ダーク・ファンタジー小説

謝罪 ( No.25 )
日時: 2017/01/06 00:56
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: RwTi/h2m)

* * *


 目を覚ました時、青年——ウィリアムの意識はおぼろげだった。
 しかし、そんな彼にも近くに誰(なに)かがいる事は解っていた。それはウィリアムが意識を取り戻したことを知ってか知らずか、しばらくすると周りでゴソゴソと何やら動き始める。
 何をしているんだろう、そうぼんやりと考えていると、たき火の音が彼の耳に入った。そこでウィリアムは自分がどんな目に遭ったのかを思い出した。

 ユーベルの墓地の最深部までやってきた事、魔力の粒子をあてにしてゾンビ達を蹴散らした事、好奇心から鉄格子を開けた事、祭壇に一匹のゾンビがいた事。そして、その対峙したゾンビがウィリアムの言葉を理解した事、それを利用して、そのゾンビを倒そうとした事、しかし仕留め損ねて魔法で応戦された事、ゾンビが発動した歪な魔法で雪の中に閉じ込められて意識を失ってしまった事。

 そして自分は、誰かに助けられた。
 雪の中から助け出されて、たき火の傍で寝かせられている。

 その事を理解したウィリアムは安心した。安心すると、突然睡魔に襲われた。
 あぁ、体がまだ怠い。誰かがいるなら、この場を任せてしまっても良いのではないのだろうか——ウィリアムはそのまま眠りにつこうとしていたところで、顔に何かがかかった。
 雪とまではいかないが、突然顔に降りかかった冷たい感覚に驚きウィリアムは飛び起きた。上半身を起こし、自分の顔を拭う。すると、薬草の匂いが鼻腔を掠めた。ウィリアムは呆気にとられつつも、頭は混乱していた。
「え、な、何!? なにこれ!?」
 状況がイマイチ理解できない。
 と、そこでウィリアムは自分の体に古びたローブがかけられている事に気が付いた。それを手にとり、首を傾げる。自分を助けてくれた人が被せてくれたのだろうか? と首を傾げたところで、ウィリアムは思いだした。
 祭壇で対峙したあのゾンビが身にまとっていたそれと、同じものであったと。
(——えっ)
 ウィリアムは目を見開いた。
 同時に妙な胸騒ぎを覚えた。いや、そんなまさか、そんなはずが。
 そう思いつつ、ウィリアムは自分のすぐ横に転がっていた瓶に視線を移す。瓶の中に残っていた緑を見て、ウィリアムはすぐにそれが”回復薬”であると察した。そして視界の中にある明りを追ってたき火に視線を移す。燃えているのは薪ではない、長方形の何か。たき火の傍らに置かれている本が目に入り、おそらくそれであろうと推測された。
 ウィリアムがさらに遠くに視線を向けると、自分のカバンが置いてある事に気づいた。しかし、カバンは開いている。何事かと思いつつさらに視線を遠くにやると、『死の国』を盾にして震えている人影が見えた。
 それが何か理解すると、ウィリアムは固まった。

「あ」

 思わず口から声が漏れた。
 あぁ、もしかしたら、そうなのではないかと思っていたのだ。
 ウィリアムは自分と対峙し——そして、助けてくれた一匹のアンデットに視線を向ける。

 それは、えらく怯えていた。
 ただウィリアムを見つめて、震えているのだ。
 全身を震わせ、腰が抜けているのか立ち上がって逃げる余裕も無い様子だった。

 乾ききったその手に生気などまるで無い。
 目玉の無い顔、二つの深い黒の中に浮かび上がる光。
 他のゾンビと変わりない不気味な風貌。

 しかし、違う。その仕草は、その行動は、まるで他のゾンビとは違う。何なんだ、このゾンビは。指定魔族(モンスター)と出会ったことは無かったが、今まで読んできたどの本にもこんなゾンビは登場しなかった。

 いつしか、ウィリアムの中で、そのゾンビに対する恐怖心は好奇心へと変わっていた。
 そう言えば、このゾンビは自分の言葉を理解していた……その事を思い出し、ウィリアムは意を決して、もう一度それに向かって口を開いた。


「もしかして……助けてくれたのか?」


 そう尋ねると、ブルブルと震えるゾンビは困惑した様に固まった。
 そして、数秒後。
 一度だけ、弱々しくもそれは確かに——頷いた。

 それを見て、ウィリアムは何も言えなくなってしまった。
 そして冷静になっていた。

 つまり、だ。
 自分は突然、彼(ゾンビ)の住処(すみか)に踏み入り、驚いて出てきた彼に攻撃し、敵意は無いと示す彼に騙し討を仕掛けたのだ。それで彼の怒りを買い、反撃され、やられてしまった。そんな自分を彼は助けてくれたのだ。

 ウィリアムは自分の傍らに転がっていた空になった瓶を手にとり、そのゾンビに見せるように差し出した。怯える彼の肩が大きく揺れる。そんな彼に、ウィリアムはあくまで優しく、そしてゆっくりと話しかける。

「これ、飲ませようとしてくれたんだろ? これを飲むと少しずつ体力が戻って元気になるんだ。ありがとう」

 ウィリアムがそう言って笑いかけると、震えるゾンビの表情が——明るくなったような、そんな気がした。
 ゾンビはコクコクと頭を縦に振り、ジッとウィリアムを見つめた。しかし、決してこっちに近づこうとはしなかった。そんなゾンビを見て、ウィリアムは突然罪悪感に襲われた。なぜこちらに近づいてこないのか察したのだ。
 ウィリアムはこめかみに手を当て、考える。そのゾンビが「何をしているんだろう」と様子を窺うように頭を横に傾げたところで、ウィリアムはゾンビの方に体を向け、座り直した。
 そして。

「さっきは本当に、すまなかった」

 ウィリアムは深々と、ゾンビに頭を下げたのだった。