ダーク・ファンタジー小説

Re: 青き蓮の提言:『或いは可能な七つの奇跡』 ( No.4 )
日時: 2016/09/04 02:24
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: 3YwmDpNV)

tale-1:『境界の守り人』

 かぁん。
 不安と恐怖の入り混じった騒擾(そうじょう)を掻き消して響くは、甲高い金属音。ひび割れた石畳の上、そちこちに累々と横たわる“モノ”どもの合間を縫って、鈍色に光る鉄杭が無数に屹立する。
 その内の一本、逆L字型に曲げられた杭には、小さな烏が一羽止まっていた。それは頭に乗せたハットの飾り紐を翼の先の指で弄り、フウチョウのように長く豊かな尾羽を時折繕いさえながら、浅緑の双眸を面白そうに細めている。瞳は嘲笑の色を隠そうともしない。

「まだ、やるかい」

 低く、それでいて軽薄に。烏の喉が流暢に人間の言葉を紡ぎ出す。
 たっぷりと侮蔑を込めた笑声が向く先では、痩せやつれた男が一人立ち尽くしていた。目の下に濃い隈を作り、からからに干からびた唇を噛む姿には、焦燥の色も露わだ。形勢の優劣は誰が見ても明らかであった。
 両者共それは確信しているのだろう、烏はますます嘲りの色を強めて男に声を投げつける。

「此処、あんた等みたいなのをぶっ殺しても文句言われない区画でさぁ。水浸しにしようが焼野にしようが何にしようが、俺も誰も、痛くも痒くもないってワケ。まんまと誘い込まれたあんたは、ただの馬鹿だったってことだナ」
「くそっ……!」
「誰が逃がすか」

 かん、と再びの金属音。途端、石畳に突き刺さっていた杭の数本が独りでに空を裂き、背を向けて逃げ出そうとしていた男の四肢を石畳に縫い止めた。
 濁った悲鳴に烏は無表情。今まで己が羽を休めていた杭を引き抜いて両足に持ち、男の傍まで飛び寄る。太い杭の戒めから逃れようともがく様を、烏の眼は酷く無感情に見下ろした。
 再三、杭が石畳に突き立てられる。最後通牒のごとく。

「今回の陽動部隊は生かしたまま持って帰れって言われててさ。此処で一思いに死ぬ方が良かったって思いしたくなかったら、素直に捕まっておくんな? まあ問答無用だけど」
「誰が、が、がが、ぁがががっ」

 男の反抗を打ち消す、判決の音声。
 白目を剥き、泡を吹いて痙攣し始めた男に、烏は淡々と告げる。

「魂が軽くなる気分ってどうよ。鳥なら何ともないんだけどね」
「ゥぎ、ぃぎギぎッがぁっがが」
「やっぱり、分不相応に軽い魂で身体を制御すんのは大変かい? 人間で何度か試したけど、何回やっても五分で気がどうかしちまう——でも」

 男には、恐らく簡単な単語の意味すら届いてはいないだろう。それでも烏は軽薄に喋りながら男を覗き込み、無秩序な震顫(しんせん)がいつまでも収まらないことをじっくりと確認した後、罰が悪そうに首を縮めながら、鉄の杭を堅い煉瓦に叩き付けた。
 四度目の金属音が朗々と響き、停滞していた空気が、不可解に揺れ動く。動揺は瞬く間に渦巻く風へと姿を変え、男の周囲を取り囲んだ。

「これでも生温いってんだから、カイルの拷問って一体どうなってんだろうなァ……」

 溜息混じりに放たれる、不穏な一言。
 その意味とおぞましさを男が理解するより早く、その姿は無数の光子となって弾け消えた。

「一息に死んだ方がよっぽど楽だろうに、あいつも運の悪いやっちゃ」

 六葉町五番街、廃棄区。
 剣呑と安穏の境界を、彼は護り続けている。



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【Author's Memo】
 辺獄と紙一重です。
 幻想郷ではありません。
 何時の日か楽園になります。
 全部ファンタジアと読みます。