ダーク・ファンタジー小説
- Re: 夢も現も何も無く ( No.2 )
- 日時: 2016/06/11 23:03
- 名前: 日織 (ID: TPHhLows)
ああなるほどと彼女は手を叩いた。疑問と悩みとが一度に全部消え去っていって、それはもう快感だった。そんな彼女は傍から見れば、十分に異常であった。
2.二面性-1
藤沢涼は優等生である。周りに人が集まるような、見た目良し、性格良し、頭も良しの、先生から可愛がられる模範的な優等生である。…外面だけは。
上記のこれはいわゆる、周りから見た、"完璧な外面"である藤沢涼のことだ。素の彼女はといえば、聞けば他人の顔が真っ青になるくらいに口の悪い、立ち居振る舞いもまるで不良のそれである。中学生の頃はといえば、周りから避けられ、教師からは腫れ物扱いをされていて、正直息が詰まった。
何が悪いのだろう、どうすれば良いのだろうと考えた結果が、家から遠く離れたこの高校での外面の性格矯正だったという訳だ。
「だりぃ。何だよ、藤沢さんなら絶対できるし、信じてるから☆…だよ!で き る か!」
多少やりすぎたのはわかる。わかるし、周り、主に女子から見れば今の自分はただのいい子ぶりっ子で優等生気取りの計算づく女だということもきちんと理解している。そこで出てくるのが、「藤沢さんならできるでしょ?優等生だし、断らないよね?」と、彼女のことを良いように利用しようとしてくる女子どもだ。
いい子成分の塊である彼女の外面では、「無理、ヤダ」と一蹴することなんて出来るはずも無く、ここのところは毎日のように何かしらの当番を請け負っていた。
日に日にストレスはたまり、比例して睡眠をとる時間が長くなっていく。家に帰れば玄関に入った瞬間その場に崩れ落ちるなどここ一週間ではわりと当たり前の出来事になっていた。恐るべし人格強制のストレス、である。何にせよ、このままではさすがにまずいだろうと、彼女はしばらく学校を休んで、空いた時間全てを睡眠に費やした。だというのに、彼女の睡眠欲は消えるどころか、日に日に強くなって、気づけば一日の半分以上も寝ていたなんてことが増えてきた。何も疲れるようなことはしていないはずなのに。
これはいよいよ普通ではないかもしれない。両親も心配しているし、近々病院に連れて行かれるだろう。
寝ていようがいまいが眠くなるのだから、と、彼女は再び学校へ行き始めた。途中で居眠りをしてしまえばそこからはしばらく起きることはできない。絶対に寝るものかと手やら頬やらをつねり、意識を保ち続ける。
…そんな生活を数日続けていた。
ある日、学校からの帰り道だった。昼ごろから感じていた睡魔がいっそう強く彼女を襲った。
(そろそろ限界だ。無理、ダメだ。ここで倒れたら明日にでも病院だ…)
思いに反して身体は傾いていく。倒れる、と、身を硬くして衝撃を待った。
「___あ、ぶなっ!!」
意識を失う瞬間、彼女の耳に聞こえた声は、まるで風のように脳内をすり抜けて、すぐにどんな声だったのか思い出すことが出来なくなってしまった。
ふと、目を開けた時に視界に入ったのは、キジトラ猫のおしりとスラリとのびた尻尾だった。
「…猫、だ」
彼女の声に気づいたのか、そのキジトラ猫はくるりと方向を変え、こちらに顔を見せた。
『ああもう、嫌だ。なんていうのかしらねぇ。類は友を呼ぶ?少し違うかしら。まったくもう、あたくしが人間にこうも簡単に姿を見られるなんて屈辱でしかないわ!』
「………」
見た目は普通のキジトラ猫が、当たり前のようにぺらぺらと人間と同じ言葉を話し始めた。なんとも不思議な…夢だなあ。と。彼女は再び布団を被ろうとした。
『このあたくしを見て現実逃避だ何て失礼じゃないかしら!ちょっと!起きなさい!』
「聞こえねぇ!何も!あたしは!何も!聞いてねえ!!!」
『この小娘!』
キジトラ猫の小さい肉球がときどきぷにぷにと頬に当たる。夢だと思いたいこの状況が、だんだんと現実感に溢れてきた。
「ああああこら軌翔様!!!何やってんですか!!!その子おきたばっかりでしょ!!」
今まで聞こえなかったもう一人の誰かの声。彼女はその声に、布団を引っ張り上げる手を止めて、そろりと顔を覗かせた。聞いた覚えは無いはずなのに、顔を見なければと、なぜかそんな気持ちになった。
むくり、と起き上がり、彼女は腕時計を確認した。どうやら今回は日を跨いではいないらしく、眠っていた時間も二時間とそこら、そのくらいだった。
