ダーク・ファンタジー小説

不幸話 ( No.1 )
日時: 2016/08/08 18:59
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: 3qG9h5d1)

【序章】転生


 生まれてから死ぬまで、とにかく俺は不幸だった。
 あぁ、どうせこれが最期なんだ。誰でもいい、俺の不幸話をどうか聞いてくれはしないだろうか。

 体を襲う痛みが遠のく中、まさに今死のうとしている自分に追い打ちをかけるように走馬燈が駆け巡る。死ぬ前に不幸な人生を振り返ったところで、一体何になるというのだろうか。精神的にも殺しに来ているというのなら、オーバーキルにもほどがある。
 しかし、誰かに俺の苦労話を聞いてもらうだけでも、心が楽になりそうなものだ。死ぬ時ぐらい、最後に我儘を言ってもいいだろう。


 さて、話を始めるのはいいが、子供の時の話はよそう。病弱体質で外で遊んだりできなかったのもあり、小学生の時から本が友達みたいな人間だった。なので、まぁ、案の定標的にされたわけだ。何のとは言わないが。

 辛い学生時代だったけど、大学に行きたかったのでとにかく頑張った。そりゃあ血反吐を吐く思いで頑張った。辛い思いをしながらも、小中高と必死に勉強をしたものだ。

 そして入試当日に倒れて病院送りになったり、その1年後の入試当日には居眠り運転の車にはねられたりで、2年浪人の後、良い大学に合格して晴れて大学生になった。

 だがしかし、その大学に学生の頃の知り合いが——そりゃあもう顔も忘れられないほどお世話になった男が3年にいたわけだ。しかもその男はしつこくも俺の顔を覚えていたみたいで、あろうことか俺に絡んできたのだった。で、その男に話しかけられた俺は学生時代のトラウマを思い出し、そして同時に心が折れ、引きこもりになった。そして極めつけに、奴が卒業する1年間はとにかくネットゲームにはまりこみ、たった1年でものの見事に堕落したダメなオタクになってしまったのだった。

 で、結局大学は中退し、俺が引きこもりのニートに進化した半年後、母親が病気で死んだ。唯一俺の味方だった母親の死をキッカケに、俺はようやく目を覚ました。別の大学を受験して、4年間死ぬほど勉強して、上場な会社に内定を決めたが、入社3年目に会社の上層部が法に引っかかるような事をやらかしたらしく、ガサ入れが入ったり何やらごちゃごちゃしているうちに、俺はクビになっていつの間にか無職になっていたのだった。

 30歳手前にして無職。
 ちょうどその頃父親が煙草が原因で死に、とうとう俺は首を吊ることも考えた。
 が、あの辛い学生時代を生き抜いただけあり無駄に忍耐力はあった。
 その時出会った彼女の支えもあり、(長いのでその間の事はすっ飛ばすが)死ぬ気で頑張って何とか転職に成功した。

 その頃にはすでに30歳をまたいでいたが、そんなのはもはや気にしない。俺を支えてくれた彼女のため、いや、途中に妻になったわけだが、とにかく愛する人のためにお仕事を頑張った。絶対幸せにするという一心で、お金もかなり貯めていた。
 しかし、妻は……いや、あの女は詐欺師だった。
 ごっそりお金を持って逃げられ、それが結婚詐欺だという事に気づいたのが、何を隠そう今日。そして警察の方とお話しをして、抜け殻になって帰っていたところ、顔を真っ赤にした男——飲酒運転をしていたトラックにはねられて、今。目の前にタイヤが迫ってきたところで、たった今俺の人生は幕を下ろした。



 まぁ、何と言うか。
 まるで小説のネタにでもなりそうなほど壮絶な人生だったと思う。

 未練は山ほどある。
 しかし、今更この事故を無かったことにして生きたいとも思わない。
 普通に生きたかった。この世に神様がいるなら何で俺をこんなに不幸にしたのか聞いてみたい。この不幸の半分、いや、3分の1もなくていい。せめて幸福な瞬間があっても良かったんじゃないか? せめて、あの女が詐欺師だと分かる前に死にたかった! だったら俺は最低でも”詐欺に遭った可哀想な男”じゃなかったのに!!

 信じてた人に、裏切られた。
 努力は実を結ぶと信じてたのに、裏切られた。
 不幸なのは今だけだと思って頑張ってきたのに、報われる事などなかった。

 もう人間なんて嫌いだ。ついでに神様も嫌いだ。生きるのも嫌だ。
 人生イージーモードでなければ、もう生きるのなんてウンザリだ。
 さぁ死神でも閻魔大王でもなんでもいい、さっさと俺を地獄に連れていくがいいさ。




(て、あれ)
 そこで、俺はふと気がついた。
 感覚という感覚はない。しかし、自分の意識はやけにはっきりしている。
 耳があるのか分からないが、どこかで誰かが泣いている声がする。

 目の前に何かがいた。黒いボロボロの布切れを纏った、白い顔の何か。大げさなほど大きな鎌を持つ手は、恐ろしいほど細い。と、そこまで考えて気がついた。
 既視感、というよりもその姿の何かを俺は知っている。こいつは、もしかしなくても——

(死神?)

 白い肌だと思っていたそれは、肌ではない。
 細い指だと思っていたそれは、指ではない。

 すべて骨だ。
 そう、まるで絵にかいたような死神が俺の目の前にいた。


>>002

奇妙な出会い ( No.2 )
日時: 2016/08/09 10:29
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: KG6j5ysh)

 その死神は引くくらいむせび泣いていた。
 横隔膜など無いであろうに、嗚咽を漏らしている姿はいささかシュールである。

 それよりも何だこいつは。
 俺の目の前にいるって事は迎えに来たのだろう、なのにさっきから何を突っ立て泣いてるんだ。
(あのー、もしもし)
 話しが進まないので、とりあえず声をかけてみることにした。
 それが声に出ているかは知らない。口を動かした感覚はない。しかし、その声は死神に届いたようで、死神はボロボロのローブで涙を拭い、ようやく俺に話しかけてきた。
「あぁ、ずびまぜん。貴方の命を刈り取った本人でありながら……。何と言いますか、あまりにも不幸すぎる貴方の走馬燈じんせいに涙が止まらず……」
(えぇ……)
 どうやら、この死神は俺の走馬燈見ていたようだ。誰かに聞いて(見て)ほしいと言っていたのは俺だから、特に責めようとは思わない。が、しゃっくり上げて泣くほどだろうか。
 しかし、初めて同情らしい同情を受けて、何だかこちらも胸に込み上げてくるものがある。
 分かってくれるか、死神よ。俺のこの無念を。この辛さを。

 いや、今はそんな事を言っている場合じゃない。
 色々どうなっているんだ。俺は死んだはずなのに、なぜ俺は今ここにいる。なぜ意識がある。そもそもここはなんだ? 死後の世界か? それとも地獄か。

 そう視線(今の自分に目はあるのかは分からん)を送ると、死神は一礼した。
「申し遅れました。あらかた予想はしていたと思いますが、私は死神でございます。貴方の命が尽きたので、この鎌を使って貴方の魂を体から切り離しました」
 それが私の仕事で、と言うと、死神は手にしていた大きな鎌を肩に担いで見せた。

 死神、やはりそうか。こうして鎌を構えると結構様になっている。筋肉とか無いのに、ほんとどうなってんだろうね。やや決め顔なのが癪に障る。
 そんなしょうもない事を考えていると、死神と名乗った骨は鎌を背負い直して咳ばらいをした。
「さて、おそらく貴方は疑問に思っている事でしょう。なぜ自分がここにいるのか、そもそもここはどこなのか、と」
 その通りだ。俺の方を見つめている死神に向かって頷いてみせると、死神はこちらに頷き返しながら話を続ける。
「まず、ここがどこかという話ですが……どういいましょうか。貴方が分かりそうな言葉で言えば、世界と世界の間です」
(世界と世界の間?)
「はい。貴方の住んでいた世界と、冥府の間……此岸と彼岸の狭間です。つまり三途の川ですね。星々をそれぞれの世界に見立てたとすれば、ここはさながら宇宙空間、といったところでしょうか。あぁ、天国や地獄のような場所もありますが、ここではありませんよ」
(は、はぁ……)
 死神から噛み砕いた説明を受けるが、正直よく分からなかった。
 そもそも冥府って本当に存在するのか(そんなことを言い始めたら死神にも同じことが言えるし、きりがないのだが)。自分で地獄なんて言ったが、そもそも別の世界だとかが本当にあるとは思わなかった。しかし、冥府でも地獄でもない場所って、一体何なんだ?
 うーん、と首を捻っていると、死神は困った様に笑った。
「まぁ、普通はそうですよね。分からないのも無理はないでしょう。とにかくここは”色んな世界と繋がってる特別な場所”、と考えていただけえれば良いと思います」
(イマイチ理解はできれないが、そういう事で話を進めてくれ)
 とりあえず、自分が人知の届かないような特殊な場所にいる事は分かった。
 ここについて深く考えるのはやめよう。それよりも次だ。
 俺が死神に視線を向けると、死神は俺の様子を察して頷いた。
「分かりました。それでは次に、なぜ貴方がここにいるか、ですね」
(うん、それが一番聞きたかった)
「そうですね……言ってしまえば、貴方と話しがしたかったので私が連れてきました」
「アンタが?」
「はい」
 死神はそう答えると、ふうとため息をついた。
 その姿は、どこか憂いているようにも見える。

「いやはや、見させていただきました。貴方の人生、貴方の最期、貴方の思い、そのすべて」

 その言葉を聞いて俺はたちまち自分の人生を思い出し、押し黙った。
 自分の人生に対する悲愴で心が痛い。

 死神の言葉で落ち込んだのを見てか、死神は慌てて、しかしどこか優し気に言葉を紡いだ。
「大丈夫です。私はどうか不幸を全うした貴方に報われてほしいと思って、貴方をここへ招いたのです」
(……どういう事だ?)
「もし……貴方が望めば、の話ですが」
 死神は、そう前置きをした上で言った。


「もう一度チャンスがあるとしたら、”転生”してみたくありませんか?」

>>03

死神の好意 ( No.3 )
日時: 2016/10/23 23:55
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: zt5wk7o6)

 転生?

 小説の中でしか聞いたことが無いような言葉を聞いて、再び首を捻る。
 そんな俺に、死神はあくまで丁寧に説明を加えた。
「はい。新しい世界で、新しい生き物として生まれ変わるのです。もちろんある程度は融通しましょう、じゃないと”貴方”が報われない。貴方が望む人物として生を与えることを約束します」
(できるのか? 死神なのに?)
「死神ですが、”神”でもあります。死を司ると言われておりますし、私もそう名乗ってはおりますが、その本質は”魂を導く”事。本来ならば一度冥府に送り届け、魂に刻まれた記憶を浄化する必要がありますが、それでは『不幸な思いをした貴方』が報われないのです。記憶を浄化した貴方は、すでに貴方ではない誰か、なのですから」
(……)
 その言葉を聞いて、しばし考えを整理する。

 通常であれば、俺はその冥府へと送られて、今までの人生の記憶を消されて新しい他人として生を受ける、という事だろう。つまり、今度こそ俺は死ぬ。生まれ変わればどんな環境で生まれてくるかは分からない。また不幸な人生を歩む事になるかもしれない。
 しかし、死神の言葉を呑めば、俺は俺の記憶を持ったまま新しい生を受ける。俺の望む人生をスタートすることができる、という事か。
「貴方の望んでいるものは解っていますよ。貴方が望めば、貴方のまま、貴方が望んだ通りの新しい体へと魂を移します」
 その考えに付け足すように、死神は言う。
 つまり、俺の望んだ人生を……幸せを手に入れることができるのか?
(そんな虫のいい話があるのか?)
 しかし、そう思う反面、ようやく不幸な人生が報われるのか、とも考える。

 なら——だったら願う事は一つだ!
 人生イージーモードで、今度こそ幸せな人生を満喫したい!! 

(分かった、俺をこのまま転生させてくれ)
「はい、分かりました」
 死神は嬉しそうに頷く。
 しかし、ここまで来て俺の中に一つの疑問が生まれた。

(あのさ。なんでここまでしてくれるんだ?)

 俺の人生を見て、不幸に思ったから?
 不幸レベルじゃあかなり高い方だとは思うが、俺よりも不幸な人間もいるだろう。そんな人間を見つけてはこうして話をして、転生させているのか?それはそれでダメな気がするんだが……。

 すると、死神はどこか黒い笑みを浮かべた。
「あぁ、気にしないでください。上司に使えない奴だとか仕事ができないだとか言われて、ソイツに当てつけをしようだとか、全くそんなことはないですから」
「あぁそう……」
 遠くを見てフフフ、と笑っている声が些か不気味である。
 というか俺は上司への当てつけに使われているだけなのか。何かすごい複雑な気分。
 そんな俺の反応を見てか、死神は失言だったと咳ばらいをする。
「ま、まぁいうなれば私の気まぐれです。全く、こんなチャンス滅多にないんだから、ありがたく思ってくださいよ!」
(お……おう! ありがとう!)
「よろしい。それでは、新しい体に魂を送ります。上に見つかるといろいろ面倒なので、さっさと終わらせちゃいましょ」

 上、か。 さっきも上司とか言ってたけど、やっぱり神様にも序列とかあるんだな。
 やはりというか、苦労してそうな死神だ。同情するぞ……態々迷惑をかけてすまないな。
 俺が改まって礼を述べると、死神は満足そうにウンウンと頷いた。
 そして背負っていた鎌を手に取ると、天に掲げてグルグルと回しだす。すると、途端に自分の体に感覚が蘇ってきた。見えない力でその場から引き離され、気持ちが悪くなるほどの浮遊感を覚える。
「じゃあ行きますよー」
(ちょっ、ちょっと待ってくれ酔う酔う酔う!!)
「大丈夫です。じきに終わりますから。では、今度こそ良い人生を〜」
 そう死神が呟いた瞬間、死神があっという間に遠ざかった。
 抗いようのない力に引っ張られ、俺はどこまでも深く、深くに落ちてゆく。
 時々、巨大でビー玉のように綺麗な球体が俺の横を通過する。これが死神の言う世界、というやつなのか。こんなにも多くの世界があるのか。奴がなぜここを『宇宙』と例えたのか分かる気がする。

 そんなことを考えていると、俺は一つの世界に激突した。痛みこそ感じないが、ただならぬ衝撃に心臓が飛び出そうになる。俺はそのまま世界に吸い込まれ、そしてまた落ちる。

 何かにぶつかって、落ちて、それを幾度となく繰り返し、どれくらいが経っただろうか。
 気がつけば辺りは静寂に包まれていた。

>>004

どう見ても死んでいた ( No.4 )
日時: 2016/08/18 11:50
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: dK6sJ/q3)

(うーん。何だ? 成功したのか?)
 真っ暗な空間。比喩ではなく、本当に何も聞こえない。そんな場所で意識を覚醒させた俺は、あまりの静けさにどうも嫌な予感を覚えた。

 あの死神は俺の望んだ形で転生させてくれる、と言っていたが——そういえば確認らしき確認は取っていなかったと今更その事に気がつく。俺は人生イージーモードで過ごせるような超高スペックの人間で生まれたかったのだが、少なくとも自分が赤ん坊ではないことは体の感覚を通して察することができた。

 俺は今、胸の前で手をクロスし、寝かされているらしい。しかし、目を開いているはずなのに、なぜこうも真っ暗なんだ。とりあえず、状況を確認しないと。そう思い俺はおもむろに体を起こした。

 ゴンッ

 しかし、起き上がろうとしたその時、頭を固い何かにぶつけた。
(……、えっ?)
 途端に血の気が引いた。
 な、何これどうなってるんだ?
 俺は目の前の何かに触れてみる。
(か、固い)
 まるで石。石の壁だ。俺はそのまま正面、横、へと手を移動させ、同じように足もその石の壁沿いに動かしてみる。そして、ひと通り確認して一つの結論。俺、石の箱の中にいる。あれだ。まるで棺桶だ。石の棺桶はゲームの中で見た事がある。
 なるほど、だから真っ暗なのね。いやはや納得……じゃねぇよ!

