ダーク・ファンタジー小説
- 物語 ( No.108 )
- 日時: 2017/02/16 17:54
- 名前: 茶色のブロック (ID: rCT1hmto)
鼻にくすぶるごみの臭いを感じ、俺は目を覚ました。
天井からごつごつと音が鳴り、異様だと知る。すぐに確かめるため二階の自室から一階の玄関まで歩き、外へ出た。
そのまんま、天井は雨のように降ってきたごみにより、ごみだらけになっていた。
「なんだよ……おいおい」
なんという神様のいたずらか、右手に神殺しの力が宿っていればすぐに神野郎を排除しているだろう。
ごろごろ……。
ごみどもが天井を転がって下に落ちていく。まさに掃除で死せといったちらかりっぷりだ。
ごにょりろごろりごろごろ……。
他にもお人形が転がった時のような音も聞こえ、ため息をつくしかない。いやまて、お人形にしては人型の大きさの音で、やわらかく、髪が固いものに擦った時の音も出ている。
寝ぼけた頭でも上から人が転がり降ってくる予感を感じ、俺はベランダの庭へ急ぎ足で向かった。
着くとすぐに上を向き、両手の平をかざす。
案の定、屋根から人が落ちてきた。
それは予想よりも軽く、力さえ入れれば枕の重さとも感じ取れる天使の羽のような女の子だった。
少しだけ俺よりも年上のお姉さんみたいで、見た目からして美形。じっとしていれば絵になりそうだ。
いつのまにかのごみどもに殺意を抱くが、それよりもこの女の子を家の中に運んだ。死んでいるというわけではなく、ただ眠っているだけで大してケガなどはない。
気になるのは服だ。なんというかすらりとした黒いドレスを着ていて、どこかの国のお偉いさんの娘にしか見えない。かなりの美人というのもあり、いやはや意表を突いてメイドさんだったりして。
と、リビングに着いてどこにおろそうかというときに、女の子はゆっくりと目を開いた。
「……あ、あ…………」
「……大丈夫か? どこか痛いところとかないか?」
「ここはどこですか?」
ごもっとも。
「俺の家だよ。うむ」
「そ、そんなあの私をどうしようと仰るのですか……!?」
すると、体を暴れさせるのはどうかと思ったのか、抵抗はしないでただ焦りだす。
「いやー……ほら、天から降ってきた使者というか、そういうことだ」
「ひ、拾うといっても一応人なのですから、それはさすがに汚いのではないでしょうか?」
「それは勘違いだ。突然俺の家の屋根からごみが降ってきて、同時にお前も居たんだ」
「え、え?」
女の子はかなり混乱しているようで、相手目線では理解しにくいらしい。
俺は女の子をカーペットの上に座らせ、正面に俺も座った。
「何があったんだ? 話してみろよ」
ここで俺も焦っては駄目だろう。ごみとかこの女の子に怒鳴るよりも、当たり前ながら汚れた体をしているこの子を心配するのが先なのだ。
「……られたのです」
蚊の鳴くような小さい声であったが、口の動きで大体何を言ったのかは分かった。言いたくないことを聞こえないように言うということは、そのまま言いたくないことだから小さいのだ。
見た目から、態度から、声から、導かれるのは『捨てられた』。ごみと一緒にという事実で、真実は捨てられたということ。
女の子はそれ以上自分のことを話す気はないようだ。
「あ、あの、夢前川(ゆめさきがわ)家の家具は知っていますか?」
「聞いたこともない」
「やっぱり、そ、そうですか……」
何故か女の子は傷ついてしまった。
「……すみません、お台所はどちらに」
「そこだけれどどうするってんだ?」
「少しだけ、お借りします」
女の子はゆっくりと立ち上がり、台所へ歩き出した。あの様子では何をしでかすかとにかく心配で、俺なりに気配を消して後ろを付いていった。
女の子は目的地に着くと、辺りを確認し始める。俺は女の子の視界に入らないように動き回りってやり過ごす。