「…あんた、誰?」
お世辞にも、今この瞬間、自分が決していい目つきをしている自身は無かった。
「…ええとはじめまして…だね。"君とは"。僕は佐々木鳰。こっちの猫は、軌翔。ああ、軌翔様って呼ばないと叩かれるから、気をつけて。」
「あたしは藤沢涼。ねえ、あたしをここまで運んだの、あんた?」
「うーんと…まあ、いいや、今はそう言うことにしておいて。いきなりで悪いんだけど、僕の、というか、軌翔様の話を聞いてくれないかな?」
- Re: 夢も現も何も無く ( No.3 )
- 日時: 2016/06/13 15:17
- 名前: 日織 (ID: TPHhLows)
2.二面性-2
「あんた、何言ってんの?頭おかしいんじゃない」
「まあまあ…そう言わないで、ちょっと聞いてくれるだけでいいんだってば。…まず、ここは僕の家。といっても、ほんの少しの間借りているだけなんだけど。さっき、君が倒れそうになっていたところに出くわしたのが僕。勢いで連れて帰ってきちゃったのはごめん。」
思わず冷や汗が流れる。それくらいに彼女の視線、目つきは凶悪だった。
鳰と軌翔は先日、一人と一匹で宛てのない旅を始めた。理由は、鳰の、此方の世界と繋がっていたはずの縁が切れてしまったから。切れてしまったものをまた元通りにつなぎなおすというのにはとても時間が掛かるし、難しい。それでも、人間である鳰は此方の世界に戻らなければいけなかった。
今のところの鳰は、たとえば、一日中誰かと二人きりで話したとしても、その次の日にはその誰かの中で、鳰はすれ違った程度の人、という認識になってしまうほどに存在が薄れていた。
此方との縁をつなぎなおすために出た旅の最初の中継地点は、元いた町から電車と徒歩で数百キロほど移動したところにあった。アパートを借りる際、余りの影の薄さにブッキングでも起こったりしないだろうかと不安だったのだが、結局は無事に入居することが出来た。しばらくはここにとどまり、"縁をつなぐ"つもりだった。
小さなアパートで、軌翔には余り評判がよくなかったけれど、男一人で住むのだからこれ以上の広さはいらなかった。引越しが終わり、最小限の荷物を押入れなどにしまいこみ、鳰はアパートの外に飛び出した。
「軌翔様、具体的に、縁ってどうすればつながるんです?」
ぶらりと行き先を決めずに歩く途中、鳰はそう質問した。ずっと気になっていたことだった。両親や親戚は"血縁"という縁の形があるが、全くの他人と結ぶ縁と言うものは、何をもってして縁と言うのだろう。
『難しい話ね。あたくしは友情やら愛情やら、絆のようなものだと思っているのだけれど、どうなのかしら。人間の縁と言うのは、彼方の存在であるあたくしたちからしたらとても薄くて壊れやすいものなのよ。人間が簡単に破ることが出来てしまう口約束なんてものも、あたくしたちからしたら立派な言霊になって、破ることなんて出来ないんだから。』
「へえ。無難に友情かなぁ。でも、覚えてもらうのが難しいですよねぇ。僕じゃ、相当にしつこく付きまといでもしなきゃ記憶の隅っこにすら残りそうにないや」
『せいぜい頑張るのね。あたくしはあたくしで自由にするわ。……ああ、それから。さっきから薄々感じていたのだけれどね。不思議なモノがこの町に潜んでるみたい。あなたとは少し違うものだけれど、とても此方の存在だとは思えないような…気をつけなさい』
きらりと目を光らせた軌翔が、鳰に忠告した。鳰は少し考え込むような表情を見せて、それからこくりと頷き、こういった。
「逢いに行こうよ、軌翔様」
…と、軌翔の鼻をフル稼働させて、微かに匂う場所に辿り着いたところで、倒れる寸前の彼女を見つけたのだ、と、何か重要な部分が抜けている気がしなくも無い話を、目の前の鳰と名乗った男は話した。
正直危ない奴かもしれない、と彼女は身構えて、それでも、先ほどこの目で見てしまった喋るキジトラ猫は未だに言葉を発しているのだから、完全に否定することも出来なかった。
「それで、あんたたちは何が言いたいわけ。その縁とやら、あたしと繋げと?」
「あ、是非それはお願いしたいんだけど…ごめんね、本題はここからなんだ。軌翔様」
『このあたくしに説明役を押し付けようだなんてありえないったら。…良くお聞き小娘。あなた、魂が真っ二つよ。』
「…はぁ?やっぱりダメだろこれ、夢じゃん」