(バカヤロー!! 棺桶だと!? 何でだ、どうしてそうなった!!)

 色々言いたいことはある。
 色々ツッコミどころはある。
 しかし、まず一刻も早く俺はこの箱から抜けださなければならない。
 このままだと酸欠で死んでしまう!
 とりあえず俺は目の前の壁を精一杯力押した。
 埋められた棺桶ならどうしようもない。そうじゃないことを願って力を込める。
(うぐぐ、重い……!)
 だめだ、腕だけじゃ力が足りない。膝を立てるようにして、足でも石の壁を押す。すると、少しだけその石が持ち上がり、すき間から僅かに光が漏れてきた。
(よし! いける!)
 俺はその石の壁——否、石の蓋を横へとずらす様に力を加え、数十秒の格闘の後ようやく蓋を開けることに成功した。蓋を石の箱の横に落とし、俺は何とか石の箱から這い出、俺は事なきを得た。

(し、死ぬかと思った!!)
 転生早々死にかけるなんて思いもしなかった。あの死神一体何を考えてるんだ。約束が違うじゃないか。
 俺はゼェゼェと息を切らしながら死神への文句を……いや、待てよ。そう言えば全く疲れてない。体に触感はある。しかし、あれだけ重いものを動かしたのにも関わらず、一切疲れていない。それどころか、息を切らしてすらいない。
 あれ、息? 
 いや待て、なんかおかしい。してない。俺、息してなくないか? 俺は慌てて大きく息を吸った。しかし、埃っぽい空気を吸って逆にむせた。ゲホゲホと情けなくせき込み、肩を落とす。
(何やってんだ……)
 脳裏にチーンとお仏壇で鳴らすアレの音が再生される。あぁもう、涙が出ちゃう。俺は顔を覆おうと両手を顔に近づける。

 と、ふとその時に気がついた。


 あれ、なんか……手が、おかしい。
 俺が見つめる先にあるのは、紛れもない自分の手。なのに、その手は恐ろしく『乾いて』いた。その手に瑞々しさはない。そのほとんどに肉がなく、骨の形がはっきりと浮き出ている。その乾いた木のような手には、カビか苔か分からないものがうっすらとこびりついている。
 俺は震えながら、その手で自分の頬に触れた。固くて、弾力がない。痩せこける、というレベルではないほど肉がない。それから喉、胸、腕と体のあちこちを触り回し、理解する。
(あ、え……)
 そう、頭は理解してしまった。俺の今の姿を。そして、この状況を。
 しかし、認めてたまるか。納得してたまるか。
 だって、そんなのは転生と呼べないだろう。少なくとも間違っていると確信を持って言える!

(ぎ、ぎゃああああああああ!! アンデットだああああああ————!!)

 あぁ、そうさ! 間違いない!! 俺は今”ゾンビ”になっている!!
 呼吸が不必要な体! 疲れない体!! 確かにそれだけ聞けば便利な体だ。ある意味無敵なような気がしてきた。しかし転生したら『乾いたオッサン』だなんて誰が得するって言うんだ!
 畜生、理解した途端体中がむず痒い!
 死神の野郎、何が転”生”だ? これはむしろ死んでるぞ。

 「ア"ア"ァ"ァ"ァ"」と、不気味な声を上げながら、俺は自分が入っていた棺桶に頭を打ち付ける。傍から見ればさぞ狂気じみているだろう。しかし、あえてそうすることで俺は精神を保っていた。ガンガンガンと鈍い音をさせ、数分。自分の体でストレスを発散したところで、冷静を取り戻した俺はピタッと動きを止めた。

 あ、やばい。気づいてしまった。
 もしかして、あくまで死神は俺の願いを叶えてくれただけで、原因は俺にあるのではないかと。

 そう、思いだしてみてくれ。
 俺は死んだ時、走馬燈を見てどう考えた?

”人間なんて嫌いだ。神様も嫌いだ。生きるのなんてウンザリだ”

 そして考えてみてほしい、この体。
 (アンデットという見方をすれば)人間ではないし、生きてもいない。
(…………)
 あぁ、なるほど。そうか。俺のせいなのか。
 生きるのなんてウンザリ、だからすでに死んでる体になったわけね。確かにアンデットとしては生きてるし、ある意味転生と呼べるかもしれない。
(でも、こんなのって、あんまりだろ……)
 もはや(物理的に)乾ききって涙など出なかったが、俺は静かに心で泣いた。



 不幸なアラサー男子、俺。
 今日、こうしてアンデットとして生まれ変わったのでした。




序章——end.

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ようやく序章終了です。
アンデットとして生まれ変わった主人公、生まれ変わったはずが死んでいた!
果たしてこれからどうなるのか!?

壮大な出落ち感のする小説ですが、よろしくお願いします\( 'ω')/ww

転生から二日後 ( No.5 )
日時: 2016/08/12 01:15
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: QJ6Z1NnV)

第1章【脱出】

 崩れかかった古びた石造りの遺跡。300年前に建てられたその場所には、多くの死者が眠っている——この世界の『墓地』である。そんな遺跡の最深部、ひときわ大きな扉の向こうは、その墓地の中でも最も開けた空間になっていた。その部屋の入り口にある鉄のゲートを抜けたさらに奥、階段を上がった先にある祭壇に、他のものとはまるで扱いが違う一つの石造りの棺桶があった。その棺桶に腰かけ頭を抱えているのが、何を隠そうこの俺である。

 ごきげんよう、交通事故で異世界に転生したアラサー男子だ。
 俺は今、転生したのに死体スタートなどという、まるで意味が分からない状況に置かれている。
 おまけにここがどんな世界なのかも知らない。
 だが、少なくともアンデットが存在するような今までの常識が通用しない世界であるという事は解る。何を隠そう、俺自身がその”アンデット”だからだ。ふざけやがって。


 さて、転生から2日経過したにも拘わらず、俺は未だにリスポーン地点(かんおけのへや)に留まっている。
 それはなぜかって? 答えは単純だ、出られないのだ。

 この部屋は相当広い作りになっているが、出入り口は一か所しか存在しない。
 そして、その出入り口は何の嫌がらせか鉄のゲートで塞がれていた。
 中からは逃げ出せないような作りになっており、鉄のゲートの向こう側——5メートル進んだ先にあからさまなレバーがあった。それがおそらくこの鉄のゲートを開くものなのだろうが、間から手を伸ばしでも届くはずもない。
(見える距離にレバーがあるのに届かない、か)
 うーむ、何とも歯がゆい状況だろうか。
 腕の一つや二つ伸びればあのレバーを引く事ができるだろうが、いくら引っ張ったり念じてみても、流石に腕を伸ばす事は叶わない。

 ここまで来たら、自分でどうこうするのは諦めるしかなかった。
 ならば道具だ。
 そう思い、俺はゲームの慣習に倣って色々と物色……もとい、この部屋の探索をした。
 いつの間にか脱出ゲームが始まっているような気もしたが、それは気にしない方向でいこう。


 まず目についたのは、棺桶の周りに置かれた書物。軽く20冊程度、と言ったところか。積まれているものもあれば、一冊ずつ無造作に置いてあるものまで様々。ただ、ここにある本の表紙はすべて黒く、不気味な模様が描かれていた。表紙をめくってみると、見たことも無い文字がビッシリと書き連ねられていた。
 その文字量の多さに俺はとりあえず本をそっと閉じた。
 まずいな、そう言えばこの世界の読み書きもわからないし言葉も知らない。
 しかし、死ぬ事もないし、現状の目標はこの部屋を出る事……時間制限も無いし、時間だけいくらでもある。後で読んでみることにしよう。そんなわけで本は後回し。

 後は、紙や木炭(文字を書くためだと思われる)、エンバーミング——いわゆるミイラを作るため——の道具と思われるハサミやナイフ、巨大な針と、糸。あとは、ミイラの体に巻く麻布とか、短剣とか、溶けたロウソクとか。残念ながら使えそうなものはほとんど無かった。

 あ、そう言えば鏡もあった。
 ここで初めて自分の顔を確認したが、まぁすごかった。
(うわぁ……)
 流石はアンデット、鏡を覗き込んでみると、映画に出てくるゾンビのようなホラーフェイスがそこにあった。眼球は無く、その奥で青白い光が不気味に光っていた。鼻や唇と呼べるものも無く、歯がむき出しの状態だ。無駄に歯並びはいい。この顔を見て若干心が折れかけたことは言うまでもない。

「ア"ー」
 ちなみに、声は出るが言葉にならない。たぶん喉も何かしらダメなのだろう。
 うーん、これは不便だ、バッタリ人に会っても弁明もできずに終わりそうな気がする。
 服装はと言えば、黒の煤けたローブ姿で、首にはえらく豪華な首飾りがかけられていた。透き通った深い青色の宝石が埋め込まれている。売れば相当な金額になりそうではある。外に出るのが楽しみだが、果たしてこの見た目でどうやって売却したものか……。

 まぁいい、気を取り直して次! と、言いたいところだったが。


(何も無さすぎだろこの部屋……)


 半日かけてみっちりこの部屋を探索しつくしたが、先ほど述べたようなものしか出てこなかった。
 隠し扉のようなものもなければ、ゲームでありがちな宝箱ですとか、そんなものも一切無い。

 打つ手なし。
 俺は膝と両手を地面につけて猛烈に落ち込んだ。
 自力でここから脱出することはおそらく不可能だ、その現実を突き付けられ俺はショックを受けた。
 こうなれば、外部から扉が開かれることに期待するしかない。
 そんな訳で俺はふて寝をしたのであった。

 しかし、そこまで今の状況を絶望視したわけではない。
 半日探索して分かったのだが、この空間はある程度人が出入りしているようだった。
 本が積まれてあった周辺や階段、出入り口からその先の通路にかけて、うっすらと埃の足跡が残されていたのだ。おまけに、積まれていた本の量。1、2冊じゃない、という事は何度もこの部屋から外に出入りしたと推察できる。
 しかし……本の近くに円状にロウソクが並べられていたが、誰かが何らかの実験でもしていたのだろうか? 本の表紙を見るに、碌な事じゃなさそうだ。まぁ、どんな奴でもいいさ。あの鉄のゲートを開いてくれるのなら。
 その人物がまたここを訪れることを願って、俺はその時まで眠ることにしたのだった——


 が、一つ問題がある。


 俺が眠らずに、今こうして頭を抱えているのには理由がある。
 もちろん、眠れないから起きている、という事はお察しいただけるだろう。
 ではなぜ眠れないのか?
(滅茶苦茶うるせぇ……)
 それは、この部屋にいる『本来見えてはいけないもの』が騒いでいるせいである。
 俺の元居た世界でいうところの”幽霊”、というやつだ。
 アンデットになったせいか、それともこの世界の住民は目視できるのか、とにかく火の玉というか魂というか、ボンヤリとした光の球が30は居ようかという数漂い、ザワザワ呟いたり叫んだりしているわけだ。うるさくてかなわん。

「ガアアアアァッ(うるせ)ーー!!」

 俺が怒鳴ると蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、数十分後には元に戻る。かれこれ怒鳴り散らして13回目だ、いい加減怒鳴るのも疲れてきた。

 ここから出ることもできず、眠ることもできない。もはや俺にどうしろというのだろうか。
 俺は大きなため息をついたのだった。

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。 ( No.6 )
日時: 2016/08/15 17:28
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: dK6sJ/q3)

(しかし、どうしたものか)
 部屋に漂っていた幽霊が居なくなり、一時的な静寂が再びこの空間に訪れる。
 だが、数十分後にはまたあの幽霊たちが戻ってきて騒ぐ事だろう、ならば眠ることは諦めよう。
 じゃあ何をするかだが、本当に何も思いつかない。お腹も空かないし、この部屋の探索は飽きるほどやった。考えれば考えるほど寝ること以外にやる事が無いな。

 じゃああの幽霊(?)達と戯れるか?
 俺は幽霊と戯れる自分の姿を思い浮かべる。
 乾いたゾンビが何やら叫びながら何も無い空間を走り回っている姿、か。
(……狂気でしかないな)
 俺がその場面に出くわしたら間違いなくちびる。うん、やめておこう。

 と、そんな事を考えていた時に何の気なしに顔を上げると、例の積まれてあった黒い本が目に入った。
(あぁ、そう言えば読むのは後回しにしてたんだっけ)
 俺はその一冊を手に取り、再び本をめくった。とりあえず挿絵がないか確認してしまうのは俺だけではないはずだ……おや? 挿絵があるな。しかし、なんだこれは。人間の体が描いてあって、脳、心臓、内蔵が摘出されている絵だ。添え書きにはくり抜いて捧げものにするだとか不気味なことが書かれてある。
(あれ?)
 とこでふと気づく。

(文字が読める?)

