ダーク・ファンタジー小説
- 遭遇 ( No.18 )
- 日時: 2016/12/25 23:36
- 名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: lnXzhrC1)
初対面の相手に良い印象を与える重要なポイントとは?
まずは挨拶、これは基本中の基本だ。これが無くては始まらない。元気良くハキハキと話そう。
次に笑顔、爽やかでフレッシュな表情がポイント。苦手だからと言って諦めてはいけない、口角を釣り上げるだけでも印象は変わるぞ。
うーん、この手の話をすると就活生の頃を思い出すね。さて、重要ポイントを抑えられたところで早速実践だ!
と、青年の前に元気良く飛び出し——危うく炎の魔法で焼かれかけたところで俺は正気を取り戻しました。完全にやらかした。
「こ、ここにもまだゾンビがいたのか!」
狼狽する声、しかし確かな敵意を見せる青年。
右手には抜いた剣、左手には赤色のオーブを構えて俺に対峙する。
というか、うん。改めて言うけどやらかした。
完全に警戒されてるし敵意むき出しである……でもまぁそりゃそうだよな! 奇声発しながら突然棺桶の後ろからアンデットが飛び出して来たら誰でもそうなるよな! 混乱していたとはいえ馬鹿な事やっちゃったよ。
そもそも俺笑顔とかできないしな。表情筋が死んでる、というか死体だからね!
「”火炎球(ファイアボール)”!」
と、そんな事を一人悶々と考えている間にも容赦なく襲い来る業火。
体を捻って紙一重でそれを避けるが、青年は間髪入れずに呪文を唱える!
形成された炎は瞬く間に巨大化し、高熱と爆音が俺の体のすぐ横を通り抜け壁にぶつかる。その度に飛び散る火の粉が体に燃え移りそうで怖い!
おそらく先ほどの外での爆破はこの青年の仕業だ。身をもって体感したというか、この”火炎球(ファイアボール)”とかいう魔法の威力が尋常じゃない!
「くっ、避けるか。まるで今までのゾンビとは違う……。なら、もっと近くに引き付けてから最大火力で……」
ひえぇ、しかも相手も相手ですげぇ物騒な事言ってるし!
ならば近づかなければいいまで、俺はすかさず距離を取る。
そこであることに気が付いた。
(ん? 俺、普通に相手の言葉理解できてるな)
これも体に残っている(と思われる)生前の記憶のおかげだろうか。
今まで本で学んだ言葉と音のピースが完全に合致し、この世界の言語がパズルのように解けていくのが分かる。凍り付いていたものが一気に解凍されたような感覚だ、急に頭の中の靄(もや)が晴れたようで何か気持ち悪い。
俺が言葉を理解している事に相手も気づいたのか、青年は心底驚いたような表情を浮かべていた。
「自ら距離を取った……!? まさか言葉を理解してるのか!?」
はい、その通りです。
俺がその言葉に頷いてみせると、青年はさらに目を丸くした。
青年はしばらく何か考え込むように押し黙った後、確認を取るように俺に話しかけてきた。
「えっと、言葉が分かるのか?」
そうです、と頷く。
「ええと、じゃあ……さっきから反撃してこないけど、敵意は無い?」
ありません。頷く。
反撃というか、魔法使えないからできないだけだけどね!
あぁ、でもここに来た時に短剣は見つけたなぁ、ほったらかしだけど。
青年は俺の様子を見て再び考え込んでしまった。
顎を触りつつ、ポツリと呟く。
「……言葉に反応してるだけなのかな」
期待外れ、と言わんばかりのため息交じりの言葉。
なっ、違うぞ! ちゃんと俺(ゾンビ)にも意志はあるぞ!