『みっともない現実逃避なんてしないでいいわよ。あなた、二重人格だったりするのかしら?それとも、意図的に分けたりした?』
軌翔に胡乱げな視線を向けていた彼女は、軌翔の言葉に何か心当たりがあったのか、ハッとしたように真顔になった。
「二重人格じゃない、はず。でも、性格を分けていたってのは、ある、かも」
『ふうん。ならそれが原因かしらねぇ。はっきりと断定はできないけど…あなたが眠ったり、さっきみたいに意識を失ったりしている間、割れたもう一つの魂があなたの身体を乗っ取って使っているの。簡単に説明すればこんな感じね。そしてあなたには乗っ取られている間の記憶は無い。…ああ、さっきほんの少しだけ、あたくしとにおはもう一人のあなたとお話したわ。もう一人のあなたは、自分が分かれたほうの魂であることを理解してるみたい。まあ、ほんの少ししか話せなかったから、よく分からなかったけど。』
「は、そんなの、信じられるわけ無いだろ。」
『それでも、そういう変な人間が存在してるんだから仕方ないわ。におやあなたみたいにね。あたくしに文句言わないで頂戴。あなたが自覚したなら、多分もう一人のあなたの声を聞けるんじゃないかしら』
信じられるか、と乾いた笑いを浮かべた彼女は、ばさりと布団を被ってしまう。鳰のときと随分反応が違うのだなと軌翔は面白そうに目を細めた。
「軌翔様、さすがにちょっといきなりすぎですよ。僕のときもそうだったけど、ほら、僕はもう手遅れな感じで薄まっちゃってたけど、藤沢さんはそうじゃないでしょ。そりゃ軌翔様に人間が理解できるかはちょっと怪しいけど、もうちょっと」
布団を被ったまま何も言葉を発しなくなってしまった彼女は、もしかして眠ってしまったのだろうか。それならもしかすると、先ほどほんの少しだけ鳰と軌翔と話した、もう一人の藤沢涼がでてくるかもしれない。
"縁が切れた"後、何の多寡が外れたのか、今までの消極的な性格はどこへやら、鳰は驚くほどにアクティブになっていた。そろりと、彼女の被っている布団の端をめくり上げてみる。
「…こら。いくら口と目つきが悪かろうと一応女の布団をめくり上げるな、佐々木鳰。」
- Re: 夢も現も何も無く ( No.4 )
- 日時: 2016/06/15 17:37
- 名前: 日織 (ID: TPHhLows)
2.二面性-3
「あ…やっぱり、もう一人の藤沢さん…だよね?」
「そうだけど。…謝罪は無しか?」
「あ、ごめん!気になっちゃって…」
布団をめくりあげた瞬間、鳰の手はぱしん、と払い落とされていた。驚いた鳰は手を引っ込めて、続いて彼女のほうへ視線をやれば、相変わらずキツイ目つきの彼女が、先ほどとは少し意味合いの異なった目で鳰のほうを見ていた。
どうやら、彼女はこの状況をきちんと理解できているらしい。
「さて。随分疲れたみたいだし、"こいつ"はしばらく起きないだろう。その間に少し話を聞いて欲しいんだ。いいかな。」
「あ、そりゃ大丈夫ですけど…随分、あっちの藤沢さんとは違うんですね…?」
「医学的に言うと交代人格って言うのに近い存在だからね、あたしは。…まず、軌翔さんだっけ?不本意だから言わせて貰いたいんだが、あたしはこいつの身体を乗っ取ってるわけじゃない。まあ結果的にはそうなっているんだが、こいつが意識を失うと、あたしは無理矢理、こいつの身体に引っ張られるんだよ。魂のない身体は簡単に彼方のほうへ行ってしまうから、ちゃんと人間のこいつの本能がそうしてるんだろうな。」
『あら。人間のくせに随分詳しいじゃないの、小娘。』
もう一人の彼女は、軌翔を見て若干眉を潜めた。小娘、が気に入らなかったのだろう。彼女はすぐに視線を逸らすと、続いて鳰に話しかけた。
「こいつを助けてくれてありがとう。危ないところだったよ。人通りが少ないところでだったからな。…見たところ、佐々木鳰。君も随分と不思議な存在になっているみたいだな。」
「あ、わかるんだ」
「そりゃ、"あたし"はこいつと違って、此方に存在してはいないからね。」
「存在していない?ってことは、あなたは…藤沢さんって本当は彼方の人?でも、それだと藤沢さんのさっきの反応はおかしいよね。」
「ああ、そこがあたしたち二人の説明が面倒な部分なんだ。まず、こいつはついさっき、軌翔さんがそのことを話すまで、あたしの存在を認識していなかった。というか、忘れてしまっていた。随分昔に。簡単に説明させてもらうが…佐々木鳰。君もそんな状態なら多少なりとも知っているはずだろうが、まず、此方と彼方の存在は知っているだろ?」