 そう、全く知らない文字の羅列が何故だが読めるのだ。
 どういう事だ? 見たことも無い言葉なのに。
(うーん……この体はあくまでこっちの世界の人間のものだからか?)
 アンデットとして生まれ変わってはいるが、元々はこっちの世界の人間の体に乗り移っているような状態だ。もしかすると生前の記憶が体に残っていて、そのおかげである程度言葉が分かるのかもしれない。

 昔、何かの番組で「人の記憶は体にも宿る」と言っていた事を思い出す。ドナーに心臓を提供してもらった人が、行ったことも無い場所を知っていたり、食の好みがドナーと同じになった、とか。この体にもある程度この世界についての記憶があるのかもしれない。ならば、この本を通してこの世界の言葉を学ぶのも悪くないのかもしれない。

 しかし、この体の人物はどんな人間だったのだろうか。
 こんな大きな部屋で、祭壇の上に祭られている人物となると……もしかして、相当すごい人物だったのかもしれない。ほら、例えばピラミッド。何かと謎の多い遺跡と言われているが、王(ファラオ)の墓として有名だ。その王とまではいかないが、石造りの棺桶も模様が彫ってあったり、少なくとも他のそれとは扱いが違っていると分かる。
 生前は王族か、はたまた貴族か、そのあたりだろうか。
 いやぁ、夢が広がるね。まぁそれも全部生前の話だけどね。生前に転生しなかったのが悔やまれる。まぁ、本来生まれるはずだった人の魂を押し退けてまで転生はしたくないし、その点ではこれで良かったのかもしれない——いや、それでもアンデットはないわ。

 まぁ、外にさえ出られれば、この体の人物について調べるのもいいのかもしれない。
 外に出てやりたいことの一つができたな、楽しみだ。

 体について考えるのもそこそこに、言葉の一部が理解できるならと、俺はひとまずこの本を読みながら、この世界の言葉について学ぶことにした。もしかしたら、言葉だけじゃなくて、この世界について知ることができるかもしれない。

 しかし、こうしてゆっくりと本を読むのは久々だ。20冊もあるならかなり時間はつぶれるだろうな。
 俺は本を石の棺桶から手の届く距離に移動させた。
 明りは問題ない。ここの天井——かなり高いが、上の方が崩れかかっており、僅かに光が漏れている。この薄暗さだと普通の人間ならば文字の判別は難しいだろうが、この体では問題なく見える。逆に僅かな光ですら眩しいくらいだ。日の光が苦手なアンデットならでわの特性だろう、いやはや便利な体だ。外見と死んでいる事を除けば。

 さて、では早速本を読んで勉強をする事にしよう。アンデットでも覚えておいて損はないはず……だよな?
 そんなわけで、俺は適当な書物を手に取って、1ページ目から隅々まで読み始めたのであった。

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。 ( No.7 )
日時: 2016/08/18 11:04
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: dK6sJ/q3)

 以前、こんな小説を読んだことがある。事故に巻き込まれて死んだ主人公が異世界に転生し、異世界人や魔物をバッサバッサとなぎ倒していく話だ。そんな主人公達は決まって反則的な力を宿したり、そうじゃなくとも活路を見出して成りあがっていくものだ。
 それに引きかえ、俺ときたらひどいものだ。


「グ、オ、オ、オォォ……」
 俺はバレーボールを両手に持つようなポーズを取り、足を開いていた。姿勢を落とし、そのまま手を右腰まで引く。すると、両手の中に微かに水色の光が集まり始めた。手のひらに僅かばかりの冷気を感じ、俺はどこか確信に満ちたような、それでいて真剣な顔つきで正面を見据える。

 転生から52日目、俺は未だにスポーン地点にいた。

 そんな俺の視線の先にあるのは、20段に重ねられた本の柱。
 俺は一呼吸置き、叫ぶ。
「ガアッ!!」
 それと同時に、俺は手を体の前に思い切りつき出した!
 すると、水色の光は強さを増してゆく。

 さながら某戦闘民族主人公の必殺技のようだ。
 そのまま俺の手から放たれた光は本の柱へと直撃し、20冊の本は弾かれるように宙を舞う! と、いうような事は無く。俺の両手の中で眩く光ったかと思えば——「ポン」と、まるでコルクのキャップを引き抜いたような間抜けな音を上げ、ひとつの雪が手のひらからユラユラと落ちていっただけだった
「ガアアッ!?」
 嘘だろッ!? 思わずそう言いながら俺は前につき出した両手を震えさせる。
(こ、今度こそ絶対うまくいくと思ったのに……)
 俺は間もなくガックシと肩を落としたのだった。


 この50日で、あの本の内7冊を読破した。そして分かった事がある。
 まず一つ、この世界の文字はある程度英語の綴りに置き換えることができる。幸いな事に文法もどこか似通っている部分があるため、比較的この世界の言語を学ぶことには苦戦しなくて済みそうな印象だ。文字での会話は厳しいが、今の段階でもおそらく気持ちや意志を伝える事くらいはできるだろう。嗚呼、無駄に英語が得意でよかった。

 そして、もう一つ。
 俺にとっては文字うんぬんよりも、こちらの方が重要だった。


 どうやら、この世界には「魔法」たるものが存在するらしい。


 読んだ7冊のうち、2冊ほど魔法に関する基礎知識のようなものが書き記された、いわゆる手引書のようなもの(他は何かの研究資料)だった。一冊には基礎的な魔法の分類についてとその概要、炎や氷や雷などの魔法属性、魔法の発動と詠唱についてなど。もう一冊が、ある分野の魔法、おそらく召喚魔法についてだろうか? に、ついての考察。こちらは少々魔法の知識がなければ難しい内容だという印象を受けた。

 そんなわけで、魔法属性について書かれてあった手引書①(召喚魔法の方は手引書②としよう)の内容から魔法を扱うコツを学び、こうして実践に移している訳なんだが、結果は見ての通りだ。
(これが魔法の基礎中の基礎? 攻撃魔法の初級レベル? 嘘だろ)
 なんでも、魔力を氷に変換して放出する魔法だそうだが……悲惨な状況だ。
 何と言うか、かき氷機で氷の山を作った方がまだ有意義な気がしてきた。
(くそぉ、せっかく魔法が使える夢の世界に来たって言うのに)
 はぁ、とため息をついて俺は床に体を投げ出した。
 この体の人物が生前からこの手の魔法を使っていなかったのか、手順書①に書いている事のほとんどを実践の段階で失敗していた。知識は身につく、というか忘れていた事を思いだすような感覚で覚えられるからいいものの、どうしたものか。


(魔術師としての基礎? の、”魔力のコントロール”は簡単にできるのになぁ)
 左腕を頭の後ろに回して枕代わりにしつつ、右指の人差し指をクルクルと回しながらため息。すると、指の先で青白い光が集まりだし、瞬く間に光のオーブとなって現れた。

 魔法を扱うには、まず大前提として魔力をコントロールする必要がある。
 それを魔法として扱うには魔導書を読み、その魔法の術式(魔力をどう使って変換するか等の数式だとかそのあたりの事)を理解する必要がある。その術式を集約したのがいわゆる呪文というやつだ。術式を理解した上で呪文を唱える(思い浮かべる)と、魔導書で覚えた魔法が再現できる。

 分かりやすく言うと……うーん、そうだな。
 例えば電話、とか。ほら、電話の中身とか構造とかどんな原理で通話できるとか知らなくても、電話の使い方さえ知っていれば誰でも電話は使える。この電話を魔法であるとすれば、呪文はいわゆる電話番号だ。「この番号でどこに繋がるか」さえ知っていれば、話したい相手と通話ができる。ここでいうところの”話したい相手”が、自分の使いたい魔法だ。

 うん、部下達から説明が分かりにくいと定評があった理由を今実感した気がする。悲しいな。

 まぁそれは置いておいて。ここからが本番なのだ。
 魔法は魔導書を読んで、術式を理解すれば呪文を唱える事で魔法が出る、と言ったが、いかに精密に魔法を再現できるかは『自身の魔力のコントロールの腕』と『経験』によって決まるらしい。他にも細々あるらしいが、おそらくこれくらいの認識で問題ないだろう。
 で、どうやら俺は前者については良くできる方らしいのだ。
 魔術師の卵はまず「自身の魔力を一点に集める事」から始めるらしいが、これは「何となく」で、出来てしまった。おそらくこの体の人間は魔法をかじっていたようで、このての基礎は赤子の手をひねるが如く、だ。ただ、あいにく攻撃魔法は扱っていなかったようだが。

(まぁー、ここまで来たら何でもいいから魔法を使ってみたいよな)
 俺はオーブを見つめつつ、思考する。
 この世界には魔法が存在し、なおかつ自分は魔法の基礎である魔力のコントロールは問題なく行える。
 こうなると、意地にも近いが——どうしても魔法を使いたいという気持ちを抑える事はできなかった。
 指をクルクル回しながら、考える。
 攻撃魔法の使用経験が無いことが判明した今、攻撃魔法は諦めるしかない。
 となれば、この体の人物が生前使っていた魔法。経験があれば、今すぐにでも扱えるかもしれない。
(ちらっと本を読んだだけだけど、魔法の分野って色々あったよな。確か、攻撃、回復、召喚、幻惑、付加、それから……)
 うーん、結構あったなぁ。とりあえず各分野の初級魔法に目を通してみるか。
 上手く魔法が発動した分野がおそらく自分の得意分野だ。

 そんなことを考えつつ、クルクル、クルクル……

(……、あれぇ!?)
 とこでふと気づく。
 指先にあったはずのオーブ、それがいつの間にやら直径3,4メートルはあろうかという大きさに膨らんでいたのだ。
(うわぁ、デカくしすぎたな。どうしようこれ)
 暢気にそんなことを考えながら、俺は困った様に苦笑を浮かべる。


 この後、俺はすぐに自分がやらかした事に気づかされるのだった。


===============================

修正完了です

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。 ( No.8 )
日時: 2016/08/30 17:05
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: dK6sJ/q3)

更新が停滞気味で申し訳ございません!(;´・ω・)
課題と設定の構築で少々時間がかかっております。
登場人物も固まってきているので、課題が片付けば更新再開していきたいと思っております。
生存報告でした!

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。 ( No.9 )
日時: 2016/10/01 17:40
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: BoGAe/sR)

 この部屋に幽霊がたむろしている事は知っての通りだと思う。
 俺の睡眠を妨げている事以外は特に害の無い連中で、ここ数十日はその騒音にも慣れた(それでも眠れるほどではない)ため、無干渉のまま放置していた。時々俺の顔の前に居座って読書を邪魔したり、俺の後ろから本を覗き込むような真似をしていた奴もいたが、相手はせずにシッシッと追い払った。

 現段階で奴らとの意思疎通は不可能である。
 第一に、相手の言葉が理解できたとしても、俺の方が(物理的に)言葉を話すことができないし、文字もようやく一部が理解できるようになり始めたばかりだ。
 だが、幸いなことに、この体の生前の記憶を頼り、読み方を思い出すことができる。そのため言葉と音を同時に身に着けることができていた。お陰で周りの幽霊が何を呟いているのか段々と理解できるようになってしまったのだが、その殆どは意味のなさない言葉を繰り返し呟いたり、意味も無く叫んだり笑っているだけだが、時々呪詛を耳元で囁かれるのは流石に気が滅入った。


 話は逸れたが、オーブを作りだした際にその幽霊共に異変が起こった。
 奴らは俺の作りだしたオーブに群がり、一心不乱にそれを貪り始めたのである。
(な……!?)
 その姿を見てゾッとした。俺は慌てて幽霊共を追い払おうとするが、すでに遅かった。
 奴らはオーブを取り込むと、ボコボコと大きく膨れ上がり始めたのだ。どこか火の玉に近かった幽霊の姿は、青白いガス状に変貌し、やがて半透明で下半身の無い人型へと変化した。
(な、何だ!?)
 明らかに姿が変わったそれらを見て、俺は口をパクパク開閉させながら呆然と立ち尽くしていた。

 幽霊だったそれらは力を得て喜んでいるのか、奇声を発して部屋中を猛スピードで飛び回っていた。と、その内の一体が出口を見つけたらしく、鉄のゲートの方を指さしてそちらへと飛んで行った。他の仲間もそれに続く。
 そして当然のように鉄のゲートをすり抜け、レバーの横を通過し、奥に見えていた扉をもすり抜けて見えなくなってしまった。そしてその数秒後、その逃げていった幽霊もどきを見てか否か、今度は扉の方から部屋にいなかった大量の幽霊が現れたのである。

「ゲェッ」
 悲鳴に近い声が漏れた。今現れた幽霊も、おそらくオーブの力を狙っているのだろう。
 これ以上オーブを奴らの好き勝手にさせてはならない。
 さもなければ碌な事にならないだろうと俺の第六感が告げていた。

 あいにく俺はこのオーブを消滅させるすべを知らない。しかし、すぐさまある方法を思いついた。俺は素早くオーブに手をかざすと、ありったけの魔力送り込むようなイメージで力んだ。風船も空気をいれ過ぎると破裂する、その原理(?)が通用するのではないかと考えたのだ。

 俺が魔力を送り込むと、すぐさまオーブに変化が見え始めた。オーブはより一層光を強め、少しずつこの空間いっぱいに広り始めたのだ。オーブの異変に幽霊たちも驚いたのか、部屋を埋め尽くさんと巨大化するオーブに圧倒されている様子だった。そして、その直後。

「————」

 目の前で閃光が起こった。目の前が突然『真っ白』で覆われ、そして死神に飛ばされた時に感じたような大げさなほどの浮遊感。背中が固い何かに叩き付けられたところで、ようやく自分に何かが起こった事に気づいた。
(あ、俺、今、吹っ飛ばされたのか)
 俺が冷静にそんな事を考えていると、体が重力に引っ張られた。そして約4メートルの高さから落下。思い切り顔面を強打したが、幸いな事に痛みを感じない体なので大事には至らなかった。

 光が収まった頃、俺はようやく体を起こした。
 どうやら、オーブは無事(?)破裂したようだった。想像以上に威力は大きかったが。
 辺りを確認すると、多少光の残滓のようなものが漂っているが、そこにオーブは無かった。幽霊たちもどこかに吹っ飛ばされてしまったようで、この空間に約1か月と22日ぶりの静寂が訪れていた。
(よかった、あのままだったらあの幽霊もどきが増殖してたところだった)
 ひとまず俺は胸を撫で下ろす。が、これが悲劇の始まりだった。
 俺が胸を撫で下ろしたその直後、出口の奥にある扉——それが何者かによって思い切り叩かれたのだ。
 俺の肩がビクッと震える。
(……、へ?)
 ドンドン、と、蹴破らん勢いで叩かれる木の扉。俺はゆっくりと鉄のゲートへ近づき、その鉄格子の間から大きなその扉を見る。そして、扉が数回叩かれた後、それらはついに扉を蹴破った!

