にモチベーション下がったりはしないのか、と妙にがっくりした。

つまり、普通の勇者は伝説の勇者にはなれないから、伝説の勇者が出現する面より前の面において一番高い面で使ってもらえるように頑張るのだ。このゲームで言うと、伝説の勇者をゲットできるのが16〜17面だから、普通の勇者で1番高い面は15面とかだろう。

じゃあ、俺は?

1面の1番ルームのボス敵と戦って、プレイヤーが下手くそだったとはいえ1度死ぬくらい弱いステータスしか持ってない———つまり、ゲームを始めるときに最初に与えられる、とりあえずゲームを進めるためだけに出現する、俺は?

普通の勇者が努力したわけではなく。
初めから伝説の勇者として生まれたわけでもなく。

普通の勇者が、「努力する環境を与えられなかった」果てに、《最弱》の名を冠した存在———

すなわち。

『...所詮、間に合わせだよな』

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.19 )
日時: 2016/08/25 18:50
名前: 転寝 (ID: bUOIFFcu)

おもちゃばこをあけてみて-3

そう。
間に合わせ。

ステータスが少しでも高いキャラが出てきたらすぐに後退させられるような、
パーティ組むRPGであれば回復のためのメニュー画面でも使われないような、
逆に「初めの勇者でオールクリア!」とかってやり込みの対象にされるような、

典型的な、最弱キャラ。

『ホンット、理不尽よね』

噛みしめるようにモンスターが呟いた。
そうやって歯噛みするのも、もう何度目かわからない。

だからって何かができるか?
...何もできない。

『しゃーねーよ、俺らは底辺キャラなんだから...大方、お前も"そう"なんだろ』

そう言ってやると、モンスターは少し目を見開いた。何でそれを、みたいな目をしている。俺みたいな奴ならわかるに決まってる。なぜって、それは、

『俺もそうだからだよ、貧民街出身の普通のモンスターさん?』

***

『———アンタは、先天性かと思ってたわ』
『は、何だそれ...ひっでぇ』

なんとか絞り出すようにして言ってやれば、苦笑しながら返される。
貧民街...いわゆる掃き溜め。
最下層で底辺の扱いを受ける者たちが、あるいは金がなくなって住むところのなくなった者たちが、まるで投げ捨てられたように集う、最悪の街。普通はモンスターと勇者じゃ生きていくための条件が違うから、住むところも違うのだが、それさえも区別されなくなった街...というか地区こそが、貧民街。

アタイは...アタイらは、そんなとこの出身なのよ。

だからこそ、アタイらは———

『じゃ、アンタも学校行ってないんでしょ。貧民街出身てことは』
『ああ、勿論。そんな金ねぇし、あっても貧民街出身ってだけで追い返されるだろうし、仮に受け入れてもらえたとしてイジメは免れないだろうからな』
『...じゃ、勇者としての教育は受けてないのね』
『変なこと聞くなお前。当たり前だろ、学校行ってねえんだぞ』
『そうね』

———ろくな教育も受けられずに、

『金持ちだったらちょっとはマシだったのかしら、アタイら』
『さあな。さっきお前が言ったように先天性の奴もいるみたいだし、金持ちだからっていい給料もらえる勇者になれるかはわかんねぇよ...ま、そう思うと、どれだけ頑張っても全然報われねぇ先天性の奴らよりはマシかな、俺たち』
『先天性の人達は、まあ、そういう運命だから』
『それが可哀想って言ってんだよ』

ろくな給料ももらえずに———

『...どちらにしろ、このまま死ぬんだよ、俺たち』

———変われずに、

『アンタもアタイも、もう何回も死んでるじゃない』
『はは...そうだったわ』

きっと消えていくんだ。

『...あ』
『どうしたのよ』
『やべ、そろそろプレイするぞあいつら』
『え?』

「———なぁ兄ちゃん、ゲームってどうやったらうまくなんの?」
「さぁ...オレはやり込んだだけだし」
「じゃあおれもやり込む!」
「ほどほどにしとけよ、目ぇ悪くなるって先生にも言われてるだろ」
「はぁーい。さて、電源、電源...」

『じゃ、またな。プレイ中は意識なくなるから』
『そうね、じゃあまt———』


ぴーーーーー。

ゲームが、はじまるおと。

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.20 )
日時: 2016/11/13 14:18
名前: & (ID: bUOIFFcu)

