ダーク・ファンタジー小説
- Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.6 )
- 日時: 2016/03/24 19:23
- 名前: & (ID: bUOIFFcu)
柱の陰に-1
荒んだ街の路地裏の、更に奥に入ったところの一角。
そこを拠点にする少女がひとり。
そしてそこを荒らす『誰か』がひとり———。
「あんたさあ...ほんと、何でこう毎回いるわけ?」
今日も少女は悪態をつき、その『誰か』を追い出そうとしていた。
『いひひ、そんな怖いカオしないでさ?ちょっとここに居着いてるだけじゃないか。言っただろう、自分は家が無いんだ』
男とも女ともつかない声でその『誰か』は言った。
フードを目深にかぶり、ぴったりした黒いマスクをつけ、肌の露出はほとんど無い。顔もよく見えないくらいだった。
ここの路地裏地区で家が無いのなんて、何も珍しい話じゃない。なんなら少女にだって家など無い。それで毎回少女は言うのだった、
「私だって前からずっと家なんか無いって言ってんだよ。さっさと出てけ、この邪魔虫野郎」
これでもう3ヶ月経つぞ——と少女は重ねて言った。
その『誰か』は3ヶ月前にここにやってきた。少女が嫌がるのも構わずに図々しく居座り、食べ物や飲み物やお金を何故だか強引に共有している。軽く居候みたいな状態になっているその『誰か』を、少女は何度も追い出そうと奮闘していた。...もっとも、家じゃないので居候とは言えないのだが。
その『誰か』は邪魔虫と呼ばれ、ぶすっとした表情を浮かべた。
『邪魔虫野郎って言うのやめないかい?自分、その呼び方嫌いだよ』
「じゃあ名前を教えな」
『やだね』
『誰か』は少女に名前を教えない。
その理由も教えないし、なんなら出身地や身の上や年齢や性別、その全てを明かさなかった。
少女は苦虫を踏み潰したような顔になりつつ、悪態をついた。
「...この邪魔虫野郎が」
『あ、また言ったなーっ』
「何度でも言う」
そんなやり取りをしながら、少女は今日もため息をつくのだった。
- Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.7 )
- 日時: 2016/02/28 19:52
- 名前: & (ID: bUOIFFcu)
柱の陰に-2
相変わらず居候をやめない『誰か』に、少女はため息をつきっぱなしだった。
「厄介な奴と出逢ってしまったもんだ…」
『厄介ってなんだよー』
「厄介だろ。あんたを厄介と呼ばずに何を厄介と呼ぶ」
『そんなに?酷くないかい?』
「そんなに。酷くないね」
えー…とぼやく『誰か』。
「いいから早く出て行け。ここは私の居場所だ」
少女は、今日こそこいつを追い出そうと決めていた。3ヶ月間ずっと追い出せずにいる状況を打破しようとし、今日こそはと意気込んでいたのだ。
しかし、結果はこの有様。
『出て行かないさー、だって家無いしね』
そう言いながら、汚いのも構わず路上にごろごろする『誰か』。
今日こそは追い出すと決めている少女は、チッと舌打ちし、それなら…と違う作戦に出る。
『家無い奴に出てけって、中々酷いものだね、君?』
「…居場所が無い、の間違いじゃないか?」
瞬間、『誰か』の顔つきがサッと変わった。
意地悪くにやけていた顔は無表情になり、ごろごろと忙しなく動いていた身体はぴたっと止まる。少女を睨めつけるような視線で見上げ、『誰か』を睨みつけ見下ろしている少女と目を合わせた。
少女は相手の雰囲気が変わったことに好機を見出し、さらに追い討ちをかける。
- Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.8 )
- 日時: 2016/03/08 21:34
- 名前: & (ID: bUOIFFcu)
柱の陰に-3
「ああそうだろうな。こうして人様のテリトリーに邪魔してるくらいだし、居場所なんか無いんだろうな。だけど、だからといってここに置いておくほど私は優しくない」
少女はスッと目を細め、冷たく『誰か』のことを見下ろし、見下して、尚も言葉を続ける。
「私に親族はいないし、私に相棒はいない。いるのは仕事相手だけだ。…同じく、要るのは仕事相手だけだ。その仕事相手も、私のテリトリーの場所は知らせてないし、まして居座らせてなんかいない。要らないからな」
そして、考えうる限り惨酷に言葉を放った。
「ーーー出てけよ」
あんたは私にとって何でもないんだから。
言外にそう告げ、大通りの方を顎でしゃくった。あっちの方に行けば居場所なんか普通に見つかるだろう、と考えてのその方角だった。
続けざまに言葉を放たれたその『誰か』は面食らい…酷く哀しそうな顔をしながら、ぼそっと告げた。
『…君がそう言うのは、自分にどうにかできることじゃないけど…。居場所が無い、の意味を、君は知らないだろう』
居場所が無いとは、どういうことを言うのか。
居場所が無いとは、どういう人のことを言うのか。
それを君は知らない、まだ理解していない、とその『誰か』は言外に少女に告げているのだった。
- Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.9 )
- 日時: 2016/03/20 16:22
- 名前: & (ID: bUOIFFcu)
柱の陰に-4
『居場所が無いっていうのは、自分が居られる場所が無いのとは違う』
今度は『誰か』が少女を追い詰める番だった。
何とは言えないが、何か途轍もない威圧感を伴って少女を攻撃する。
『自分が認識されないこととも違う。勿論、自分の家が無いこととも違う。問題は、自分の気の持ちようだよ』
ごろごろ転がっていた体制から身体を起こし、少女と相対する。
『大通りに出られず、裏の仕事しか出来ず、人とまともに渡り合えない。プライドもなければ自尊心もない。生きていくためには汚れ仕事も請け負わないとやってられない。それを恥じているのに、どうすることも出来てない。
———君こそ居場所がないんじゃないのかい?』
突き刺すような言葉の羅列に、少女は瞠目した。
何で知っている?