「ゴガアアアアアアアアアッ!!」

 扉を蹴破って現れたのは、なんと歩くゾンビだった。それも、1体や2体ではない。実に10体以上のゾンビが扉の向こうの通路を徘徊していたのだ。
 扉を蹴破ってきたゾンビはその手に古びた剣を持っており、奴の青白く光る目と目が合った。するとゾンビは狂ったように叫び、俺がいる鉄のゲートの方へと駆け出し、剣を振り上げた。
(!?)
 驚きのあまり動けなかった。勢いを付けて剣は振り下ろされるが、それは鉄のゲートに阻まれる。鉄のゲートを斬りつけた音で他のゾンビもこちらに気がつき、そのゾンビに続くように数体のゾンビがこちらに駆け寄ってきた。俺は悲鳴を上げながらそのままゲートから離れ、腰が抜けそうになりながら祭壇を駆け上がって棺桶の後ろに隠れた。鉄のゲートを突破しようと、あのゾンビ達がゲートに剣を叩きつけているのだろう。甲高い金属音が空間に鳴り響く。
(や、や、やばい事になった……)
 俺はガタガタと震えながら頭を抱えた。
 どうやら、先ほどのオーブの爆発で、この遺跡——否、墓地(だと思う)にいたゾンビ達を蘇らせてしまったらしい。
 幽霊たちがオーブから力を奪い力を得たように、先ほどのオーブの爆発でゾンビ達に力を与えてしまったのだろう。
 ならば、おそらくこの部屋に漂う光の粒子は粒子状になったオーブだろう。
 消えるどころか、かえって広げてしまったらしい。そこら中からゾンビの足音やうめき声が聞こえてくる始末だ。

(……本当にどうしよう)

 俺は体操座りで膝を抱え、頭を腕の中へと埋めたのだった。
 



 その日、この国では有名な墓地付近で数十体以上のアンデットが目撃された。
 この異変は近くを通りかかった行商人により、王都・アフタニアへと知らされる事となる。

 そして、アフタニアは『彼ら』に魔族(モンスター)の駆逐を命じたのであった。




====================

久々更新です。以前一時保存していた内容から結構変わっちゃいました。
ようやく大きな動きがありました…果たして主人公、どうなる!?

Re: 【9/3更新】異世界に転生したのに死んでいた。 ( No.10 )
日時: 2016/10/01 17:45
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: BoGAe/sR)


お久しぶりです、スレ主のアンデットです!
生存報告を兼ね、上げさせていただきます
テストも終わり、次の月曜日を過ぎればようやくゆったりとした時間が過ごせそうです。
話の構成はできており、次の話で視点が切り替わります。
つまるところ新キャラの登場です!

ひとまずここまで。それでは!

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。 ( No.11 )
日時: 2016/10/24 02:40
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: zt5wk7o6)

 鉛の空、乾いた風が荒れた大地を駆ける。
 季節は秋——雨が比較的少ないイースト地方だが、今日はあいにくの曇天であった。そんな空の下、王都・アフタニアへと向かう馬車がひとつ。
 淡い黄金色の短髪を風になびかせながら、青年・ウィリアム=ロンリヘックは荒野を走るその馬車に揺られていた。
 そんな彼に声がかかったのは、ちょうど昼を過ぎた頃。馬車を引く男は鼻歌交じりに口を開いた。

「お客さん、もうじきにアフタニアだ」

 その声にウィリアムは手にしていた本から視線を外し、顔を上げる。
 彼の翡翠色の瞳に飛び込んできたのは、曇天の空の下に広がる枯れた大地。そして、少し遠くに見える山。その中腹あたりに大きな遺跡が見えた。それはこの大陸では有名な墓地である。
「あの遺跡が見え始めたらアフタニアもすぐそこだ、荷物の整理があるなら今の内にな」
「うん、どうもありがとう。……へぇ、あれがあの有名な『ユーベルの墓地』かぁ」
 男に会釈を返すと、ウィリアムは山の遺跡に目を凝らした。


 300年前、かつてここにはユーベルと呼ばれる都市があったとされる。
 滅んだ理由は諸説ある。ユーベルの王が乱心し、アフタニアと戦争を起こしたという説が最も有名である。


 アフタニアは300年前、何度も戦争の舞台に立っていた。
 ゲートから侵攻した魔物、もとい『魔族』と戦っていたのである。

 人々は手を結び連合軍を形成し、その総本山がこの国——ひいてはその中心都市であるアフタニアに置かれ指揮が執られた。それが現在の『アフタニアの騎士団』の原型となったと言われている。連合軍はゲートを突破し、魔族の頂点に君臨する者・魔王を倒す事で戦争を終結させた。そして、ユーベルはその後に起こった人間同士の戦争で滅んだのではないかと言われている。

 ユーベルは当時アフタニアに並ぶ大都市で、あの山には大きな城が構えられていたというが……現在そこに残っているのは城ではなく墓地である。そして、ウィリアムはその理由を知っていた。

「あそこは城を墓地として建て替えたものらしいね」

 ウィリアムがそう呟くと、手綱を握る男は再び墓地に目を向けた。
 男は目を凝らし、しばらくじっくりとそれを観察すると、感嘆の声を上げる。
「確かに、言われてみてばそうだ! 城塞がまるまま残ってるな。しかしよくそんな事知ってたな。お客さん」
「”このシリーズ”の愛好家の間でユーベルは有名だからね」
 そう言って彼が掲げてみせたのは、先ほどまで彼が読んでいた本だった。
 彼がその表紙を見せると、男は納得したように頷いた。
「『死の国』かぁ。相変わらずエドガーの冒険記リシーズは人気だよなぁ……て、まさかお客さん。アンタもそれに憧れて旅をしてるクチか?」
「うん。まぁ、そんなところかな」
「はぁ〜、なるほど。まぁ、昔からそういうやつは結構いるし、いいんじゃないか?」

 と、その会話を交わしているうちにも、馬車はその墓地がある山のふもとに近づいていた。麓から山の中腹まで階段が続いており、その階段を囲うように遺跡が建てられている。つまるところ、麓から墓地までが一つの大きな遺跡となっているのだ。
 アフタニアまでの道でその近くを通るが、間近で見られる程ではない。せいぜい一番近くても2キロは離れている。
 しかし、ウィリアムの話を聞いて、手綱を握る男はしばし考えに耽っていた。そして、曇天の空を見上げ、頷く。

「なぁ、お客さん。良かったら麓のすぐ近くまで行ってみようか?」
「え?」

 男の言葉にウィリアムは目を丸くしたが、次の瞬間花を咲かせたように表情を明るくした。
「い……いいのか!?」
「おう、俺も遺跡ってのに興味が出てきちまってな。なに、ちらっと見ていく程度なら天気ももつだろう」
「ありがとう! こんなところまで中々来る機会もないし、ぜひ頼むよ!」
「おう、そうこなくちゃな!」
 男は笑うと、ウィリアムに向けて拳を向ける。
 ウィリアムは力強く頷くと、彼の拳に自分の拳をぶつけた。

 これが後程、ウィリアムにとって自身の人生を大きく変える出来事となるのだが——この時の彼らが知る由もない。



====================================

久しぶりの更新です!
この章が終了したあたりで1回オリキャラ募集してみようかなー…と、こっそり企んでます。
ヒロインはもう少しで登場するはずです!

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。【10/23更新】 ( No.12 )
日時: 2016/10/29 12:01
名前: 蒼衣 (ID: mDiTOv13)

コメ失礼します。
初めまして蒼衣というものです!アンデッドさんと同じく転生ものの小説を書いています。
ものすごくかわいそうな主人公の転生先に驚かされました。
続きが気になります!更新頑張ってください!

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。【10/23更新】 ( No.13 )
日時: 2016/10/29 23:38
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: zt5wk7o6)

蒼衣さん、初めまして! 初のコメントありがとうございます♪
アンデットと申します。
名前すらまだ出してもらえていない不運な主人公ですが、これから少しずつこの世界で色々やらかしたりしていく予定ですw
コメントがとても励みになります、更新頑張りますね!
それでは、ありがとうございました!

青年の危機 ( No.14 )
日時: 2016/12/18 00:11
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: 9AY5rS/n)

 道を外れて進む馬車の乗り心地はあまり良いものではない。
 ウィリアムは馬車にしがみ付きながら、顔を真っ青にしていた。

 道を外れて数分、ウィリアムはすでに気分を悪くしてしまったようで、必死になって男に馬車を止めるよう訴えていた。しかし、爆走する馬車が止まることはない。男はどこか愉快そうに笑っていた。
「ハハハ! お客さん、”歩く馬車”しか知らないクチか? 冒険者なら走る馬車にも慣れときな!」
「ぼ、暴論だッ……」
 ウィリアムは目を回しつつも反論する。
 そんな彼に、男は余裕の表情を浮かべつつ「チッチッチ」、と舌を鳴らした。
「そうでも無いぞ? 道中盗賊どもに襲われる事なんて少なくはないからな!」
 走る馬車に慣れていないのは”危険な目”に遭った事が無い証拠だ、と男は言う。
 冒険者と危険は常に隣り合わせだ。お客さんには危険な目に遭う覚悟が足りないんじゃないか? と男は挑発的な視線を送りながら言い切った。すると、ウィリアムは「その挑発に乗った」と言わんばかりに笑みを浮かべる。
「言ってくれる……! だったらこの程度、耐えてみせるさ」
「ほう、言ったな? お客さん。後悔するなよ!」
 男はそう言い終わると同時に手綱を打つ。すると、馬車はより早く、そして大きく揺れながら墓の麓へ向けて突き進む。

 ウィリアムは振り落とされまいと必死に馬車にしがみ付くが、彼が読んでいた例の本は馬車の上で跳ねる。
 馬車の上から今にも落ちそうな本を見て、ウィリアムは慌ててそれに手を伸ばした。

 エドガー著者、『死の国』。
 旧都市・ユーベラが舞台の物語、著者であるエドガーの視線で描かれた史実だ。幼い頃からこの本を読み、冒険者に憧れて育ってきたウィリアムにとって、冒険者となった今でも大切なものであったのだが——その本に気を取られていたせいだろう、ウィリアムは突然向きを変えた馬車に振り落とされることとなる。


 ウィリアムが気づいた時には、自身の体は宙に放り出されていた。間もなく地面に叩き付けられる事になったが、ウィリアムは咄嗟に受け身を取り、地面の上を転がる形で着地した。
「何……!!」
 地面に手を付き、ウィリアムは顔を上げる。
 いつの間にか麓の近くまで馬車が近づいており、目と鼻の先に墓地へ続く階段があった。そして、ウィリアムは間もなく地面に車輪の跡を見つける。大きく方向を変えたその車輪の跡を追うと、数十メートル先で止まる馬車が目に飛び込んできた。手綱を握っていた男も慌てたように頭を上げ、間もなく”突然馬車の前に飛び出してきたそれ”を睨みつけていた。ウィリアムもその視線を追う。

 そこにいたのは、人間……否、”人間だったもの”、だった。
 煤けた肌。体は干からび、骨ばった体を引きずる徘徊者。本来眼球があるはずの部分には闇、そのなかで浮かび上がる不気味な光と視線がぶつかった。
(こ、これは——)
 それが纏う数百年以上も前の古びた鎧、そして手にしている錆びた剣。
 ウィリアムはその正体を悟り、目を大きく開いた。

「”ゾンビ”、だって!? 何でこんな所に……!?」

 ウィリアムは叫ぶ。
 そしてその頬に冷や汗が浮かぶ。

 ゾンビ、アンデットに部類される”指定魔族(モンスター)”だ。
 ウィリアムにとって、指定魔族(モンスター)と遭遇するのはこれが初めてである。
 それも当然である、魔族との戦争は300年以上前に終結しており、おおよそ魔族の九割がこの地上から姿を消しているのだ。『一部』を除き、一生のうちに魔族とまみえる事の方が珍しいのだ。
「おい、お客さん!! 何やってる、早く馬車に乗れ!」
 突如現れたゾンビを見て固まっていたウィリアムに声がかかる。
 ウィリアムはその声で我に返り、腰に差していた剣に手を伸ばした。

「俺の事はいい! それよりもアフタニアに報告へ!」
「な……何言ってるんだ! 指定魔族(モンスター)だぞ!? 盗賊よりもタチの悪い連中に勝てるとでも思ってんのか!」
「アンタこそ周りが見えてないのか! ゾンビはコイツ一体だけじゃない、囲まれたら二人とも死ぬぞ!」 

 怒気を含んだウィリアムの言葉に男は言葉を失った。そして慌てて周囲を見渡すと、ウィリアムの言う通りゾンビの群れが辺りを取り囲もうとしていた。男は迷ったようにウィリアムの方を見る。

「さっさと行ってくれ! 一刻も早くアフタニアの『騎士団』に知らせないと、コイツ等が野放しになる!」
「けど、それだとお客さんが——」
「早くッ! 囲まれるぞ!」

 自分の言葉を遮るように叫ぶウィリアムに、男は目を丸くした。
 男が”危険な目に遭う覚悟が足りない”と言い放った青年はそこにはいない。ウィリアムの”目”には反論する男を黙らせる何かがあった。男は言葉を飲み込み、頷く。
「分かった。どうか死ぬなよ!」
 そう言い残すと、男はすぐさま馬車を出発させた。馬車を取り囲もうとしていたゾンビを撥ね退け、一直線へアフタニアへと向かう。それを見送ったウィリアムはふう、とため息をつき、冷や汗を浮かべながらも笑った。
「まさか、こんなことになるなんて……実に”冒険(それ)”っぽいな!」
 そう言い終わると同時に、ウィリアムは走り出す。馬車から一緒に放りだされた本を拾い上げると、山の中腹にある墓地へと続く階段を勢いのまま上り始める。
(とりあえず、墓地の”門”を閉めないと! これ以上墓地の外にゾンビが出てくると厄介だ)
 しかし、彼の行く手をゾンビが阻む。ウィリアムはそれを睨みつけると、ブツブツと詠唱を始める。そして、剣を握る右手に光があるまりはじめ、そして——

「邪魔だから退いてくれ! ”火炎玉(ファイアボール)”!!」

 彼はゾンビに向かって、まるで手を押し出すように勢いよく突き出す。すると、手に集まった光はやがて炎となり、ゾンビに襲い掛かる!
「ガアアッ!」
 命中した炎は瞬く間にゾンビの体に燃え広がり、ゾンビの動きを止めた。ウィリアムはそのままゾンビに突っ込み、ゾンビを払いのけるように剣を振るう。そして払いのけられるままにゾンビは倒れ、そのまま動かなくなった。
「簡単な攻撃魔法とは言え、やっぱり炎はゾンビに効くのか……!」
 それを見て、ウィリアムはそう独り言を呟く。
 そして、彼は顔を上げると再び墓地を目指して階段を駆け上がり始めたのだった。


========================

くっそ久しぶりの更新!
リアルのゴタゴタが片付いたので更新頻度は上がる…はず…!!

青年・ウィリアムの運命やいかに!

