ダーク・ファンタジー小説

青年の危機 ( No.14 )
日時: 2016/12/18 00:11
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: 9AY5rS/n)

 道を外れて進む馬車の乗り心地はあまり良いものではない。
 ウィリアムは馬車にしがみ付きながら、顔を真っ青にしていた。

 道を外れて数分、ウィリアムはすでに気分を悪くしてしまったようで、必死になって男に馬車を止めるよう訴えていた。しかし、爆走する馬車が止まることはない。男はどこか愉快そうに笑っていた。
「ハハハ! お客さん、”歩く馬車”しか知らないクチか? 冒険者なら走る馬車にも慣れときな!」
「ぼ、暴論だッ……」
 ウィリアムは目を回しつつも反論する。
 そんな彼に、男は余裕の表情を浮かべつつ「チッチッチ」、と舌を鳴らした。
「そうでも無いぞ? 道中盗賊どもに襲われる事なんて少なくはないからな!」
 走る馬車に慣れていないのは”危険な目”に遭った事が無い証拠だ、と男は言う。
 冒険者と危険は常に隣り合わせだ。お客さんには危険な目に遭う覚悟が足りないんじゃないか? と男は挑発的な視線を送りながら言い切った。すると、ウィリアムは「その挑発に乗った」と言わんばかりに笑みを浮かべる。
「言ってくれる……! だったらこの程度、耐えてみせるさ」
「ほう、言ったな? お客さん。後悔するなよ!」
 男はそう言い終わると同時に手綱を打つ。すると、馬車はより早く、そして大きく揺れながら墓の麓へ向けて突き進む。

 ウィリアムは振り落とされまいと必死に馬車にしがみ付くが、彼が読んでいた例の本は馬車の上で跳ねる。
 馬車の上から今にも落ちそうな本を見て、ウィリアムは慌ててそれに手を伸ばした。

 エドガー著者、『死の国』。
 旧都市・ユーベラが舞台の物語、著者であるエドガーの視線で描かれた史実だ。幼い頃からこの本を読み、冒険者に憧れて育ってきたウィリアムにとって、冒険者となった今でも大切なものであったのだが——その本に気を取られていたせいだろう、ウィリアムは突然向きを変えた馬車に振り落とされることとなる。


 ウィリアムが気づいた時には、自身の体は宙に放り出されていた。間もなく地面に叩き付けられる事になったが、ウィリアムは咄嗟に受け身を取り、地面の上を転がる形で着地した。
「何……!!」
 地面に手を付き、ウィリアムは顔を上げる。
 いつの間にか麓の近くまで馬車が近づいており、目と鼻の先に墓地へ続く階段があった。そして、ウィリアムは間もなく地面に車輪の跡を見つける。大きく方向を変えたその車輪の跡を追うと、数十メートル先で止まる馬車が目に飛び込んできた。手綱を握っていた男も慌てたように頭を上げ、間もなく”突然馬車の前に飛び出してきたそれ”を睨みつけていた。ウィリアムもその視線を追う。

 そこにいたのは、人間……否、”人間だったもの”、だった。
 煤けた肌。体は干からび、骨ばった体を引きずる徘徊者。本来眼球があるはずの部分には闇、そのなかで浮かび上がる不気味な光と視線がぶつかった。
(こ、これは——)
 それが纏う数百年以上も前の古びた鎧、そして手にしている錆びた剣。
 ウィリアムはその正体を悟り、目を大きく開いた。

「”ゾンビ”、だって!? 何でこんな所に……!?」

 ウィリアムは叫ぶ。
 そしてその頬に冷や汗が浮かぶ。

 ゾンビ、アンデットに部類される”指定魔族(モンスター)”だ。
 ウィリアムにとって、指定魔族(モンスター)と遭遇するのはこれが初めてである。
 それも当然である、魔族との戦争は300年以上前に終結しており、おおよそ魔族の九割がこの地上から姿を消しているのだ。『一部』を除き、一生のうちに魔族とまみえる事の方が珍しいのだ。
「おい、お客さん!! 何やってる、早く馬車に乗れ!」
 突如現れたゾンビを見て固まっていたウィリアムに声がかかる。
 ウィリアムはその声で我に返り、腰に差していた剣に手を伸ばした。

「俺の事はいい! それよりもアフタニアに報告へ!」
「な……何言ってるんだ! 指定魔族(モンスター)だぞ!? 盗賊よりもタチの悪い連中に勝てるとでも思ってんのか!」
「アンタこそ周りが見えてないのか! ゾンビはコイツ一体だけじゃない、囲まれたら二人とも死ぬぞ!」 

 怒気を含んだウィリアムの言葉に男は言葉を失った。そして慌てて周囲を見渡すと、ウィリアムの言う通りゾンビの群れが辺りを取り囲もうとしていた。男は迷ったようにウィリアムの方を見る。

「さっさと行ってくれ! 一刻も早くアフタニアの『騎士団』に知らせないと、コイツ等が野放しになる!」
「けど、それだとお客さんが——」
「早くッ! 囲まれるぞ!」

 自分の言葉を遮るように叫ぶウィリアムに、男は目を丸くした。
 男が”危険な目に遭う覚悟が足りない”と言い放った青年はそこにはいない。ウィリアムの”目”には反論する男を黙らせる何かがあった。男は言葉を飲み込み、頷く。
「分かった。どうか死ぬなよ!」
 そう言い残すと、男はすぐさま馬車を出発させた。馬車を取り囲もうとしていたゾンビを撥ね退け、一直線へアフタニアへと向かう。それを見送ったウィリアムはふう、とため息をつき、冷や汗を浮かべながらも笑った。
「まさか、こんなことになるなんて……実に”冒険(それ)”っぽいな!」
 そう言い終わると同時に、ウィリアムは走り出す。馬車から一緒に放りだされた本を拾い上げると、山の中腹にある墓地へと続く階段を勢いのまま上り始める。
(とりあえず、墓地の”門”を閉めないと! これ以上墓地の外にゾンビが出てくると厄介だ)
 しかし、彼の行く手をゾンビが阻む。ウィリアムはそれを睨みつけると、ブツブツと詠唱を始める。そして、剣を握る右手に光があるまりはじめ、そして——

「邪魔だから退いてくれ! ”火炎玉(ファイアボール)”!!」

 彼はゾンビに向かって、まるで手を押し出すように勢いよく突き出す。すると、手に集まった光はやがて炎となり、ゾンビに襲い掛かる!
「ガアアッ!」
 命中した炎は瞬く間にゾンビの体に燃え広がり、ゾンビの動きを止めた。ウィリアムはそのままゾンビに突っ込み、ゾンビを払いのけるように剣を振るう。そして払いのけられるままにゾンビは倒れ、そのまま動かなくなった。
「簡単な攻撃魔法とは言え、やっぱり炎はゾンビに効くのか……!」
 それを見て、ウィリアムはそう独り言を呟く。
 そして、彼は顔を上げると再び墓地を目指して階段を駆け上がり始めたのだった。


========================

くっそ久しぶりの更新!
リアルのゴタゴタが片付いたので更新頻度は上がる…はず…!!

青年・ウィリアムの運命やいかに!