おもちゃばこをあけてみて-4

『…やっぱ痛ぇ』

死を覚悟する程の激痛に鈍痛が余りにもあんまりで、奇声だか何だかわからない声を上げて叫びながらそこら中を転がり回る…ような元気はなく、俺はただ寝ていた。ちなみに死を覚悟するほどの激痛に((ry))転がり回っていたのはモンスターの方だ。死を覚悟する痛みと共に、文字通りあいつは死んだ。さっきのプレイで俺に倒された。倒されて、消滅した。

倒されて、消滅した。

『………モンスターだもんな』

最初からそういう運命なのだ、モンスターというのは。勇者に倒され消滅する。それは一時的なものではなく、本当に消滅するのだ。本当に、消滅してしまうのだ。

例によって。

さっき、俺が倒したモンスターは、消滅した。

消滅した。


消 え た 。


『……………』

知っていたはずだ。前からわかっていたはずだ。消えてしまうなんて当たり前のはずだ。それがこの世界のルールのはずだ。だからそれは何でもないことのはずだ。

そのはずだ。

《しょうがないわよ、アタイら下流階級の貧乏人なんだから》

アレをあいつはどういう気持ちで言ったのだろう。
下流階級であろうがなかろうが、あいつは消えるのだ。
俺らの寿命が幾つなのかなんて知らないが、少なくとも、倒されなければもっと長く生きられるのだ。

…あいつはもう10回死んでた。

俺の死んだ回数はそんなもんじゃないが、勇者にとっての「死ぬ」とモンスターにとっての「死ぬ」は重みが全く違う。基本的に何回でも生き返って敵と戦わされる勇者と違い、モンスターは1度倒されたら本当は死ぬのだ。消滅するのだ。それは下級のスライムとかの敵でも同じ。

だけどあいつは、11回生きた。

何でそんなに生きられたのかなんて知らない。何でそんなに生きようと思ったのかも知らない。

けど、

《アンタもアタイも、もう何回も死んでるじゃない》

———アレをあいつは、どういう気持ちで言ったのだろう。

何度でも生き返る俺と違って、あいつは死ぬはずだったのだ。
死ねずに何度も痛い思いをするのも辛い。それは俺がよく知ってる、伝説になれない勇者なら誰でもわかる。…けど、やっぱり死ぬ怖さというのは格別だろう。俺だって、痛い思いをしたくないとは思っても、じゃあ死ぬかと言われたら嫌だと答えると思う。

だから、怖かったのだろうか?
何度痛い思いをしても、死ぬのは嫌だったのだろうか?

『…なら…わからなくは…』

…いや。

前に言っていた。あいつは前に言っていた。

『死ぬのが怖いなんて、贅沢な悩みよね…だったか』

それは人間に対する皮肉だった。
死ぬのが怖いなんて言ってる人間たちは贅沢すぎると。
こっちは何回死んでると思ってんだ、と。
そして出来ることなら、痛い思いなんてもうしたくないから、早く死にたいのだと…。

死ねなかったのか?
死にたかったけど、特異体質か何かで死ねなかったのか?

…わからない。

わかるためには知らなければならない、という言葉は誰に言われたのだったか。…これもあいつから聞いたんだったか?

そうだ。
俺はあいつのことを何も知らないのだ。
あいつが何を思ってたかも、何を信じていたかも、何が好きだったかも、何を見て生きてきたかも。
何より、俺は、

あいつの名前すら、知らないのだ。

『あぁクッソ…!』

わかるためには知らなければならない。
俺はあいつのことを知らないから、わかるわけがない。

『わかんねぇ…わかんねぇ、知らねえ』

…もうすぐ朝が来る。
あの兄弟は、特に兄は、かなりのゲーマーだから、朝早くに起きて少しこのゲームをやるのだ。こちらとしては、ゲーマーなんてたまったもんじゃないが。

『痛い』

痛い。

『痛い』

痛い。

『痛い…』

痛いんだ。

身体中が。身体中が。この身体のそこかしこが。全身くまなくどこでも。どこでも。全部。全部、全部。

痛いんだよ。

『………』

———死を覚悟するほど———

痛いんだ。

ぴっ。

「うし…やるか」

ぴこん。

げーむが、はじまるおと。

てくてく。

ぼくが、あるくおと。

ぱしっ。

ぼくが、てきをなぐるおと。

ぼかっ。

てきが、ぼくをなぐるおと。

「…おかしいな…」

どこっ、ばきっ、ごすっ。

てきが、ぼくをなぐるおと。
なぐりつづけるおと。

「何でだよ…バグか…?全然操作通りに動かねえ…」

どすん、どすん、どすっ。

てきのやりが、ぼくを、つらぬくおと。

ぴーーーー。

ぼくが。

しんじゃう、おと。

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.21 )
日時: 2016/12/16 17:22
名前: & (ID: Zodo8Gk0)

おもちゃばこをあけてみて-5
モンスターの独白

…死んだのね。
そりゃアタイだって消えたけど。
勇者にしては早いわよ、アンタ?