青年は進む ( No.15 )
日時: 2016/12/18 03:12
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: 9AY5rS/n)

 巨大な門、崩れた城塞が取り囲む墓地への入り口。ユーベルの戦争で戦死した者達が埋葬されるであろうその墓地は、山に埋まる形で造られている。普段であれば静寂が支配するであそうその場所は何やら不気味な雰囲気を漂わせていた。僅かに開いているその門からは光る粒子が漏れ出している。
「これは……一体何があったんだ?」
 その光景を目の当たりにして、思わずそう口にする一人の青年。
 山の中腹まで階段を登り切ったウィリアムは固唾を飲んでいた。

 この墓地で何かがあったのは一目瞭然だった。
 光の粒子が漂い、そしてゾンビが徘徊している。ただ事ではないのは確かであった。
 自然に死体がゾンビとして蘇ったのか、はたまた誰かの手によって蘇えったのか。ゾンビが蘇った事とこの謎の粒子には何か関係があるのだろうか。
(分からない。何者かの手によって蘇っていたとしても、なぜこんな事を? 何の得があるんだ?)
 見当もつかない、と首を捻るウィリアム。しかし、間もなく彼は首を横に振った。
「まぁ、今はそれについて考えている場合じゃない、か。ひとまずこの門を閉じないと」
 ウィリアムはそう呟くと、改めて門に向き直った。
 威圧すら感じさせる立派な門、ここを開けたのはおそらくゾンビ達だろう。本来かんぬきが置かれているはずのそこにかんぬきは無く、砕けた木の破片が足元に散らばっていた。大勢のゾンビが数に頼って力任せに押したのだろう。

 かんぬきの代わりになりそうなものが周囲に置いてある様子はなかったが、彼は自分の剣の鞘を腰から外すと、かんぬきを置く場所に近づけた。
(うん、これが代わりになりそうだ……が)
 しかし、あと数十センチというところでたった今鞘を置こうとしていたその手を止めた。
 ウィリアムは自分の周囲を取り囲む気配に気づいたのだ。

 ウィリアムはその手を引っ込め、即座に振り返って剣を構える。だが、ウィリアムは自分を囲む気配——ゾンビの数を見て苦笑を浮かべた。
「うげ、まだこんなに残ってたのか」
 彼は困った様に口端を釣り上げた。ゾンビの数は自分の予想をはるかに超えており、軽く十体を超えている。

 生憎、ウィリアムは剣も魔法も身を守る程度のものしか学んでいなかった。
 それゆえに、彼ができる事はたった一つ。『逃げる事』だ。しかし、ゾンビ達はジワジワと間合いをつめてきている。ゾンビの間を抜けて逃げるには遅かった。
 なら、逃げ道は——
(墓地の中しかない!)
 この門の先にどんな危険が待ち受けているか想像もつかない。が、この門の先に逃げ込む以外に助かる方法は無い。流石に墓地の中に入るのは、と、ウィリアムは躊躇するが、ゾンビ達がウィリアムに考える猶予を与えやしなかった。
「ゴアアアアッ!」
 今までジワジワと間合いをつめてきていたゾンビの内の一体が、突然走り出したのだ。それに続くように周囲のゾンビ達も走り始める。
(勘弁してくれよ……!)
 ウィリアムに悩んでいる時間は無かった。ウィリアムは慌てて門を開くと、そこに自分の体を滑り込ませた。次の瞬間ゾンビ達が門に体当たりし、門はそのまま閉じられた。この門は外側にしか開かないようで、ゾンビ達が門の中へ入ってくることはなかったが、今もなお門に武器を叩き付けているのか、その音が門の内側にも響いていた。

「これは……参ったなぁ」

 ウィリアムはそう呟きながら後ずさりをする。
 ゾンビ達に門を引いて開けるほどの知能は無いようで——外開きの門なので外に出る時は押せばいいだけで頭を使う必要はなかったようだが——今のところ中に入ってくる様子はない。しかし、何かの間違いで門が開いてしまったら、その時は間違いなく自分は殺されるだろう。
(あぁ、なるべく奥には進みたくはないけど……)
 行くしかない。
 
 ウィリアムは意を決した様子で唾を飲み込むと、間もなく墓地の奥へ逃げるように進んでいった。

===================

何か眠れなかったのでそのまま続きを更新。
小説書くのってやっぱり楽しい!

青年は思考する ( No.16 )
日時: 2016/12/21 13:18
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: lnXzhrC1)

 300年前に建てられたわりには、中は思った以上に小綺麗である。
 ウィリアムが墓地の中に入って一番に思った事はそれだった。
 自分の想像ではこの手の場所と言えば、臭いが籠り、壁も崩れ——辺りには砂埃が積もっているような、薄暗くて寂れたものを想像していた。が、実際にはそこまでひどいものでもない。確かに崩れた天井や壁や床に風化の跡は所々見られるが、おそらくほぼ当時の墓地のままだ。
 薄暗いのは間違いないため時々壁に設置されている松明に火を付ける必要はあるが、ちょっとした探検のようででウィリアムの心を躍らせる。

 最も、常に周りから聞こえてくるゾンビのうめき声が全てをぶち壊してはいるのだが。

(結構奥まで進んできたなぁ)
 ウィリアムが墓地に侵入し、軽く一時間は経過しただろうか。数十体のゾンビと張り合わせしたが、理性の無い動く人形を斬り伏せるのは比較的容易である。ウィリアムはたった今斬り伏せたゾンビが完全に動かなくなった事を確認すると、剣を鞘に戻した。

(しかし、困ったな。奥に進めば進むほど光の粒子が濃くなってる)

 奥に進めば進むほど、心なしかゾンビが強くなっている気がする。外ではほぼ一撃で倒せたにも拘わらず、この辺りにいるゾンビは二、三回斬りつけた程度では倒れなくなった。
 また、変化はそれだけではない。ゾンビ以外にも厄介な指定魔族(モンスター)が姿を見せ始めたのだ——”ファントム”である。

 ファントムは死んだ人や動物、魔物などの霊魂に魔力が宿りアンデット化した半実体の指定魔族(モンスター)である。彼らに剣などの物理的な攻撃は通用しないため、現状魔法でしか彼らを追い払えないのだ。
(ほんと厄介この上ないね。体力も魔力も順調に削られていってるよ)
 ウィリアムは参ったと言わんばかりにため息をつくと、再び足を進ませる。

 この手のアンデットとして蘇るケースはあるそうだが、それが自然発生することは極めて稀である。しかし、強い魔力を持った者や、強い魔力を浴びた死体や霊魂がアンデット化するケースはあるとかないとか。また、彼らにとって魔力とは命そのものであり、魔力の量によって強さも変化するのだ。

 また、ここまでやってきた中で分かった事がある。
 辺りに漂うこの光の粒子、魔法を使うと消えるらしい。
 最初は魔法でかき消されたのかと思ったが、どうやら魔法に吸収されるようだ。心なしか、奥に進むにつれ魔法による魔力の消費が少なくなった気がする。

 奥になるにつれ強くなる光の粒子、それに比例して強くなるゾンビ。そして魔法に吸収され、魔力の消費が少なくなる……つまり、この光の粒子の正体は魔力。

(一番奥には何があるんだ?)

 ウィリアムの頬に冷や汗が伝う。
 と、彼がそう考えていたちょうどその時、剣を叩き付ける様な金属音が耳に入った。
 ウィリアムは歩みを止め、生唾を呑む。彼が顔を上げると、目の前には故意的に開かれた扉。視線の先には細い通路があり、奥には鉄格子が見える。そこから煙のように漏れ出る光の粒子……そこにたむろするゾンビの群れ——が、鉄格子に剣を叩き付ける手を止め、ちょうとこちらに振り返るところだった。
 明らかに今までの部屋の雰囲気とは違っている。

(ここが一番奥っぽいね)
 この数を剣一本で相手するのは流石に辛いものだと判断したウィリアムは、剣を鞘に納めたまま詠唱を始める。その声に反応したのかゾンビ達がこちらに体を向け始めたが、全てが遅い!
「火炎球(ファイアボール)!!」
 ウィリアムは叫ぶと、勢いよく突き出した両手から炎が飛び出す! が、先ほどまで放っていたそれとはまるで威力が違った。否、火炎球が辺りの粒子を吸収し、瞬く間に巨大化したのだ。それはまるでドラゴンの息吹(ブレス)のように煌々と輝き、ゾンビの群れに着弾。目がくらむほどの閃光が起こり——


(えっ?)
 

 そして爆発した。


来訪した青年 ( No.17 )
日時: 2016/12/22 00:11
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: lnXzhrC1)

*  *  * 

 あ……ありのまま今起こった事を話そう。
 ちょっとした手違いで復活させたゾンビ共に部屋の外を占拠されたと思っていたらいきなり外が爆発した。何を言っているのか分からないと思うが、俺にも何が起こったのか分からなかった。

 どうも、アラサーでアンデットの俺だ。
 オーブを破裂させた後、鉄格子の向こうにゾンビ共が群がっていたわけだが、打つ手の無い俺は相変わらず棺桶の後ろに避難してガタガタ震えていたんだ。でも次第にその状況に慣れてきたもんだから、暇つぶしに読んでいなかった本を読みながらゴロゴロしてたんだけど……ね。何かよくわからないうちに部屋の外で爆発が起こってた。
 しかもその爆風で吹っ飛ばされるわ、頭をぶつけるわ、生きてる人間なら絶対死んでそうなエグい角度に首とか腕とか足が曲がってるわ……本も焦げちゃってるのあるし、もうやってられるかクソッタレ!
 俺は首や手足を元の角度に戻しながら、脳内で怒りを露わにした。

 はぁ、しかしどうせまたゾンビが何か悪さをしてるんだろうな。
 魔法が使えるこの世界、ゾンビが剣しか使えないとは限らない。中には魔法を使うゾンビがいるかもしれない、例えば俺とか。まぁ俺の場合、初級の氷魔法で雪の結晶くらいしか出ないんだけどね!
(俺の魔力で蘇ったくせに魔法使えますアピールか!? 全然悔しくねえし! バーカバーカ!)
 俺は鉄格子の外に向けて中指を立ててブーイングをする。一体どんな奴(ゾンビ)がやらかしてくれたのか一目見ようと思い、俺は棺桶の影から鉄格子の向こうを観察することにした。が、想像以上に鉄格子の向こうは悲惨な状況である。

(うわっ、ひっでぇ……死屍累々ってやつか)

 祭壇の上からなので鉄格子の向こう側も少ししか見えていないのだが、焦げたゾンビ達の死体が積み重なっていた。微動だにしないが、もしかして死んでいるのだろうか。というかあいつら死ぬんだな。
 もしも鉄格子の向こうに居たら俺も黒焦げになっていたのだろうな、そう思うとぞっとする。

 しかし、自分で言っといてなんだが、ゾンビの死体ってなんだよ。
 そもそもゾンビって死んでるというか死体だよな。何そのギャグ、ゾンビが死ぬってすげーシュール……ん? 待てよ、ゾンビが死ぬ?

(え、てことは、だ。ゾンビである俺も当然……死ぬ可能性がある!?)

 ゾンビ俺、衝撃を受ける。

 痛みも感じない、空腹もへっちゃらなこの体。なのに死ぬ、とは。
(アンデットだけど無敵じゃん!って妥協したのにこれじゃあ以前と同じどころかハードモードじゃねーか死神ィ……!!)
 まさかここにきて命の危険を考えねばならないとは。
 ゾンビが死ぬ(笑)死屍累々(笑)とか言ってる場合じゃないか。
 そう一人で考えていた、その時。



「ケホッ、爆発するなんて聞いてないよ……痛てて」



 聞きなれない——というか、この世界に来て初めて聞く”声”。
(……、え?) 
 鉄格子の向こうの通路から響いてきたその声に、まるで心臓を掴まれたような感覚に陥る。カツカツと足音を響かせながら、一つの人影が鉄格子の向こう側にやってきた。

 そこにいたのは、この世界に来て初めて見る生きた人間だった。
 淡い黄金色の短い髪、翡翠色の目をした青年——背は特別高いというほどではないが、恰幅はそこそこ。先ほどの爆風で怪我をしたのか服がややボロボロで、煙たそうに咳込んでいた。

 俺はその生きた人間の姿を見て、無い目を見開いた。
(生きた人間が……人がいる!!)
 今すぐにでも飛び出したい、そんな衝動に駆られたが、俺は慌てて棺桶の影に姿を隠した。
 そう、俺はアンデット! そこらに居たゾンビと違(たが)わぬホラーフェイスの乾いたオッサン! 鉄格子が開いていない今、不用意に近づくのは危険だ。ようやく訪れた鉄格子を開けてもらえるかもしれないこのチャンスを——棒に振るわけにはいかない!

「ん? 何このレバー? これで開くのかな」

 俺が一人で考え事をしていると、ガシャンとレバーを下げる様な音。
 かと思えば、鉄格子が開いた。
(ええぇぇぇぇーッ!?)
 ガーン! と脳内に衝撃が走る!
 そんなすんなり開いちゃっていいの!? 俺随分長い間、悪戦苦闘したのに!
 一人焦る間にも、青年は躊躇う様子もなく鉄格子があったそこを抜けて部屋に踏み入る。
「うわぁー……何か祭壇みたいなのが出てきたなぁ」
 やっぱりここが一番奥なのか、と、どこが楽し気な青年の声。祭壇への階段に足をかけ、徐々に近づいてくる足音。


(ちょっと待てぇ!! こちとら心の準備ができてないんだよ!)


 突然の来訪者に(生身であれば心拍数MAXの)俺は、押しつぶされそうなほどの緊張に襲われ目を回しかけていたのだった。

遭遇 ( No.18 )
日時: 2016/12/25 23:36
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: lnXzhrC1)

 初対面の相手に良い印象を与える重要なポイントとは?
 まずは挨拶、これは基本中の基本だ。これが無くては始まらない。元気良くハキハキと話そう。
 次に笑顔、爽やかでフレッシュな表情がポイント。苦手だからと言って諦めてはいけない、口角を釣り上げるだけでも印象は変わるぞ。
 うーん、この手の話をすると就活生の頃を思い出すね。さて、重要ポイントを抑えられたところで早速実践だ!

 と、青年の前に元気良く飛び出し——危うく炎の魔法で焼かれかけたところで俺は正気を取り戻しました。完全にやらかした。


「こ、ここにもまだゾンビがいたのか!」

 狼狽する声、しかし確かな敵意を見せる青年。
 右手には抜いた剣、左手には赤色のオーブを構えて俺に対峙する。

 というか、うん。改めて言うけどやらかした。
 完全に警戒されてるし敵意むき出しである……でもまぁそりゃそうだよな! 奇声発しながら突然棺桶の後ろからアンデットが飛び出して来たら誰でもそうなるよな! 混乱していたとはいえ馬鹿な事やっちゃったよ。
 そもそも俺笑顔とかできないしな。表情筋が死んでる、というか死体だからね!

「”火炎球(ファイアボール)”!」
 と、そんな事を一人悶々と考えている間にも容赦なく襲い来る業火。
 体を捻って紙一重でそれを避けるが、青年は間髪入れずに呪文を唱える!
 形成された炎は瞬く間に巨大化し、高熱と爆音が俺の体のすぐ横を通り抜け壁にぶつかる。その度に飛び散る火の粉が体に燃え移りそうで怖い!

 おそらく先ほどの外での爆破はこの青年の仕業だ。身をもって体感したというか、この”火炎球(ファイアボール)”とかいう魔法の威力が尋常じゃない! 