すると女の子は台所から包丁を取り出し、一筋涙を流してから首に突き刺そうとした。
「やめろよ」
だが俺がすぐにその包丁を取り上げる。
「ひゃっ!?」
物凄く驚いてゴンッ! と腰を炊事場に腰を打ち付ける女の子。
「あうぅ……」
そしてうずくまり、行動らしきものはしなくなった。
また俺たちはカーペットに座って向き合い、俺は女の子へ話し掛けた。
「今何をしようとしてたとか聞かないからさ、名前を教えてくれよ」
「……あなたはなんというお名前なのですか?」
「口切畝由(くちきりせゆ)という名前だ。おかしいだろ?」
「畝由……あだ名はあるのですか?」
「あだ名ぁ? ああええと、幼なじみに禾奈刀美夜(のぎなとう みや)っていうやつがいて、せんちゃんって呼ばれてる」
「……私の名前は、一応ルシノーネと呼ばれていました。なのでルシノーネとお呼びください」
やっと名前を聞き出せたかと思うと、どう聞いても本名ではなさそうな名前が出てくる。
が、良く見れば女の子は外人に見えなくもない。万人受けする顔と表現すれば良いのか、絶妙なストライクゾーンを狙ってきやがる。
不気味といえば不気味な肌色の瞳に、茶色の長い髪。どこかで見たような気もするが、もしかしたら元祖様のような気もしなくもない。
俺の瞳が肌色になるのは遠い未来のはなしである。
「畝由様は……第一地球、第二地球などはご存じありませんでしょう?」
地球がふたつあることすら知りません。
「いや、地球は一つだろ」
「その、実は地球というのは複数あるのです」
「……」
ある、ということにしておこう。
「他の地球でも別に地球とは全く違っているわけではなくて、普通に日本語も外国語も同じようになっているのがほとんどです。だからこうしてお話しできるのです」
「……宇宙人さん?」
「……微妙ですが」
ルシノーネの話は続く。
「私の居た地球は科学力の進歩と、政治の緩さが特徴的です。人はクローン以外で人を作ることが可能になり、商品化を出来るようになっています」
「……」
「私は……これはメイド服なのですが、少しだけ高級な人造人間なのです。人造人間と申しましても、生殖機能も脳も心臓もきちんとあり、ただ老いにくいだけの『商品の人』です。頭は少しお馬鹿になるのは仕方がないのですが、お仕事くらいはやり遂げられます。注意致しても失敗が付き物ですが、そこは心の人『らしさ』で補助といいますか……。私はご主人様に忠を尽くし、努力してやって参りました。しかし、失敗ばかりだからでしょうね……用済みになって捨てられました。私自身には権利がありませんので、普通の粗大ごみでもいいといいますか……」
「あのさ」
「……なにでございましょうか?」
「その左手の親指以外の、爪が生えるはずの指の部分だけ切り落とされているのは、失敗したから罰みたいに切り落とされたのか」
ルシノーネは自分の左手に視線を落とした。
「これは、自業自得なのです。お金持ちのところで働かせて頂いたのですが、私のご主人様は富豪ゆえのお勉強へのストレス、身なりへのストレス、期待へのストレスが多少ございましたから。……変わるのですよね、人は」
「たかがストレスだろ。俺はストレスという言葉が大嫌いなんだ」
「どうしてですか?」
「ストレスというのは八つ当たりにしかならないものだからだ。俺は高校の学生だが、お偉いさんの事情なんざ分かりゃしないな。だがな、ストレスを作るか作らないかは自分で決まる。人生受け止め続けることがものをいうんだよ。それが出来なければ、俺はそいつを好きになることはない」
……。
……つい喋ってしまい、俺はやがて自分の頭に手を置いてしまった。
ルシノーネは黙って俺の目の中を見つめている。
「……ふふ、なんだか畝由様の中に吸い込まれた感じが、いえ、何かを奪われた感じが致します」
ルシノーネのくすぐったそうな笑い声が印象に残った。