長かったわ。
11回も生きるなんておかしいわよね。普通1回しか生きられないのよ?アタイらモンスターは。特にアタイなんて最下級のモンスターだから、早々に倒されて消えて、次のモンスターに交代する運命だったわけよ。

最下級のモンスター…か。

ねえ。
アンタには言ってなかったけど。
アタイは…

…わたしは、本当は超級ボスとして生まれてきたの。

アンタ…あなたたち勇者で言うところの、『伝説』として生まれてきたの、元々はね。

わたしは。
本当は、最下級に堕ちるなんてあり得ない身分だったのよ。あなたも聞いたことあるでしょ、超級の血筋トーハって。
…わたしの真名は、イヴィーラ・アリアドネ・トーハ。トーハ家の一人娘で、超級ボス職は確実だって言われてた。小さい頃からそれなりの教育も受けたわ。

…でも、トーハは、呪われた血筋だった。
それを知った時はもう、そんなに幼くなかったわ。教育も完璧に受けて、そろそろ超級になるための試験を受ける頃だった。試験といっても、本当に超級の血が入ってるかどうかの検査だけだったけど。

超級目前で、私に呪いはバレた。

わたしのお父さんが切っ掛けで、わたしのお父さんが、トーハの血筋が、『勇者の呪い』にかかっていると、知ったの。

勇者の呪い。

勇者の如く———

———何回でも生き返る呪い。

それを知った時、わたしは嫌でも悟ったわ。
うちの血筋は、勇者から堕ちたモンスターなのだと。

本当は勇者とモンスターは、決して交わらない運命にある。けれど時々、勇者の資格無しと断定されてモンスターに堕ちた勇者がいる。堕ちた勇者は、何度でも生き返る苦痛のみを残してモンスターとなる———

勇者なら誰でも教えられる知識らしい。学校に行っていれば、だけど。だからあなたは知らなかった。

………。

わたしは結局、超級ボス職に就いた。

けど、わたしは生き返った。
自分の意思で生き返った。
今まで先代達は、勇者に倒されたら自分で特殊な毒を飲んで自害していたそうだ。呪われている事を知られないために。
わたしはそれをしなかった。それは何故か?

あなたを…

アンタを見たからよ、バーカ…!

アンタは、自分が最下級と知っていながら、自分の運命に絶望しながら、それでも死ななかった!
最下級の勇者は、1度死んだら本当に死ぬのが道理。それは精神力が持たないから。自分の状況に絶望するから、心が折れて死んでしまうの。

けどアンタは生き返りやがったわよね!?

5回以上も生き返ってたわよね!ゲーマーのくせに下手くそなあの人間の兄弟の弟の方のせいで!全然敵を倒せずに死んでしまって、でも生き返ってた!見てたわ!ずっと!

それは、最下級の勇者が普通は1回で死ぬ事を知らなかったからだけじゃないはずよ!

自分の運命に抗う姿を、不覚にもかっこいいと思ったわ。血の運命に流されず、状況に流されず、自分の決断で自分の生死を決めていたのよ。それは…それは、わたしにはなかった選択肢だったの。

だからアタイは生き返った。
毒なんて飲まなかった。
お父さんには怒られたし、世間からは白い目で見られるし、わたしは最下級のモンスターに堕とされたわ。
そこで初めてアンタと出会って話をした。それまでは最終面で鎮座するばかりだったもの。風の噂で、死なない最下級勇者がいるって聞いたから覗いてみただけだったもの。

アンタは卑屈で皮肉な奴だったけど、やっぱり生き返ったわね。

ねえ。

アタイが何で死ななかったのか、どうして聞かなかったの?
それだけじゃない。
どうしてアタイの名を聞かなかったの?