俺は首がもげそうになる勢いで横に振った。
突然首をぶん回したせいか、青年はビクリと肩を震わせる。
それに気づいた俺は慌てて動きを止めた。
(まずい、せっかく警戒を解いてもらえそうなのに)
今、相手を警戒させるような真似はしてはならない。
そう考え、俺はひとまず動かぬよう努めた。
動かない俺に、俺を注意深く観察する青年。二人の間に沈黙が流れる。
遠くからゾンビの声が僅かに聞こえるが、それはやけに騒がしく感じる。
そして数十秒の沈黙の後。
「成程、分かった」
青年はそう言ってため息をつくと、剣を鞘に納めた。
俺、完全勝利ッ……!
警戒を解くことに無事成功したようだ!
青年は俺をまっすぐ見つめながら、こちらの方に歩いてきた。
「そっちに攻撃の意志がないなら俺も攻撃しないよ」
そう言って少しずつ近づく青年。
ん? 何だろこの違和感。
何か、攻撃しないと言いつつ目つきがさっきと変わって無いような——
そして、青年がすぐ近くまでやってきた時、聞こえた青年の呟き声……呪文だ!
俺、攻撃される事を確信する。その瞬間青年の両手に赤い光が集まる!
「隙ありィ! ”火炎球(ファイアーボール)”!!」
「ガアァッ!?(危なッ!?)」
青年の意図に気づいた俺は全力で避けた。頭を地面にぶつける勢いで、背中から倒れ込むような形で勢いよく体を仰け反った! 案の定、そのまま頭と背中が地面に叩き付けられたが、ゾンビなので痛くない!
青年が全力で放った炎は俺の後ろの壁にぶつかり、派手な火の粉を散らしてかき消えた。
(お、おのれこの若造……!)
俺は地面に倒れつつも怒りで体を震わせていた。
あぁ、完ッ全に……騙された!
こっちが言葉を理解しているのをいい事に、まんまと口車に乗せられた!!
プルプルと体を震わせ怒りを露わにする。
この俺、裏切は——人を陥れる様な嘘だけは絶ッ対に許せん!
「——」
俺が攻撃を避けた事にか、それとも俺の怒りに気づいたのかは分からないが、青年は一瞬驚きの表情を見せた。俺がゆらりと立ち上がると、勢いに押されてか一歩後退する青年。
(ふん、今更謝っても許さんぞ!)
俺の中で怒りが炎のように燃え上がるのが分かる。
俺の耳元では何かが燃えるようにパチパチと音が——
「顔が……」
え?
そう言った青年の言葉で気づいた。俺の顔が燃えてる。……燃えてる!?
ぎゃああああ! と叫びながら俺は再び地面をのたうち回った。
くそっ、かわしたと思ったけど顔には掠ってたのか!
熱さも顔が焼ける痛みも感じない。だが、次第に体が動かしにくくなるような……気が遠のいていくような感覚を覚えた。ゲームであればHPゲージがガンガン減少している事だろう、こいつは非常にまずい!
「これで終わりだ!」
その上、好機とみた青年が剣を抜いた。
ヤバすぎる、ここままじゃあ死ぬ! 確実に死——
いや、待て、落ち着け、何かある。何か絶対に手はある!
あぁ、そうだ、魔法だ! こうなれば何らかの魔法でどうにかこうにかするしかない!!
俺がパニックで目を回す中、頭の中では本で読んだ単語や今まで覚えようとしていた魔法の術式が広がっていた。それらを実践の時に失敗していた氷の初期魔法に無理やりねじ込んで無理やり術式を作り上げる。その術式が完成したその瞬間、俺は閃いたその言葉を反射的に叫んでいた!
「ガアアアアッ!」
”氷雪(アイスボルト)”!
一心不乱に叫んだ魔法。俺の言葉に呼応するように、俺を中心にアニメや漫画に出てきそうな魔法陣が展開される。心なしか、じゃないな。すごく歪な形をしている。だが、そんなのはお構いなしだ!
「こ、これは……魔法!?」
驚く青年の声。だが、そんな声はもはや俺の耳に届いていなかった。
何でもいい、とにかくその魔法陣に魔力を注ぎ込む!
すると、魔法陣が強烈な光を放ちはじめ……”ボッ”、と重苦しい音がしたかと思えば、目の前が「真っ白」で覆われたのだった。