何で私のこれまでのことを知っている?
こいつは、誰だ。
この、私のことを何でも知ってるかのように振る舞う、こいつは。
『まったく残念だね。自分にこうして説教なんかしてみたようだけど、君こそ何もかもわかってないだろう?自分を虚像で塗り固めた空虚な存在だと、自分でもわかってるんだろう?だから本当はわかってるはずだ、居場所が無いってのも———ね』
ぶちっ。
切れた。
何かが。
「———るっさい!あんたに何がわかる!小さい頃親に捨てられて、何もないままどうにか自分を保ってきた私の、裏仕事とか表に出せない所業をこなしてきた私の、それがいけないとわかっててもそうしなきゃ生きていけなかった私のっ、何が!居場所なんて無いってとっくにわかってて、私の存在意義もないってわかってて!それでもどうにか自分を保ってきた私の何が!」
烈火の如く激昂した。
ずっと孤独に生きてきたはずの自分の、何もかもを知ったような顔をするこいつに一気にまくし立てる。
自分でももう何を言っているかわからないほど叫んだ。
「ぼろぼろに朽ちたも同然な私の———何がわかるってんだよっ!!」
しかし、それを『誰か』に遮られる。
『わかるさ、何でもね』
- Re: 暗闇を黒く塗り潰せ【短編集】 ( No.10 )
- 日時: 2016/03/24 19:21
- 名前: & (ID: bUOIFFcu)
柱の陰に-5
「.........は」
は?
何でも?
何でも———?
「な...何言ってんの。何にもわかってないだろ。私のことなんか何もわかってないくせに」
どうせ私の猛攻を止めたくて言っただけなんだろ、と思考し、少女は呆けた状態から脱した。何でも知ってるとか、ありえない。
だが、『誰か』がその思考を読んだように言う。
『信じてないだろう?』
図星を指され、しかし冗談だと思っている少女は軽く笑い飛ばした。
「そりゃそうだろ。何でもって、家族でさえその人のこと何でもわかるわけじゃないのに、何で他人のあんたになんか。本人じゃない限り、本人のことはわからない」
そう、親のことなんかちっともわからなかった。
家族なのに家族じゃなかった。
騙されてた。
だから、なんて軽々しく「何でも知ってる」って言えるのか、と少し怒りが込み上げてきた———ところで、『誰か』が少女にとってとんでもないことを言い出した。
『その「本人」だったらどうなんだい?』
え。
本人?
まさかね...?
さっきから冗談が過ぎる、と少女は心の中で笑い、そしてはたと思い出した。そうだ、こいつ追い出すんだった。
「冗談はいいから出てけよ。...とにかく、居場所の無い迷子を置いておく趣味なんて私にはないからな」
そう言うと、『誰か』は、
『ああ、そうするよ』
と...拍子抜けするくらいあっさりと言った。
あんまりにすんなりそう言うから、少女がぽかんとしている間に、『誰か』はほとんど無いに等しい荷物をちゃちゃっとまとめて出ていく準備をしていった。
『今まで世話になったね。もう自分の目的は達成できたから、出てくことにするよ。...ああ、そうそう、いいこと教えてあげよう』
え、何、何でそんな突然...と少女が戸惑うのをよそに、『誰か』は少女を諭すかのように喋る。
『君はね、今日から2週間くらい後に、素敵な出会いをするよ』
何を言ってる。
何でそんな柔らかい目をしてる?
『柱の陰をよく観察しておくことだね。ほら、そこのやつ』
少女の視線の先にある太いけどぼろぼろの柱を指さし、『誰か』は言った。
何があるっていうんだ。
『じゃあね。...居場所、早く見つけなよ?
私』
最後、去り際にフードとマスクを取って見せた顔は、少女の顔そのものだった———