「あ、うん。知ったのはつい先日だけどね。」
「あたしたちが今いる場所が此方。彼方って言うのは、もっとこう…なんていうか、現実味のない場所?ってーのかな、うん、そんなところだ。でも、あたしのいる場所はそのどちらでもない。」
瞬間、軌翔の耳と尻尾がピクリと動いたことに鳰は気づいた。光る目が細まり、面白い、とでも言うかのように口元が弧を描いた。
「そのさらに狭間というべきか、もういっそ完全に別に隔離された場所と言うべきか。単純に言えば、外の世界に害をなす存在を一まとめにしておくための世界だ。」
「外の世界に害をなす存在って、でも、あなたそんなんじゃ無くないですか?」
見た目も何もかも、ただの普通の人間にしか見えなかった。軌翔ですらただの二重人格が悪化したせいで魂が割れたと思っていたのだ。
「うん。あたしは元からそこに入れられてたわけじゃない。迷い込んだんだ。小さい頃に。あの場所は、中にいる奴らの性質上、基本的に一度入ってしまえば二度と出ることは出来ない。居心地が悪いわけじゃないんだけどな。…少し話が変わるんだが、小さい頃、"あたし"っていうのは存在してなかった。もともと一つの藤沢涼。普通の人間だったんだが、一つ特殊な部分があった。なんていうか…落ちやすい、体質だった。世界の歪とかそういうやつに。神隠しにあいやすい体質だったと考えてくれればいいや。」
「神隠しにあいやすい体質!?」
『それはまたけったいな体質ね。生まれつきだったのかしら?』
「生まれつきだ。で、そんな体質のせいで、あたしは小さい頃、此方とも彼方とも違う、外の世界に害をなす存在を閉じ込める世界…あたしらのあいだじゃ狭間って呼ばれてるんだが…、そこに迷い込んだ。もちろん、そこから此方に帰ることはできなかったんだ。」
でも、と鳰は不思議そうな顔で首をかしげた。今の話が確かならば、今ここに藤沢涼は居ないはずなのだ。
そこがミソだ、と彼女は軽く笑って話を続ける。
「あたしは、自分がなにやら変な世界に迷い込んだことを理解してた。嬉しくはないが神隠しには何度かあっていたからな。簡単にそこから出られないこともちゃんと理解してた。だから、割ったんだよ。あたしとこいつで、魂を真っ二つに。」
意識をなくした口が悪いほうの彼女は、もう一人の自分の存在を自覚したことで、この話が聞こえるようになっているのだろうか?聞こえているのだとしたら、相当に混乱しているのではないだろうか。
「昔のことだからはっきりとは覚えていないが、軽く説明するとこんな感じだ。二つに割ったから、片方が帰ることができた。わかりやすく言えば、データをコピーしたらそのうちの一つは消したって平気だろ、ってことだな。割った片方が、魂だけの存在になった、記憶を持ったままの神隠しにあいやすいあたし。もう片方が、あたしと、それまでの自身の体質も全てを忘れて、身体をもって此方に帰ったこいつってことだ。」
「でも…、今まで、こんな風にあっちの藤沢さんがいきなり意識を失ったりってしなかったんだよね?すごく混乱してたみたいだし…」
「そりゃストレスのせいだ。ストレスは魂擦り減るからさ。こいつの魂ががりっがり削られて、いわば貧血?状態な訳だ。それで死にそうだから限界に達する前に本能的にシャットアウト、であたしが引っ張られるわけだ。」
どうだ納得か、と説明しきった彼女は疲れたのか、じゃああとはよろしくといってぱたりと崩れ落ちた。よろしく、と言うのは、あっちの彼女の対応だろうか。ということはやっぱり、あっちの彼女もきちんとこの話が聞こえていたのだろうか。
『…本当に、あなたもあなたによってくる人間も、おかしなのばっかりね。あたくし信じられないわ。魂を真っ二つにしてそれでも平凡を保っていられるなんて。どこかに歪みができて破綻するはずなのに。』
軌翔がふん、と鼻を鳴らした。彼女はまだ眠ったままで、すぐに起きる気配はない。なんだか、それなりに長い付き合いになりそうな気がしてきた。縁をつなぐのが目的の旅、幸先が良い。
魂が二つに割れた人間が破綻してしまうのは、身体を持たずに取り残された魂がさびしさの余り狂ってしまうから。そうならなかったのには、きちんと理由があったのだ。
2.二面性 End