ダーク・ファンタジー小説

ゾンビが仲間になりたそうに見つめている!▼ ( No.26 )
日時: 2017/01/07 12:57
名前: アンデット ◆IYbi.dCFgs (ID: RwTi/h2m)

* * *

 青年が謝罪をした後、彼は自身の事を話してくれた。
 青年の名前は『ウィリアム=ロンリヘック』と言い、各地を旅しているいわゆる”冒険者”というやつらしい。ある行商人(はこびや)の馬車に乗り込み、偶然この墓地(はやり墓地だったか)の近くを通りかかったらしい。そこでゾンビ達に襲われ、行商人を逃がし、自分はゾンビを食い止めるために墓地までやってきたのだと言う。
 俺はたき火を挟み、その話を正座で、そして猛省しながら聞いていた。
 つまり、俺が例のオーブを破裂させゾンビ達を蘇らせたせいで、この青年——ウィリアムはここへやって来る破目(はめ)になったって事か?
 そんな事を考えていると、青年はさらに説明を付け加えた。

「原因はよく分からないけど……この墓地には不思議な光の粒子が漂っていて、少なからずそれの影響でアンデットが蘇ったんだと思う」

 アッー、やっぱり。
 ウィリアムの話を聞いて、俺の予想は確信に変わった。
 やはり俺の所為(せい)じゃないか。
 ちょっとした魔法の実験(?)がとんでもない事態に発展していたらしい。
 人様にも迷惑をかけてしまうとは……。

 俯く俺の姿から落ち込んでいる雰囲気を察したのか、ウィリアムもまた申し訳なさそうな表情で俺の顔を覗き込んできた。
「その、本当にすまなかったよ……俺が騒がしくしてた所為(せい)で蘇ったのかもしれない。ゾンビを蹴散らせるためとは言え、派手に魔法を使ったし……」
 歯切れ悪くウィリアムはそう話した。

 魔法。魔法って言えば”火炎球(ファイアボール)”の事か。
 ぶっちゃけ何十日も前から起きてはいたけど、いや本当ビックリしたよあれは。部屋の外で急に爆発が起こったもん、恐ろしかったよマジで。俺が”火炎球(ファイアボール)”を使ってもあの威力は出せないと思う。もうあんなのは勘弁願いたい。
 俺があからさまに怖がってみせると、青年は慌てて口を開いた。

「だ、大丈夫だから! って言っても説得力は無いと思うけど……アンデットとは言え、助けてくれた恩人にもう攻撃しようとは思わないよ」
 
 必死に弁明するウィリアム。
 そんな彼に”本当かァ〜?”と疑いの眼差しを向ける。

 まぁ、とは言っても。
 本心でそう言っているのだろうなと言うのは何となく俺にも伝わっていた。
 俺がお人好しでそう感じているだけなのかもしれないが……そう、彼の眼つきが代わった気がする。先ほど対峙した時は、一切の油断も無い鋭い目つきだったが、今はどこか穏やかだ。そしてその瞳に好奇心が見え隠れしているのも何となく分かっている。

 俺みたいなゾンビも珍しいのだろうな、と、オーブを破裂させた直後にやってきたゾンビの大群を思い出しながら考える。あいつら理性の欠片も無かったもんな。

 そんな事を考えていると、ウィリアムが咳ばらいをした。
 その後に「それに」と前置きをした上で口を開く。

「それに、たぶんもうあの威力で”火炎球(ファイアボール)”は使えないと思う」

(……ほう?)
 どれはどういう事だ? 一体なぜ?
 そう視線を送ると、俺の考えを察してか彼は頷いた後に詳しく説明してくれた。

 外で爆発を起こした時や俺と対峙していた時の”火炎球(ファイアボール)”はどうやら異常な威力だったらしい。と、言うのも、先ほど話に出た光の粒子、あれが原因らしい。あれが粒子化した魔力である事は察していたが、どうやらあの魔力の粒子が漂う空間で魔法を使うと魔法に粒子が吸収されて威力が上がるか、あるいは消費魔力? とやらを抑える事ができるらしい。 

 で、その光の粒子なのだが、いつの間にかこの部屋からは綺麗さっぱりなくなっていた。おそらくウィリアムが連発した”火炎球(ファイアボール)”や、俺の雪山を作り出した魔法に吸収されてしまったのだろう。
 と言うかそれも俺の所為(せい)だったのか、碌な事してないな俺。

 しかし、ほほう。そうなのか。それは面白い事を聞いたな。
 魔法を成功させる事もできたし、ちょうど色々実験してみたいとは思ってたんだ。
 俺はちょちょっと魔力を操って魔力の塊——手のひらサイズのオーブを作ってみせた。そこでウィリアムがギョッとしていたので、慌てて彼に背を向ける形となったが、俺はそのオーブを宙に飛ばした。そして、適当な間隔を離す。

「何をしてるんだ?」
 恐る恐る、と言った感じでウィリアムは尋ねてきた。
 まぁ実験ってやつですよ、鉄は熱いうちに打っとかないと。
 そんな訳でオーブに向かって”火炎(ファイア)”を放った。
 そして、”火炎(ファイア)”がオーブに到達したその瞬間。

 軽い爆発が起こった。
 吹っ飛ばされる程ではないが、そこそこの衝撃が来た。
 思わず「きたねえ花火だ」という言葉が出かかったが、振り返った先でウィリアムが放心していたので飲み込んだ。
 しかし、これは予想外だ。ここまで威力が高いものだとは。
 魔法の術式に組み込めたら強力な魔法に仕上がりそうだが、今はそれは置いておいて。

