ダーク・ファンタジー小説

死 ( No.106 )
日時: 2017/02/16 17:45
名前: 茶色のブロック (ID: rCT1hmto)

 風で枯れ葉の鳴く季節。雲の無き晴天は寒い。
 いつもと同じ行動というのは、俺にとっては中学校へ徒歩で登校すること。手袋やマフラーは着けておらず、寒さに震えるばかりだ。
 勉強が出来るからといって、楽しいと感じる訳ではない。無駄な努力と有用な努力を判断出来るようになってしまえば、無駄な努力の多い勉強はいらない。
 大金持ちだったら良かったのに。
 俺の家族に愛があったら良かったのに。
 日々がつまらなかった。
「あーあ、空から少女が降って来ねぇかなー」
 この何気ない一言が、まさか現実になるなんて思っても見なかったが。
「……きゃあああああああああああ!」
 俺の目の前で何かが降ってきた。
 それはまるでバナナの皮で足が滑った時ような衝撃だ。
 学校の制服というより、軍隊的な制服を着た美少女が民家の塀から落下した。ある意味空だ。空中だ。
 髪の毛は狐の革のような橙色の長髪で、目はブルーベリーみたいな紫色の瞳をしている。
 そして、彼女はアスファルトの上でうつ伏せになって落下しきり、血の池が完成させられようとしている……。
「おーい、救急車呼ぼうか?」
 するとだ。彼女はむくりと起き上がり、地面の血を手でぺたぺたと触り始める。手が真っ赤に染まり、それを見た彼女は驚愕の表情で叫んだ!
「ケチャップですよ!」
 そうなのだ。実は地面の血と思われる液体はケチャップであった。
 地面に顔が落ちたら痛そうだな、そう思った俺が鞄からケチャップのボトルを取り出し、頭の落下地点に投げ込んだのである。
 彼女は俺を見て言った。
「あ、あああなたは私の命の恩人です! つ、つまり私はあなたの所有物その物になったと言って過言ではありません! どうぞ何なりとお申し付けくださいっ!」
 とか、
「すたっぷ細胞は本当にあるんです! これは嘘ではありませんですから!」
 とか。どちらに驚くべきなのか迷ってしまい、というか迷ってしまった時点で驚けなくなった。
「そうだろうそうだろう。俺は命の恩人だろう」
 俺がこれを言った理由。それは性格の問題であって、狂った訳ではない。
「恩人です!」
 彼女は犬か何かなのだろうか。
「俺の名前は羽沢七人(はねさわななと)という。お前は?」
「はい! ベノルリルです!」
 舌を噛みそうな名前だな。
「舌を噛みそうな名前だな」
「はい、そうなんです。私の名前を最初に叫ぶときは、べろるろる! というようになってしまうので、アニメ化したときは声優さんが大変なんです」
 そして意味も不明な名前であるということを知るのはネット検索をした後だった。
「なので、私のことは……その……リルと呼んでくだされば……嬉しいのですが……」
「分かった」
 俺は一応そう答えた。答えたからといってどうすれば良いのか分からないが。
 ところで、リルの必要性がいまいち理解し難い。
「リルは、さっきまで何をしてたんだ?」
「たまねぎ王子を始末する任務を遂行していました!」
「その次の任務はあったりするのか?」
「あれ? 私の正体を知りたいんじゃないんですか?」
「どうでもいい」
「実は私の正体は宇宙人なんですー!」
「いやどうでも良くない。けれど宇宙人だからってなんだってんだ? 染色体は四六本なんだろどうせ」
「宇宙の真実を省いてもそうなりますね」
「だったら良いじゃねぇか。で、次の任務は?」
「メイドゾンビの排除ですヨ!」
 直後、悪寒と同時に俺はリルに覆い被さった。
 荒々しい発砲音の連続と、背後を通りすぎる銃弾。
「キシャアアアアアアアアッ!!」
 発射元へ視線を向けると、皮と骨と、メイド服を着たメイドゾンビが、アサルトライフルの銃口を俺達へ向けていた。
「救世主様、知ってますか?」
「……」
「救世主様?」
「……え、俺?」
「歌は世界を救うんですよ!」
 するとリルは歌い始めた。
「上を向いて〜歩いて行こう〜涙がこぼれないように〜」
 なんと不思議なことなのだろう。メイドゾンビは上を向いて去っていってしまった。
 俺はきょとんとしながらも、ゆっくり立ち上がる。
「えーと、リルさ」
「はい、何か?」
「あり得ないくらい非現実的なんだが」
「そりゃあ非現実に遭遇したひとは死にますし、教科書に載っている歴史にこんなものはありませんですから」
「それで次の任務はやっぱりあるのか?」
「酒田久仁子の排除です!」
 人の排除までやるのか。
「その酒田久仁子が悪いことでもしたのか?」
「とにかく命令なんです!」
「排除するな」
「じゃあしません」
 どこが命令なのか、ということに突っ込みたくて仕方なかった。
「酒田久仁子は公園にいるらしいんですが、救世主様は行きますか?」
「俺?」
「きっと楽しいですよ」
 リルは柔らかに微笑む。
 だったら……行ってみようかな。
「ほら救世主様、新しい人生だと思っていきましょうよ」
「じゃ、行くよ」