「くっ、避けるか。まるで今までのゾンビとは違う……。なら、もっと近くに引き付けてから最大火力で……」
 ひえぇ、しかも相手も相手ですげぇ物騒な事言ってるし!
 ならば近づかなければいいまで、俺はすかさず距離を取る。
 そこであることに気が付いた。

(ん? 俺、普通に相手の言葉理解できてるな)
 
 これも体に残っている(と思われる)生前の記憶のおかげだろうか。
 今まで本で学んだ言葉と音のピースが完全に合致し、この世界の言語がパズルのように解けていくのが分かる。凍り付いていたものが一気に解凍されたような感覚だ、急に頭の中の靄(もや)が晴れたようで何か気持ち悪い。

 俺が言葉を理解している事に相手も気づいたのか、青年は心底驚いたような表情を浮かべていた。
「自ら距離を取った……!? まさか言葉を理解してるのか!?」
 はい、その通りです。
 俺がその言葉に頷いてみせると、青年はさらに目を丸くした。
 青年はしばらく何か考え込むように押し黙った後、確認を取るように俺に話しかけてきた。

「えっと、言葉が分かるのか?」
 そうです、と頷く。
「ええと、じゃあ……さっきから反撃してこないけど、敵意は無い?」
 ありません。頷く。
 反撃というか、魔法使えないからできないだけだけどね!
 あぁ、でもここに来た時に短剣は見つけたなぁ、ほったらかしだけど。

 青年は俺の様子を見て再び考え込んでしまった。
 顎を触りつつ、ポツリと呟く。
 
「……言葉に反応してるだけなのかな」

 期待外れ、と言わんばかりのため息交じりの言葉。
 なっ、違うぞ! ちゃんと俺(ゾンビ)にも意志はあるぞ!
 俺は首がもげそうになる勢いで横に振った。
 突然首をぶん回したせいか、青年はビクリと肩を震わせる。
 それに気づいた俺は慌てて動きを止めた。
(まずい、せっかく警戒を解いてもらえそうなのに)
 今、相手を警戒させるような真似はしてはならない。
 そう考え、俺はひとまず動かぬよう努めた。

 動かない俺に、俺を注意深く観察する青年。二人の間に沈黙が流れる。
 遠くからゾンビの声が僅かに聞こえるが、それはやけに騒がしく感じる。
 そして数十秒の沈黙の後。
「成程、分かった」
 青年はそう言ってため息をつくと、剣を鞘に納めた。
 俺、完全勝利ッ……! 
 警戒を解くことに無事成功したようだ!
 青年は俺をまっすぐ見つめながら、こちらの方に歩いてきた。
「そっちに攻撃の意志がないなら俺も攻撃しないよ」
 そう言って少しずつ近づく青年。

 ん? 何だろこの違和感。
 何か、攻撃しないと言いつつ目つきがさっきと変わって無いような——

 そして、青年がすぐ近くまでやってきた時、聞こえた青年の呟き声……呪文だ!
 俺、攻撃される事を確信する。その瞬間青年の両手に赤い光が集まる!

「隙ありィ! ”火炎球(ファイアーボール)”!!」
「ガアァッ!?(危なッ!?)」

 青年の意図に気づいた俺は全力で避けた。頭を地面にぶつける勢いで、背中から倒れ込むような形で勢いよく体を仰け反った! 案の定、そのまま頭と背中が地面に叩き付けられたが、ゾンビなので痛くない!
 青年が全力で放った炎は俺の後ろの壁にぶつかり、派手な火の粉を散らしてかき消えた。

(お、おのれこの若造……!)
 俺は地面に倒れつつも怒りで体を震わせていた。
 あぁ、完ッ全に……騙された!
 こっちが言葉を理解しているのをいい事に、まんまと口車に乗せられた!!
 プルプルと体を震わせ怒りを露わにする。
 この俺、裏切は——人を陥れる様な嘘だけは絶ッ対に許せん!

「——」
 俺が攻撃を避けた事にか、それとも俺の怒りに気づいたのかは分からないが、青年は一瞬驚きの表情を見せた。俺がゆらりと立ち上がると、勢いに押されてか一歩後退する青年。
(ふん、今更謝っても許さんぞ!)
 俺の中で怒りが炎のように燃え上がるのが分かる。
 俺の耳元では何かが燃えるようにパチパチと音が——

「顔が……」

 え?
 そう言った青年の言葉で気づいた。俺の顔が燃えてる。……燃えてる!?
 ぎゃああああ! と叫びながら俺は再び地面をのたうち回った。
 くそっ、かわしたと思ったけど顔には掠ってたのか!
 熱さも顔が焼ける痛みも感じない。だが、次第に体が動かしにくくなるような……気が遠のいていくような感覚を覚えた。ゲームであればHPゲージがガンガン減少している事だろう、こいつは非常にまずい!
「これで終わりだ!」
 その上、好機とみた青年が剣を抜いた。
 ヤバすぎる、ここままじゃあ死ぬ! 確実に死——
 いや、待て、落ち着け、何かある。何か絶対に手はある!
 あぁ、そうだ、魔法だ! こうなれば何らかの魔法でどうにかこうにかするしかない!!

 俺がパニックで目を回す中、頭の中では本で読んだ単語や今まで覚えようとしていた魔法の術式が広がっていた。それらを実践の時に失敗していた氷の初期魔法に無理やりねじ込んで無理やり術式を作り上げる。その術式が完成したその瞬間、俺は閃いたその言葉を反射的に叫んでいた!

「ガアアアアッ!」
”氷雪(アイスボルト)”!
 

 一心不乱に叫んだ魔法。俺の言葉に呼応するように、俺を中心にアニメや漫画に出てきそうな魔法陣が展開される。心なしか、じゃないな。すごく歪な形をしている。だが、そんなのはお構いなしだ!
「こ、これは……魔法!?」
 驚く青年の声。だが、そんな声はもはや俺の耳に届いていなかった。
 何でもいい、とにかくその魔法陣に魔力を注ぎ込む!
 すると、魔法陣が強烈な光を放ちはじめ……”ボッ”、と重苦しい音がしたかと思えば、目の前が「真っ白」で覆われたのだった。
 

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。【12/25更新】 ( No.19 )
日時: 2016/12/31 15:34
名前: アンデット ◆7cyUddbhrU (ID: /48JlrDe)

こんにちは、アンデットです。

今年もとうとう終わりが近づいてきました
現在アルバイトが年で一番忙しい時期で小説が更新できず申し訳ございません
もしも暇潰しに読んでくださっている方ががいれば幸いです。
今夜か来年の頭辺りから更新したいなーと思っています

ひとまず、来年もよろしくお願いいたしますヽ(‾▽‾)ノ
良いお年を!

初めての成功 ( No.20 )
日時: 2017/01/01 12:08
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: RwTi/h2m)

 突然目の前が真っ白になった、かと思えば次の瞬間目の前が暗い。おまけに体が重い。
 どういう事だ? 何が起こったんだ。

 何があったのかしばし考えを巡らせ、思いだした。
 あぁそうだ、俺の顔が燃えて、青年が斬りかかってきたのを対処しようとして、最大出力で氷の魔法をぶっ放した……はず、なのだが。

(これはどういう事なんだ)

 いざ魔法が発動すると、なぜか頭上からに大量の雪の塊が落ちてきたのだった。結果、抵抗する間もなく頭から雪をかぶって、現在雪の中に閉じ込められている、という事だ。ひでぇなおい、なんでこうなった。
 もしやあれか? 俺が実演してみせた”雪の結晶がひとつ出てくる程度の魔法”の術式をいじくったせいなのだろうか。結果的に広範囲に影響が及ぶものになった(というか単純に雪の結晶が増えて大量の雪になっただけ)のはいいが、魔法自体は失敗だったのだろう。魔法陣が歪だったし。
 けど、結果的に助かったっぽいから良かった。頭も無事鎮火できたようだ。

 しかし、”氷雪(アイスボルト)”って本当はどんな魔法なんだろうね。
 少なくとも雪崩のように雪を降らせるような魔法ではないとは思う。青年が使ってた”火炎球(ファイアボール)”の氷バージョンみたいな感じなのだろうか、と勝手に想像する。

(ふーむ、”火炎球(ファイアボール)”か)

 青年が放っていた例の魔法を思い出す。
 あれ、迫力あってかっこよかったなぁ。
 そう言えば、だまし討ちされる直前に”火炎球(ファイアボール)”の術式を詠唱していたのを聞いたけど……それ真似して唱えたら発動できたりしないかな、なんて。まぁ——

(そもそも何言ってたかあんまり聞こえなかったんですけどね!)
 真似する以前の問題である。まぁ相手も呟き声だったし、仕方ないね。

 だがしかし、侮ってもらっては困る。きちんと聞き取れた単語もあったぞ!
 確か術式の内の属性を定義する単語だったはずだ……まぁそこにはおそらく火という意味の単語が入るだろう、どこから見てもアレは火属性の魔法だったし、そもそも”火炎球(ファイアボール)”って呪文(なまえ)からして明らかに火属性だもの。手引書で見かけた火の魔法系の術式にもそれっぽい単語が書いてあったし、間違いない。たぶんね。

 とりあえずだ、そうすると俺が聞き取った単語は『火』、か。
 これを失敗した”氷雪(アイスボルト)”の術式に当てはめるとどうなるだろう?
 属性を定義している『氷』の部分を『火』に変える……つまり、頭の上から炎が降ってくる事になるのか……? 何それ怖い。でも、この雪を解かすことはできるだろう、ならば実践あるのみ。
 が、火力をミスって体が燃えるのも嫌なので、術式にある程度修正を加える。
 手引書①で学んだ呪文の術式を思い出しながら、微調整。先ほどは影響範囲を定義するあたりの単語を変えたせいで雪崩が起こったので、そこは最初に実践しようとして失敗した氷の初期魔法に合わせて……。
 試行錯誤する事、数刻後。

(よしできた)
 その名も”火炎(ファイア)”、安直だと思った? 俺もだ。しかし、術式が完成した瞬間に頭に浮かんだ言葉なので仕方なし。そして、後程確認すると、それは偶然か手引書①の火の初級魔法と同じ呪文(なまえ)である。おまけに術式もほぼ同じだった。最初読んだ時はちんぷんかんぷんだったが、今だと何となく理解できる、気がする。
 ひとまずゾンビ声でその呪文唱えると、ボッと手のあたりから何かが出たような気がした。お、いいぞいいぞ。
 そのまま雪を溶かしながら、雪の山から脱出を試みる。”火炎(ファイア)”を発動させつつ、雪をかくように手を動かす。それを繰り返しているうちに、なんとか雪の山から脱出できた。ふう、一安心。
 
 体やローブについた雪を払い落としつつ、俺は一息ついた。
 そして、改めて先ほど使った”火炎(ファイア)”を空中に向けて放ってみた。青年が扱っていた”火炎球(ファイアボール)”……火の玉を撃ち出す魔法とは違い、火炎放射器みたいに炎が継続的に手の中のオーブから噴き出していた。

(おおぉ……これはもしや、初めて魔法が成功した感じか!)

 初めて魔法らしい魔法が扱えたことに少なからず感動を覚える。
 なぁんだ、頭を整理すれば案外できるものじゃないか。
 プログラムを初めて理解した時みたいだ。
 生前、IT会社に努めてた時の事を思い返す。最も、学び始めたのは大学に再入学した時だったけどね。まぁ今は関係無いしどうでもいい話だ。

 じゃあこれはどうだ、と”火炎(ファイア)”の術式の一文を変更する。範囲を定義していた部分を、『雪崩のようなもの』を発動させてしまった術式と同じものに置き換え、微調整……。
(ん! 閃いた!)
 術式が完成すると、またまたポン、と呪文が思い浮かんだ。
 試しにと叫んでみる。

「ガアアアアァッ!」
 ”火炎柱(ファイア・ピラー)”!

 すると、前方の床に——今回は普通の形をした——赤い魔法陣が現れ、炎の柱が立った。
 理想より遥かに細いが、思っていた通りの魔法が発動した。
 あっけにとられた後、俺は全力のガッツポーズをとる。
(やばいこれ。きたぞこれ。俺、きたかもしれん)
 素直に嬉しい。というかめちゃくちゃ嬉しい!
 夢にまでみた魔法を、俺は、自分の手で、使ってみせた!
 しかも応用も上手くいった!

 俺、喜びの舞(両手から”火炎(ファイア)”)で部屋を駆け回る。
 ゲヘヘヘヘヘ、と奇声を発しながら両手から火をまき散らすゾンビ、実にホラーである。
 これも青年のおかげだ。青年がヒント(”火炎球(ファイアボール)”)を与えてくれたおかげだ!
 ありがとう、名も知らぬ青年ありがとう!

(……あっ)

 やばい、それで思い出した。
 青年の事をすっかり忘れていた。

 俺は即座に雪山に向き直り、身構える。
 そうだ、あの青年は”火炎球(ファイアボール)”とかいう厳つい火の魔法を扱う危険な輩だ。彼の手にかかれば雪山を脱出するのも苦ではないはず。こちらが油断した隙をついて、こんな目くらまし効かぬわー! とか言いながら”火炎球(ファイアボール)”を某戦闘民族の王子のごとく乱れ撃ちするに違いない。
 幸い、この部屋の鉄格子は開かれている。
 逃げるか、迎え撃つか。
 しかし、場合逃げようと背中を見せればその隙を狙われる可能性があるし、迎え撃つならば相手の出方を見る必要がある。最悪相手に先生を取られる。の、だが……。

(あれ……)
 青年が雪山の中から魔法を放つ様子も、雪の中から出てくる様子も——というかもはや気配すら感じないような。いや、隙を伺っているだけか? それにしても静かすぎるというか。
 俺は数秒思考し、そして”最悪の事態”が起こっている可能性に気づいて血の気が引いた。

(待てこれ、青年生き埋めになってないか!?)

 ひえええぇ!! 青年死ぬな!
 俺は必死になって雪を掘った。”火炎(ファイア)”で雪をガンガン溶かした。
 そう、いくら俺をだまし討ちしようとした相手でも、彼は生きた人間なのだ!
 そんな彼が俺のせいで死体(なかま)になっちゃいました、なんて本気で笑えん。
 
 そして、数十秒とかからぬうちに雪山から意識を失った青年を見つけ出し、救出することに成功したのだった。
 死んでなくてよかった。



Re: 異世界に転生したのに死んでいた。【1/1更新】 ( No.21 )
日時: 2017/01/01 09:44
名前: 名無 (ID: AdHCgzqg)

真に不幸なのは転生をさせる為に人を引き殺すはめになるトラックの運転手やね。色んな作品で事故を起こさせられてるし。

運転手とその家族のその後の人生が心配になる。大体はろくなもんじゃないだろうな。あの人達は転生で逃げることもやり直すことも出来ないから。

あと転生で神様に暴言吐いたりしてるけど相手が誰か理解して言ってるのなら、あれ頭おかしいよね。下手に出てるけど転生特典でチートになっても対処出来ない転生神なんだから。特典取られたら終わりだし。

この作品はおもろいよ。


Re: 異世界に転生したのに死んでいた。【1/1更新】 ( No.22 )
日時: 2017/01/01 13:35
名前: 北風 (ID: 82QqnAtN)

私もなろうユーザーです。
ブックマークとお気に入り作者登録しておきました。

いやこれは本当に面白い!