アタイはアンタの名を知ってた。

アンタの名前は———

Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.22 )
日時: 2016/11/03 20:24
名前: & (ID: bUOIFFcu)

おもちゃばこをあけてみて-6
勇者の独り言

俺の名前はアンだった。
アンなんて女っぽい名前、つけられたくもなかった。
両親に訊いてみれば、「アン」っていうのは、とある伝説の勇者の名前らしい。それも、ただの伝説の勇者ではなく、正真正銘《伝説》として語り継がれている勇者の名だ。聞けば、その勇者は、元々貧民街出身の普通の勇者だったのだが、想像を絶する厳しさの鍛錬やモンスターとの交戦の結果、なんと『伝説』の勇者になったという。だが普通そんなことはありえないし、マジでその勇者が存在したのかはわからないため、《伝説》として語られているのだった。

…何でそんな偉大な人の名前を俺にって。
俺なんか、何も出来ない、ただの木偶の坊なのに。そのくせ何度でも生き返るから最初の面で使われまくる。出来損ないの、死に損ない。
だから俺はこの名前が嫌いだった。

アイツに出会ったのは確か…5年くらい前?

見た目すごく強そうなのにステータスは雑魚で、なんともやるせないキャラだった。本人は「見た目が強そうに見えるって、損になることもあるのね」と他人事のように言っててなんか可笑しかったのを覚えてる。

最初に俺が驚いたのは、モンスターのくせに何回も生き返ること。
それから、最下級のくせになぜか身のこなしが洗練されていたこと。
おかげでプレイが終わった瞬間の痛みがヤバかった。こいつの前に戦っていたモンスターでは、そこまで痛まなかったのに。

…あいつは何回も生き返ってて、俺は何度も痛みを食らわされた。

何であんなに生き返ったのか、そんなのわかりはしない。わかることはできない。だって俺はあいつのことを何も知らない。

…ただひとつ、知ってることは、俺も死ぬ運命にあったことだ。
俺のような最下級勇者は、精神力がすごく低いのが大抵だ。俺も卑屈で自傷的な性格だから、メンタル的に弱いということになるのだろう。メンタルが弱いものだから、生きる気力がわかなくて、最下級勇者は3回くらい戦ったら精神力が尽きて死ぬ。それが道理。

けど俺は生きた。
その理由のひとつは皮肉にも、大嫌いな『アン』の名前のせいだった。

俺は、我ながら物凄く馬鹿らしいのだが…どうやら、《伝説》になりたかったようだ。

もしかしたら、俺も『伝説』になれるかも。
もしかしたら、俺も《伝説》になれるかも。
もしかしたら、こんな俺でも、誰かが語り継いでくれるような人物になれるかもーーー。

それが動機だ。それのおかげで、メンタルが折れなかったのだ。
では、他の理由とは何か?

それはアイツを見ていたから。

モンスターのくせに何回でも生き返るアイツを見て、運命に逆らう生き様を見て、なんだか俺も負けていられなくなったのだ。勝手に負けん気出して、アイツが死ぬまで俺も死んでやらないからな、と強く決めてしまったのだ。

それだけに…

アイツが真の意味で死んだのなら、俺の生きる意味なんて、無いに等しい。
結局、いくら生き返っても、『伝説』になんてなれやしなかったし。
まして、《伝説》になるなんて叶うはずもなく。
俺だって本当に死んでいったのだ。

アイツに会えるのかなって、思ったりした。
アイツがまた、軽口を叩いて、物理的に俺を叩いて、それでもへこたれずにバカやりあったり出来んのかなって。出来たらどれほど幸せだろうって。

結局俺は、最後まで出来損ないで死に損ないだった。
名だたる伝説の勇者たちは、出来るエリートで、死ぬのを惜しまれる価値ある人間なのに。
俺は何も出来なくて、早く死ねと言われても仕方のない、価値の無い奴なのだ。

それでも。

アイツと過ごした時間くらい、価値のあるものだって、誰かそう言ってくれないだろうか。

…それだけを宝物として、死ねたのなら、

なんて俺は…

幸せなのだろう?

…あぁ、もう眠らなくちゃ。
最後にまた、アイツの声が聞こえたら、よかったな。

………。

………。

…………………………。

***

此はとある御伽噺
昔の御話
弱者として産まれた勇者は
伝説として語られる
死なない呪いの掛けられた勇者は
死なない呪いの掛けられたモンスターを倒し
伝説を創り上げて、

悲しく死んで逝くのです