ダーク・ファンタジー小説
- Re: 青き蓮の提言:『或いは可能な七つの奇跡』 ( No.2 )
- 日時: 2016/08/27 01:42
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: 3YwmDpNV)
Note-0:『オーク材の抽斗に埋もれていた手紙』
嗚呼。お前ならきっとこれを探し当ててくれると信じていた。認識阻害の穴。八重垣の綻び。鍵穴の罠。よくぞ見つけ出した。
お前が天才で安心したよ。
さて。書き残しておきたいことがある。
言ってもお前の頭ではすぐに理解しきれないことだろうし、今日こうして書いているものが至極大事になると思うからだ。
私にとって、ではない。私がその事を成すために必要な時間は、とうに食い潰している。私はどうやらお前に隣人との付き合い方を教えることに時間を使いすぎてしまったらしい。ついでに、私には恐らく、それは出来ない。お前でなければ完璧にはいかないだろう。
だから、お前に事を成すだけの力と時間を遺しておいた。この手紙は、成し遂げようとするお前の助けにくらいはなるだろう。もしそれが許されるのならば。
嗚呼、お前に私の何もかも語ってやりたいが、いい加減聞き飽きているところだろう。紙面もそれほど多くない。文才まで持ち合わせるほど多才でもない。
だが少なくとも、私達が相手していたものがトチ狂っていたと気付いたのが遅すぎたことだけは此処に記しておく。私達は平和に浸りすぎていた。あれがもっとまともに魔法を研究しているものだとばかり思っていた。私も、部下も、王もだ。
……分かっていた。
踏んだだけで地面ごと脚を吹き飛ばす紙。演算速度の異常な短さ。尋常な魔法では絶対に作れないであろう“獣”。疑う要素は戦場のそこかしこに転がっていた。積み上げた骸に違和感を抱いてもいた。それでも、私達は確信を持てずにいた。単に信じたくなかっただけなのかもしれない。根拠のない幼稚な不安が私達を頑迷にした。
それでも真実は見えてしまうものだ。
『召還擬き』。覚えているはずだ。際限なく力を吸い上げ、街を存亡の危機に立たせたクソみたいな魔法。私達がようやく違和感に確信を得たのは、あれを初めて目の当たりにしたその瞬間だった。もっとも、動くには遅すぎたが。
私達は勝った。しかし、この世界は最早手遅れだ。力脈が砕け散り、可能性が横溢し、凡そ悪しきものの跋扈する辺獄(ファンタジア)に成り果ててしまった。お前も知っていただろう。
虚ろを彷徨ったあの妖精は、お伽噺に見るような善良さも、神性も、何一つ持ち合わせてはいなかった。あれは麗しき死体。可能性によって変質し、悪意を持って人を殺すもの。
荒れ野を歩くグールを見ただろう? まるでグリッシーニでもつまむように妖精を食い漁っていった巨人だ。あれは生きた男。魔力に生きたまま喰われた男達はああなった。下品な大喰らいに。
お前は海に渡れないだろうから、その当時を知っている人間に出会えたら話を聞いてみるといい。彼等はきっと、大海を揺蕩うリヴァイアサンのことを教えてくれる。海に遊ぶ鯨は畏れ多くおぞましい姿へ変容させられた。全てではないが、ほとんどがそうなった。
変わったのは無論生物だけではなかった。人々はあの化け物の存在を当然のことと見做し、自分達がその化け物に変わってしまう運命さえ平然と受け入れた。私が信頼を置いていた本の記録も全て、最低な幻想を肯定し、さもそれが遥か昔から続いていたことであるかのように変化した。
肉体だけではない。精神も、認識さえも、変質した世界がそこにはあった。
私の知る世界は終わってしまった。
それでも尚、私や私の知る数人の魔法使いは、そして何よりお前は、このファンタジアにあっても正常だった世界の感覚と知識を持つことが出来た。クソッタレにも通じる魔法を持ち、それを行使することが許された。
ある種の啓示だったと思う。
けれどそれは、私の友人達ではいけない。ましてお前では尚更に出来ない。私でなくては駄目だった。
だから私がやった。
悪意と邪念に塗り込められた者どもは私の肉体が叩き潰し、常識は私の魂で枠にはめた。混沌は遍く押し固められ、私が、友人達が、お前が知る世界に“蘇生”された。
代償は私だ。
悔やんではいない。私は私の世界を取り戻したのだから。
強いて一つ後悔するなら、お前に大事なことをいくつか教え損ねたくらいだ。お前はもうお前だけでも十分に生きていけると信じているが、お前独りで生きていけるほど、私の知っている世界は優しい世界でないことも知っている。
だから、お前に私から教えよう。私からお前に教えられる最後のことになるだろう。
——七つ、“奇跡”の結果と、その為に必要な要素を示す。
これらは理の範疇で理解し、行使できる限界の事象だ。実際に発動可能であることは私が試算した。
お前はこの“奇跡”の全てを解明、構築、行使してみろ。どんな手を使ってもいい。
それが出来たとき、お前は私の手から離れるだろう。
考え続けろ。
そして高みへ飛んでゆけ。
愛弟子の“小烏(ジャック)” へ
ロータス・ブラウ より
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【Author's Memo】
手紙は『マリアナ海溝から回収された文書』の書き方や文の運び方を参考にして書いています。全体的に設定や世界観に共通の要素が見られるかもしれませんが、誓って内容はオリジナルです。