何故もっと評価されないのか……。
不思議でなりません。

全力で応援してますので、更新頑張ってください。

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。【1/1更新】 ( No.23 )
日時: 2017/01/01 16:06
名前: アンデット ◆7cyUddbhrU (ID: RwTi/h2m)

明けましておめでとうございます
コメントありがとうございます!

名無さん
転生もののトラックの人は不憫ですね…なろうで読んだ作品に影響されて書きはじめた小説ですが、そういえばトラックが原因でしんだ主人公が多い気がします。
そのうちその運ちゃんにスポットが当たった小説が出てきそうですね
もしやすでにあったりするのだろうか…
神様に暴言は元ヒキニート設定の方々に多い傾向な感じがしますね
もしも自分が特典もらえて転生できるなら記憶力が欲しいです、切実に。
コメントありがとうございます、更新頑張ります

北風さん
なんと…なろうユーザー様でしたか!
ブックマーク、お気に入り作者登録ありがとうございます。とても嬉しいです!
夏あたりに書きはじめたのですが、プロットの練り直しとか色々あって更新再開が最近になってしまいました…反省です。これから本格的に冒険が始まり、色んなキャラクターが登場する…はず…?
今だヒロインが不在なのは本当に申し訳ないです。のんびりペースですが頑張ります
改めまして応援ありがとうございます、更新頑張ります

Re: 異世界に転生したのに死んでいた。 ( No.24 )
日時: 2017/01/05 22:46
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: RwTi/h2m)

なろうちっくに書いてると普通に書きたい衝動に駆られる今日この頃
新しい小説でも書こうかな…

=====================

 さて、雪山から救出したはいいが、青年の顔色が悪い。おまけに気を失っているときた。
(え、ええと、こういう時はどうすればいいんだ?)
 俺は生まれて初めての事態に困惑していた。
 数時間習った程度の知識ならあるが、俺には応急救護だとか応急処置の経験は無い。それに、どちらかと言うと応急救護される側の人間だった。昔から何かと不慮の事故に遭う事が多かったからな、救急車様様だ。

 だか、今は助けは来ない。助は呼べない。
 自分がやらねば彼は死んでしまうかもしれない。
 そうだ、自分がやるしかないのだ——頼れる者など、ここにはいないのだから。
(よし)
 俺は自分の頬を叩いて気合を入れた。
 軽く混乱していた心はいつの間にか落ち着きを取り戻していた。
 今は青年を助ける、それに集中しよう。

 俺はまず、青年が背負っていた大きなカバンを下ろし、服や体についた雪を払いのけた。
 初日の探索で見つけていたゾンビの体に巻く例の麻布を床に敷き、その上に青年を寝かせる。雪の中に埋まっていた時間はそう長くは無いはずだが、体温はおそらく低下している。なので、ひとまずこの部屋の温度を下げている雪山を”火炎(ファイア)”で溶かして……溶かして、ええと、どうしよう。ここは暖を取るべきなのだろうが、たき火を熾そうにも薪が無い。
(燃やせる物か……)
 俺は自分の着ているローブを青年の体に被せつつ考える。
 この部屋にあるものをもう一度挙げよう。二十冊の本、紙、木炭、エンバーミング用のハサミやナイフ、巨大な針、糸、ミイラの体に巻く麻布、短剣、溶けたロウソク。
 紙はすぐに燃え尽きるし、麻布はすでに使っている。文字を書くための木炭では小さすぎるし、溶けたロウソク程度の火では暖は取れないだろう。これらと不燃物を除外すると、自然に候補は絞られる。俺は周りに散らばっているそれらに目をやった。
(これしかないかぁ)
 そう、俺の暇をつぶしてくれた二十冊の本である。
 もちろん中には読めていないものもある。
 名残惜しい。が、人の命がかかっているのだ、背に腹は代えられない。
 俺は魔法の基礎が書かれている手引書①、何らかの召喚魔法が書かれている手引書②以外の本を薪代わりにする事にした。
 さらば、数十日間のお供よ。

*

 数分後、まだ遠くからゾンビの声は聞こえるが、部屋の中は非常に静かである。
 たき火の音が妙に心地良く感じるのは何故だろう、ここに自分以外の人間がいるからだろうか。

 青年に視線を移すと、彼の顔色はすっかり良くなっていた。しかし、まだ意識を取り戻す様子はない。
(このまま目を覚まさない……て事は無いよな)
 そんな一抹の不安を覚えるが、彼が目覚めた後の事も考えねばならいのもまた事実。

 正直に言うと、この青年を放っておいて逃げ出すこともできる。
 俺はアンデット、青年が敵意をむき出しにするのも仕方のない事である。目覚めてすぐに俺を消し炭にしてしまう、そんな状況が容易に想像できる。
 そもそも、だ。
 襲われた手前、彼を助ける義理など無い。
 しかし、だからと言って放って逃げると、意識を失ったまま青年がゾンビや幽霊に襲われる可能性がある。鉄格子を閉めれば敵の侵入は防げるだろうが、それは彼を閉じ込める事にもなる。飲み食い不要のゾンビの俺だから生き延びる事はできたが、彼では死ぬ。そう、死ぬのだ。

 また、俺はこの世界の事について殆ど何も知らない。
 そんな状態のまま逃げ出したとして、それからどうしようと言うのか。ここから出た後の事は色々想像したが、具体的にどう生きて行こうだとか全く考えていなかった。『まぁどうにかなるだろう』と楽観的に考えていたのだ。
 今後どうやってこの世界で生きていくか、身の振り方を考える時期なのだろう。

 で、それについて考えた結果、”まずは味方を作る事”を最優先するべきだと結論付けた。
 そして、その味方(ターゲット)として狙いを定めているのがこの青年である。
 というか彼しかいない。なので彼を置いて逃げるという選択肢はなくなった。

(しかしなぁ)
 青年を味方に引き入れるとしても、どうしたものか。
 アンデットという地点で少なくとも警戒はされる。というか実際された。そして敵対して彼を殺しかけたのである、警戒を解けと言う方が無理ではなかろうか。
(弁明しようにも口が利けないし……どうすりゃいいんだ)
 俺は頭を抱える。
 と、そんな時。

「う……」

 青年が小さな声を上げた。
(意識が戻った!?)
 苦しそうな声だったが、確かに青年のものだ。
 俺は思わず青年に近寄ろうとしたが、先ほどの事を思い出して体を止めた。
(危ない。目が覚めたら目の前にこのホラーフェイスはまずい)
 俺が青年だったら迷わず”火炎球(ファイアボール)”をぶち込むところだ。
 しかし、でも、どうしよう。青年が起きてからの事について考えていたが、考えはまとまっていない。どうにか攻撃される状況は回避せねば、そう思いひとまず棺桶の影に身を隠す。
 しかし、いつまで経っても青年が起き上がる気配はない。
(……? どうしたんだ……?)
 心配になって恐る恐る青年に近づく。

 青年の顔色は確かに良くなった。しかし、その表情は苦しそうだった。
「…………」
 彼はうっすら目を開ける。僅(わず)かに開かれたその目と視線がぶつかり肩が震えた。
(し、しまった、迂闊だった。完全に顔見られた!)
 俺は攻撃を受ける事を覚悟して慌てて顔を両腕で覆う。
 が、彼から攻撃を受けることは無かった。
 彼はまだ意識がハッキリしていないようで、再び目を閉じてしまったのだ。
 俺はひとまず胸をなで下ろす。

(でも、まずいな。反撃する体力が残っていないって事だよな……)

 青年の容態は自分が想像しているよりも遥かに悪いのかもしれない。
 それに気づいて不安になる。
(考えろ、考えろ。この場合どうすればいい? 体力を回復させるには——)
 『食事』、その言葉が真っ先に思い浮かんだ。
 俺は即座に青年が背負っていたカバンの方に顔を向けた。
 生憎この部屋に食料は無い。青年が何かしら食料を携えているだろう、という可能性に期待してカバンの中を漁らせてもらうことにした。そんな訳で、ゴソゴソ。
(ええと、これは……本? ”死の国”って物騒な題名(タイトル)だな)
 この世界で有名な小説なのだろうか? とりあえず傍らに置く。
 そして次に手にとったものを取り出し、俺は目を丸くした。
 それは、小さなガラスの瓶である。中には透き通った緑色の液体。300ml、といったところだろうか。それが2、3本カバンの中から見つかった。俺のゲーム知識をあてにできるかは分からないが、これはもしや、あれではなかろうか? ゲームで緑の液体と言えば、あれしか無かろう!
(まさか”回復薬”というやつでは!?)
 俺は少し興奮しながら瓶を軽く振る。
 中で緑の液体が揺れるが、ドロドロとしている訳でもなさそうだ。どちらかと言えば水に近い感じか。

 そしてゲーム脳の俺は思った。
 これを使えば青年のHP(たいりょく)が回復するのでは!? と。

 早速俺は瓶を手にとって青年に近づく。
 しかし、回復薬らしきものを青年に使おうとしたところで、俺の中に衝撃が走った。
(この回復薬って”飲み薬”なのか!? ”塗り薬”なのか!?)
 今の今までゲームに登場する回復アイテムは飲んだり食べたりするものだと思っていたが、実際に使用するとなると分からない。試しに少しだけ口の中に緑の液体を落としてみるが……うーん、わかんない!
 俺の体は視覚、聴覚以外はほぼ死んでいるからね。皮膚感覚もガバガバで、僅かに触覚はあるが痛覚、温度覚というものは全く感じない。つまり味は分からないのだ、今判明したことだけど。て、そんな事はいいんだよ。問題はこの回復薬をどうするかだよ。

 とりあえず、あるだけ持ち出そうと青年のカバンから全て緑の液体の入った瓶取り出した。それを手に抱えつつ栓を抜く、のだが。それがダメだった。周囲への注意が疎かになっていた俺は、たき火のストックとして置いていた本に足を取られてしまったのだ。
「ア"ッ」
 気づいた時にはすべてが遅かった。
 俺は成すすべもなくすっ転び、青年の顔に緑色の液体をぶちまけたのだった。

 あ、ちなみに青年はすぐに悲鳴を上げて飛び起きました。

謝罪 ( No.25 )
日時: 2017/01/06 00:56
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: RwTi/h2m)

* * *


 目を覚ました時、青年——ウィリアムの意識はおぼろげだった。
 しかし、そんな彼にも近くに誰(なに)かがいる事は解っていた。それはウィリアムが意識を取り戻したことを知ってか知らずか、しばらくすると周りでゴソゴソと何やら動き始める。
 何をしているんだろう、そうぼんやりと考えていると、たき火の音が彼の耳に入った。そこでウィリアムは自分がどんな目に遭ったのかを思い出した。

 ユーベルの墓地の最深部までやってきた事、魔力の粒子をあてにしてゾンビ達を蹴散らした事、好奇心から鉄格子を開けた事、祭壇に一匹のゾンビがいた事。そして、その対峙したゾンビがウィリアムの言葉を理解した事、それを利用して、そのゾンビを倒そうとした事、しかし仕留め損ねて魔法で応戦された事、ゾンビが発動した歪な魔法で雪の中に閉じ込められて意識を失ってしまった事。

 そして自分は、誰かに助けられた。
 雪の中から助け出されて、たき火の傍で寝かせられている。

 その事を理解したウィリアムは安心した。安心すると、突然睡魔に襲われた。
 あぁ、体がまだ怠い。誰かがいるなら、この場を任せてしまっても良いのではないのだろうか——ウィリアムはそのまま眠りにつこうとしていたところで、顔に何かがかかった。
 雪とまではいかないが、突然顔に降りかかった冷たい感覚に驚きウィリアムは飛び起きた。上半身を起こし、自分の顔を拭う。すると、薬草の匂いが鼻腔を掠めた。ウィリアムは呆気にとられつつも、頭は混乱していた。
「え、な、何!? なにこれ!?」
 状況がイマイチ理解できない。
 と、そこでウィリアムは自分の体に古びたローブがかけられている事に気が付いた。それを手にとり、首を傾げる。自分を助けてくれた人が被せてくれたのだろうか? と首を傾げたところで、ウィリアムは思いだした。
 祭壇で対峙したあのゾンビが身にまとっていたそれと、同じものであったと。
(——えっ)
 ウィリアムは目を見開いた。
 同時に妙な胸騒ぎを覚えた。いや、そんなまさか、そんなはずが。
 そう思いつつ、ウィリアムは自分のすぐ横に転がっていた瓶に視線を移す。瓶の中に残っていた緑を見て、ウィリアムはすぐにそれが”回復薬”であると察した。そして視界の中にある明りを追ってたき火に視線を移す。燃えているのは薪ではない、長方形の何か。たき火の傍らに置かれている本が目に入り、おそらくそれであろうと推測された。
 ウィリアムがさらに遠くに視線を向けると、自分のカバンが置いてある事に気づいた。しかし、カバンは開いている。何事かと思いつつさらに視線を遠くにやると、『死の国』を盾にして震えている人影が見えた。
 それが何か理解すると、ウィリアムは固まった。

「あ」

 思わず口から声が漏れた。
 あぁ、もしかしたら、そうなのではないかと思っていたのだ。
 ウィリアムは自分と対峙し——そして、助けてくれた一匹のアンデットに視線を向ける。

 それは、えらく怯えていた。
 ただウィリアムを見つめて、震えているのだ。
 全身を震わせ、腰が抜けているのか立ち上がって逃げる余裕も無い様子だった。

 乾ききったその手に生気などまるで無い。
 目玉の無い顔、二つの深い黒の中に浮かび上がる光。
 他のゾンビと変わりない不気味な風貌。

 しかし、違う。その仕草は、その行動は、まるで他のゾンビとは違う。何なんだ、このゾンビは。指定魔族(モンスター)と出会ったことは無かったが、今まで読んできたどの本にもこんなゾンビは登場しなかった。

 いつしか、ウィリアムの中で、そのゾンビに対する恐怖心は好奇心へと変わっていた。
 そう言えば、このゾンビは自分の言葉を理解していた……その事を思い出し、ウィリアムは意を決して、もう一度それに向かって口を開いた。