(ウ、ウィリアムさん? 生きてらっしゃいます?)
 俺は放心しているウィリアムの顔の前で手を振った。
 すると、彼はようやく我に返ったようで、ゆっくりと俺の顔を見る。
 そして数秒間見つめ合った後。
 
「す、すごいよ君ッ!」

 何やら物凄く興奮した様子で俺の両手を掴んできた。
 おまけに手をブンブン振り回される。
「ゾンビが魔法を使うのも驚きだけど、まるで魔法研究者みたいな事もするんだね! やっぱり君は他のゾンビとは違うよ!」
 そう言う彼の目は物凄く輝いていた。
 面白いおもちゃを見つけた子供のような無邪気な表情である。
 しかし、次の瞬間ウィリアムは何か思いだしたように手を止めると、突然声を震わせた。

「ちょ、ちょっと待てよ……魔法が使えるって事は生前、魔術師か何かだったって事だよな。で、魔法研究ができるほどの知識を持った上位の魔術師となると……まさかっ!」

 ウィリアムはそう言って俺の顔にズイッと顔を近づけてきた。
(え、何?)
 何かまずい事でもやってしまったのだろうか。というか話について行けないのですが……。
 俺が困惑していると、ウィリアムは俺の肩に両手を置いた。
 そして、一つ一つ確かめる様な口調で、ゆっくりと俺に尋ねた。

「貴方は、生前の名前を、覚えていたりしますか?」

 なぜ敬語?
 突然ウィリアムの口調が代わったのが気になるものの……うーん、生前か。
 生前の名前は残念ながら知らないんだよな、俺も知りたいところではある。
 トラックに撥ねられて死んだ不幸な男の名前なら憶えてるけどね。
 そんなわけで首を横に振ると、ウィリアムはあからさまにガッカリしていた。
 一体何を期待していたというのか。

 しかし、ウィリアムはまだ諦めてはいなかったようで、彼はふと辺りを見渡し、傍に落ちていた一冊の本に手を伸ばした。タイトルは『死の国』、俺がウィリアムのカバンから見つけ出した本である。
 彼はその本をパラパラとめくり、あるページを開いて俺に見せてきた。
 そして、ある一つの単語を指差し、尋ねる。
「この名前に聞き覚えは?」
 俺が彼の指先に視線を向けると、そこには”Valensis”という名前が書かれていた。
 ヴァレンシス?
 まったく見覚えも聞き覚えも無いな。
 再度首を横に振ると、彼は「そっかぁ」と呟き肩を落としていた。
 何だか申し訳ない。


 さて、彼は気を取り直すようにふうと息を吐くと、俺が貸していた(?)ローブを丁寧に畳んで手渡してきた。
 俺はそれを受け取りつつ首を傾げると、ウィリアムは言う。
「ここに長居するのも君に迷惑が掛かるし悪いかなと思って。体力も戻ったし、出口を目指そうと思う」
 そう言いながら、彼は荷物をまとめ始める。
(……え?)
 いや待てそれは困る。というか俺もここに居るつもりはないぞ!
 しかし、その意思を伝えようにも方法がない。
 慌てる俺をしり目に、青年は言葉を続ける。
「それに、たぶんそろそろ”アフタニアの騎士団”がここに到着するはず。アンデットといえば聖魔法の使い手がやってくるはずだから、君もまた静かに眠ることができると思うよ」
 どこか穏やかな表情で答えるウィリアム。

 一つ言っていい? 何言ってんだお前マジで。
 静かに眠る、とは。
 つまりあれだよな、永遠の眠りって事だよな? 馬鹿じゃねえの?
 というか”アフタニアの騎士団”って何だ? 
 聞くからにヤバいというか、たぶんあれだよな、この世界の警察みたいな感じの連中だよな? 悪い事したら「スタアァァァァアアアップ!」って言いながら駆け寄ってくるどこぞのゲームの衛兵さんが思い浮かぶ。
 というか、ウィリアムの話からするに、そいつら絶対この墓地にいるゾンビ達を鎮圧するために来る感じだよな?
 じゃあ余裕で俺も討伐対象じゃね?
 ひいいぃ、まだ死にたくねぇ! 体は死んでるけど!
 ウィリアムの言葉に全力で首を横に振ると、彼は「どうしたの?」と、不思議そうに首を傾げていた。
 
 その様子を見て何となく察した。
 そうか、ウィリアムはこの墓地のゾンビ、ひいては俺が不本意に蘇ったと認識している訳か。
 まぁ確かに、他のゾンビは不本意で蘇ったのかもしれない(俺の所為(せい)で)。
 しかし俺は違うぞ! 死にたくないぞ俺はッ!
 俺は必死にそれを伝えようとボディランゲージで示す。
「え、えーと。どうしたの?」
 しかし、ウィリアムにはどうしても伝わらないようで、ウィリアムは首を傾げるばかりである。
 とにかく行かないでくれ、と彼の服を掴むと、彼は困った様に苦笑いを浮かべた。
「まさか、引き留めてる?」
 続けざまに言葉は話せないの? と問われたので、ゾンビ声で「はい」と答えたらビビられてしまった。

 違うんだ、引き留めるつもりはないんだ。
 ええと、マジでどうしよう。ここ一番の「どうしよう」だ。
 俺が困っていると、同じく困っていたウィリアムがポツリと呟く。

「何か伝えようとしてるのは解るんだけどねー……。君が文字でも書ければ手っ取り早いんだけど」

 それを聞いて、俺はウィリアムの全力で指差した。
 それだよ、その手があったよ。天才かよ。

 俺はすぐさま紙と木炭を手にとると、とりあえず『一緒に行きたい』とだけ書いて彼に献上した。
 その文字の書かれた紙を受け取った彼は、また驚いたように目を丸くしていた。