「もしかして……助けてくれたのか?」


 そう尋ねると、ブルブルと震えるゾンビは困惑した様に固まった。
 そして、数秒後。
 一度だけ、弱々しくもそれは確かに——頷いた。

 それを見て、ウィリアムは何も言えなくなってしまった。
 そして冷静になっていた。

 つまり、だ。
 自分は突然、彼(ゾンビ)の住処(すみか)に踏み入り、驚いて出てきた彼に攻撃し、敵意は無いと示す彼に騙し討を仕掛けたのだ。それで彼の怒りを買い、反撃され、やられてしまった。そんな自分を彼は助けてくれたのだ。

 ウィリアムは自分の傍らに転がっていた空になった瓶を手にとり、そのゾンビに見せるように差し出した。怯える彼の肩が大きく揺れる。そんな彼に、ウィリアムはあくまで優しく、そしてゆっくりと話しかける。

「これ、飲ませようとしてくれたんだろ? これを飲むと少しずつ体力が戻って元気になるんだ。ありがとう」

 ウィリアムがそう言って笑いかけると、震えるゾンビの表情が——明るくなったような、そんな気がした。
 ゾンビはコクコクと頭を縦に振り、ジッとウィリアムを見つめた。しかし、決してこっちに近づこうとはしなかった。そんなゾンビを見て、ウィリアムは突然罪悪感に襲われた。なぜこちらに近づいてこないのか察したのだ。
 ウィリアムはこめかみに手を当て、考える。そのゾンビが「何をしているんだろう」と様子を窺うように頭を横に傾げたところで、ウィリアムはゾンビの方に体を向け、座り直した。
 そして。

「さっきは本当に、すまなかった」

 ウィリアムは深々と、ゾンビに頭を下げたのだった。

ゾンビが仲間になりたそうに見つめている!▼ ( No.26 )
日時: 2017/01/07 12:57
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: RwTi/h2m)

* * *

 青年が謝罪をした後、彼は自身の事を話してくれた。
 青年の名前は『ウィリアム=ロンリヘック』と言い、各地を旅しているいわゆる”冒険者”というやつらしい。ある行商人(はこびや)の馬車に乗り込み、偶然この墓地(はやり墓地だったか)の近くを通りかかったらしい。そこでゾンビ達に襲われ、行商人を逃がし、自分はゾンビを食い止めるために墓地までやってきたのだと言う。
 俺はたき火を挟み、その話を正座で、そして猛省しながら聞いていた。
 つまり、俺が例のオーブを破裂させゾンビ達を蘇らせたせいで、この青年——ウィリアムはここへやって来る破目(はめ)になったって事か?
 そんな事を考えていると、青年はさらに説明を付け加えた。

「原因はよく分からないけど……この墓地には不思議な光の粒子が漂っていて、少なからずそれの影響でアンデットが蘇ったんだと思う」

 アッー、やっぱり。
 ウィリアムの話を聞いて、俺の予想は確信に変わった。
 やはり俺の所為(せい)じゃないか。
 ちょっとした魔法の実験(?)がとんでもない事態に発展していたらしい。
 人様にも迷惑をかけてしまうとは……。

 俯く俺の姿から落ち込んでいる雰囲気を察したのか、ウィリアムもまた申し訳なさそうな表情で俺の顔を覗き込んできた。
「その、本当にすまなかったよ……俺が騒がしくしてた所為(せい)で蘇ったのかもしれない。ゾンビを蹴散らせるためとは言え、派手に魔法を使ったし……」
 歯切れ悪くウィリアムはそう話した。

 魔法。魔法って言えば”火炎球(ファイアボール)”の事か。
 ぶっちゃけ何十日も前から起きてはいたけど、いや本当ビックリしたよあれは。部屋の外で急に爆発が起こったもん、恐ろしかったよマジで。俺が”火炎球(ファイアボール)”を使ってもあの威力は出せないと思う。もうあんなのは勘弁願いたい。
 俺があからさまに怖がってみせると、青年は慌てて口を開いた。

「だ、大丈夫だから! って言っても説得力は無いと思うけど……アンデットとは言え、助けてくれた恩人にもう攻撃しようとは思わないよ」
 
 必死に弁明するウィリアム。
 そんな彼に”本当かァ〜?”と疑いの眼差しを向ける。

 まぁ、とは言っても。
 本心でそう言っているのだろうなと言うのは何となく俺にも伝わっていた。
 俺がお人好しでそう感じているだけなのかもしれないが……そう、彼の眼つきが代わった気がする。先ほど対峙した時は、一切の油断も無い鋭い目つきだったが、今はどこか穏やかだ。そしてその瞳に好奇心が見え隠れしているのも何となく分かっている。

 俺みたいなゾンビも珍しいのだろうな、と、オーブを破裂させた直後にやってきたゾンビの大群を思い出しながら考える。あいつら理性の欠片も無かったもんな。

 そんな事を考えていると、ウィリアムが咳ばらいをした。
 その後に「それに」と前置きをした上で口を開く。

「それに、たぶんもうあの威力で”火炎球(ファイアボール)”は使えないと思う」

(……ほう?)
 どれはどういう事だ? 一体なぜ?
 そう視線を送ると、俺の考えを察してか彼は頷いた後に詳しく説明してくれた。

 外で爆発を起こした時や俺と対峙していた時の”火炎球(ファイアボール)”はどうやら異常な威力だったらしい。と、言うのも、先ほど話に出た光の粒子、あれが原因らしい。あれが粒子化した魔力である事は察していたが、どうやらあの魔力の粒子が漂う空間で魔法を使うと魔法に粒子が吸収されて威力が上がるか、あるいは消費魔力? とやらを抑える事ができるらしい。 

 で、その光の粒子なのだが、いつの間にかこの部屋からは綺麗さっぱりなくなっていた。おそらくウィリアムが連発した”火炎球(ファイアボール)”や、俺の雪山を作り出した魔法に吸収されてしまったのだろう。
 と言うかそれも俺の所為(せい)だったのか、碌な事してないな俺。

 しかし、ほほう。そうなのか。それは面白い事を聞いたな。
 魔法を成功させる事もできたし、ちょうど色々実験してみたいとは思ってたんだ。
 俺はちょちょっと魔力を操って魔力の塊——手のひらサイズのオーブを作ってみせた。そこでウィリアムがギョッとしていたので、慌てて彼に背を向ける形となったが、俺はそのオーブを宙に飛ばした。そして、適当な間隔を離す。

「何をしてるんだ?」
 恐る恐る、と言った感じでウィリアムは尋ねてきた。
 まぁ実験ってやつですよ、鉄は熱いうちに打っとかないと。
 そんな訳でオーブに向かって”火炎(ファイア)”を放った。
 そして、”火炎(ファイア)”がオーブに到達したその瞬間。

 軽い爆発が起こった。
 吹っ飛ばされる程ではないが、そこそこの衝撃が来た。
 思わず「きたねえ花火だ」という言葉が出かかったが、振り返った先でウィリアムが放心していたので飲み込んだ。
 しかし、これは予想外だ。ここまで威力が高いものだとは。
 魔法の術式に組み込めたら強力な魔法に仕上がりそうだが、今はそれは置いておいて。

(ウ、ウィリアムさん? 生きてらっしゃいます?)
 俺は放心しているウィリアムの顔の前で手を振った。
 すると、彼はようやく我に返ったようで、ゆっくりと俺の顔を見る。
 そして数秒間見つめ合った後。
 
「す、すごいよ君ッ!」

 何やら物凄く興奮した様子で俺の両手を掴んできた。
 おまけに手をブンブン振り回される。
「ゾンビが魔法を使うのも驚きだけど、まるで魔法研究者みたいな事もするんだね! やっぱり君は他のゾンビとは違うよ!」
 そう言う彼の目は物凄く輝いていた。
 面白いおもちゃを見つけた子供のような無邪気な表情である。
 しかし、次の瞬間ウィリアムは何か思いだしたように手を止めると、突然声を震わせた。

「ちょ、ちょっと待てよ……魔法が使えるって事は生前、魔術師か何かだったって事だよな。で、魔法研究ができるほどの知識を持った上位の魔術師となると……まさかっ!」

 ウィリアムはそう言って俺の顔にズイッと顔を近づけてきた。
(え、何?)
 何かまずい事でもやってしまったのだろうか。というか話について行けないのですが……。
 俺が困惑していると、ウィリアムは俺の肩に両手を置いた。
 そして、一つ一つ確かめる様な口調で、ゆっくりと俺に尋ねた。

「貴方は、生前の名前を、覚えていたりしますか?」

 なぜ敬語?
 突然ウィリアムの口調が代わったのが気になるものの……うーん、生前か。
 生前の名前は残念ながら知らないんだよな、俺も知りたいところではある。
 トラックに撥ねられて死んだ不幸な男の名前なら憶えてるけどね。
 そんなわけで首を横に振ると、ウィリアムはあからさまにガッカリしていた。
 一体何を期待していたというのか。

 しかし、ウィリアムはまだ諦めてはいなかったようで、彼はふと辺りを見渡し、傍に落ちていた一冊の本に手を伸ばした。タイトルは『死の国』、俺がウィリアムのカバンから見つけ出した本である。
 彼はその本をパラパラとめくり、あるページを開いて俺に見せてきた。
 そして、ある一つの単語を指差し、尋ねる。
「この名前に聞き覚えは?」
 俺が彼の指先に視線を向けると、そこには”Valensis”という名前が書かれていた。
 ヴァレンシス?
 まったく見覚えも聞き覚えも無いな。
 再度首を横に振ると、彼は「そっかぁ」と呟き肩を落としていた。
 何だか申し訳ない。


 さて、彼は気を取り直すようにふうと息を吐くと、俺が貸していた(?)ローブを丁寧に畳んで手渡してきた。
 俺はそれを受け取りつつ首を傾げると、ウィリアムは言う。
「ここに長居するのも君に迷惑が掛かるし悪いかなと思って。体力も戻ったし、出口を目指そうと思う」
 そう言いながら、彼は荷物をまとめ始める。
(……え?)
 いや待てそれは困る。というか俺もここに居るつもりはないぞ!
 しかし、その意思を伝えようにも方法がない。
 慌てる俺をしり目に、青年は言葉を続ける。
「それに、たぶんそろそろ”アフタニアの騎士団”がここに到着するはず。アンデットといえば聖魔法の使い手がやってくるはずだから、君もまた静かに眠ることができると思うよ」
 どこか穏やかな表情で答えるウィリアム。

 一つ言っていい? 何言ってんだお前マジで。
 静かに眠る、とは。
 つまりあれだよな、永遠の眠りって事だよな? 馬鹿じゃねえの?
 というか”アフタニアの騎士団”って何だ? 
 聞くからにヤバいというか、たぶんあれだよな、この世界の警察みたいな感じの連中だよな? 悪い事したら「スタアァァァァアアアップ!」って言いながら駆け寄ってくるどこぞのゲームの衛兵さんが思い浮かぶ。
 というか、ウィリアムの話からするに、そいつら絶対この墓地にいるゾンビ達を鎮圧するために来る感じだよな?
 じゃあ余裕で俺も討伐対象じゃね?
 ひいいぃ、まだ死にたくねぇ! 体は死んでるけど!
 ウィリアムの言葉に全力で首を横に振ると、彼は「どうしたの?」と、不思議そうに首を傾げていた。
 
 その様子を見て何となく察した。
 そうか、ウィリアムはこの墓地のゾンビ、ひいては俺が不本意に蘇ったと認識している訳か。
 まぁ確かに、他のゾンビは不本意で蘇ったのかもしれない(俺の所為(せい)で)。
 しかし俺は違うぞ! 死にたくないぞ俺はッ!
 俺は必死にそれを伝えようとボディランゲージで示す。
「え、えーと。どうしたの?」
 しかし、ウィリアムにはどうしても伝わらないようで、ウィリアムは首を傾げるばかりである。
 とにかく行かないでくれ、と彼の服を掴むと、彼は困った様に苦笑いを浮かべた。
「まさか、引き留めてる?」
 続けざまに言葉は話せないの? と問われたので、ゾンビ声で「はい」と答えたらビビられてしまった。

 違うんだ、引き留めるつもりはないんだ。
 ええと、マジでどうしよう。ここ一番の「どうしよう」だ。
 俺が困っていると、同じく困っていたウィリアムがポツリと呟く。

「何か伝えようとしてるのは解るんだけどねー……。君が文字でも書ければ手っ取り早いんだけど」

 それを聞いて、俺はウィリアムの全力で指差した。
 それだよ、その手があったよ。天才かよ。

 俺はすぐさま紙と木炭を手にとると、とりあえず『一緒に行きたい』とだけ書いて彼に献上した。
 その文字の書かれた紙を受け取った彼は、また驚いたように目を丸くしていた。

Re: 異世界に転生したのに死んでいた!【1/7更新】 ( No.27 )
日時: 2017/01/13 23:40
名前: アンデット ◆kBtWSUzXOo (ID: RwTi/h2m)

 言葉を理解するゾンビとはいえ、まさか文字まで書くとは思わなかったのだろう。狐につままれたような表情を浮かべるウィリアムの視線は、その目の前で正座をする俺の顔と手元の紙を行き来していた。そして紙を顔の前まで近づけると、彼は頬をかきつつ再び俺の顔を見た。

「俺の読み間違いじゃなければ、自分も外に出たいって感じの事が書いてあるんだけど……」

 俺はそれを聞いて少し安堵する。
 体の記憶を頼りに文字を書いている状態だが、どうやら文字は合っているらしい。
 俺は親指をつきあげてサムズアップしながら、肯定の意を伝えるべく二、三度頷いた。
 そして、そんな俺を見つめながら何度も瞬きをするウィリアム。もう一度だけ俺の顔と紙を交互に見た後、彼は突然息を噴き出すと、声を上げて笑いはじめた。
「あぁもう、君って本当にワケが分からないな!」
 そう言って何の躊躇いもなくウィリアムは俺の手を掴んだ。俺が驚いて固まっていると、ウィリアムはその手をブンブンと縦に振る。
「分かったよ、一緒にここを出ようじゃないか。恩人の頼みを断るわけにもいかないからね! よろしく!」
 やや乱暴であるが、彼の言葉からしてどうやらこれは握手らしい。
 どうやら、今度こそ本当に味方になってくれるようだ。
 俺もウィリアムに握手を返した。
 彼は楽しそうな笑顔を浮かべてウンウンと頷く。
「はー……我ながら中々の一大決心だよ」
 彼はそう呟くと、一つ手を叩いた。同時に彼の表情が変わる。

「さて、そうなればすぐにでも作戦会議だね」

 神妙な面持ちになった彼はふと出口の方に顔を向けた。
 俺もつられて出口の方に顔を向ける。
 彼が黙り込んだことで静まり返る部屋。たき火の音と、相変わらずゾンビの声が聞こえる。
 そして、それに混じり……遠い所で何か別の音がしている事に気づいた。
(何の音だ?)
 俺が首を傾げると、彼は一つ頷いて言った。



「人の声だ。アフタニアの騎士団がもう到着したらしい」



* * *

(一時保存。まじめな小説も書きたい…)