ダーク・ファンタジー小説

優しい光 ( No.46 )
日時: 2016/09/24 09:25
名前: 茶色のブロック (ID: KnTYHrOf)

「良いから、部外者の女の子を連れてくるな」
「だから、こいつは人造人間なんだ!」
 俺の答えに嫌気を感じた目の前の三流教師は、俺の左腕に怯えてしがみついている少女に指を指した。
「この子のどこが人造人間だ!?」
 俺はそう言われて少女を見た。
 血の色のような鮮やかな長い赤髪に、太陽にかざせばさぞ綺麗であろう透き通ったルビーのような瞳。おそらくこの高校で一番に肌は白く、また美し過ぎて俺達は生徒に囲まれている。
 上履きを忘れてしまい、服屋で買った布をミシンで縫って出来た、俺の最高傑作の白いワイシャツと、膝下までの赤いスカートから下は靴下だけで、冷たそうに廊下に立っていた。
「おい三流教師! じゃあこれを見ろよ!」
「ひゃう!」
 俺はワイシャツのお腹辺りの部分をつかんで上げ、三流教師に見せる。
 へそが……無いのだ。
「ほら! もしこいつが人間ならへそがあるはずだろ!? だがない! これで分かっただろ!? こいつは俺が作ったんだ! 遺伝子操作なんてもんじゃねぇぞ、原子のゼロから細胞を造り上げ二年、そこから内臓血筋肉骨脳味噌を吐くのをこらえながら造り上げ四年、やっとやっと出来上がったたった一人のオリジナルの人間を完成させたんだッ! だから俺の所有物でありこいつに戸籍も人権もありゃしねぇんだよ!!」
「生守(なりす)君、君は何を言っているんだ!?」
「まだ分かんねぇか!? じゃあ良いだろう! こいつが人造人間だと証明するためにこいつの腕の皮を切り、俺が作った回復能力を見せてやる! およそ一分で完治し傷痕なんか残らねぇからな!?」
 ポケットからナイフを取りだし、少女の紅夜炉(くやろ)の左腕をつかんだ。紅夜炉はあまりの恐怖に涙をぼろっと流したが、俺は何も感じなかった。
「や、やめなさい!」
「というか預ける所がなくて連れてきただけなのに連れてくるなと言われればこいつが立派な人造人間の俺の所有物だと証明するしかねぇじゃねぇか!!」
「分かった分かった認める認める! 一緒に居て良いからそれを仕舞うんだ生守君」
「納得しねぇが仕舞ってやる」
 腕を離してやると、紅夜炉は安堵で床にへたりと座り込んでしまった。
 三流教師はなんとか落ち着いた猛牛を見るように俺を見ており、俺からすれば苛つくことこの上ない。
 騒ぎを起こさないのを約束させられてから、俺は紅夜炉を廊下のロッカーに入れて教室に入ろうと思う。
 紅夜炉はすっかり怯え、上目で俺を見て震えながら入れられていく。
 三流教師が止めに入った。
「何をしとるんだ!?」
「だから本当に人造人間なんだって! 人肉だけれど食えるし再生するし!」
「出してて良いから可哀想なことをしないでくれ!」




 それから、一時間目の英語が始まった。
 左端の俺の席の左に椅子に座った紅夜炉が居て、机の上のプリントを興味深そうに見ている。
 今日は単語テストだ。もう始まっている。
 ふ、馬鹿な三流教師め。紅夜炉の脳は電子辞書以上の性能を持っているというのに。
「紅夜炉、これの単語は?」
「thanks、absolute」
 すっかり安心して小声で教えてくれる。
 まあ、紅夜炉は人造人間でも人間だ。どろろのように死体を組み合わせたわけではなく、ゼロから造り上げて出来上がった人間。ならば人間の感情ももちろん俺は付けているし、趣味も付けている。
 これが2002年のことだ。ノーベル賞はいただきだね。




 そんなこんなで紅夜炉の大活躍の四時間のあと、昼休みがやって来た時は多くのクラスメートが紅夜炉の所に集まった。
「名前は!?」
「く、紅夜炉です……」
「歳は!?」
「一四です、よね、生守さん」
 生まれてゼロ年だがな。
「好きな食べ物は!?」
「カ、かにくりーむころっけ……」
 生まれたばっかで何も食えてないがな。
「嫌いな食べ物は!?」
「ありません、多分」
「どういうのがタイプ!?」
「男、ですか?えっと……優しい人……」
 と、好き勝手情報を与えてしまうことに勿体なさを感じながらも、紅夜炉の好きにやらせた。だが、昼休みは昼食の時間でもあるわけで、すぐにやめさせる。
「おら、食事だ食事」
 野郎共を手で追い払い、鞄から弁当を一箱出した。
 蓋を開け、玉子焼きを箸で切ってつまみ紅夜炉の口に近づける。
「あーん、だ」
「あ、あーん……」
 入れてやると紅夜炉はもぐもぐし、やがて咳き込む。
 まだ食べるのに慣れていないのだ。
 水筒をやり、お茶を飲ませる。だがそれも咳き込む。
 飲むのにも慣れていないのである。
 それを見ていると自慢するために作った人造人間が馬鹿らしくなっていって、これならこれを手に入れるために作れば良かったと思い始める。
 金持ちの家でも、家には家族がいない。いつも一人ぼっちでろくな人格にならず、使用人とも仲良く出来ずに嫌な関係。親にわがままを言って、未知の多い人間に興味を持ち研究をしてきた。
 もしかしたらその時、家族のいない生活があまりに寂しくて、妹が欲しかったのかもしれない。
「美味しいか?」
「甘すぎるように感じます……」
「ああ、それは敏感なやつの二倍敏感にした感覚にしてあるからだ。だから頭を撫でると胸と同じくらいの感覚かもしれない」
頭を撫でる。
「ふ、ふああ……」
 紅夜炉は両目をぎゅっとつむり、わずかに震えた。




 帰り道、紅夜炉は花を眺めていた。
 道の脇に生える野花である。
 雲は太陽を隠さず消えており。上では青い世界が広がっている。その太陽は大地に日光を注ぎ、野花に力を与えていた。
 何も手入れをされていないだろうに、人の作った町の世界でもしっかりと生きている。そこに力強さを感じずにはいられない。
 創造神は確か太陽を作ったのではなかったか。それで太陽が世界に光を届け、生の世界を成り立たせた。
 俺の隣の紅夜炉。案外俺達は人造人間なのかもしれないが、人造人間がオリジナルの人間を作れるはずかない。つまり俺は神なのだろう。そうか、俺は神だったのか……。
 例えば紅夜炉、君が太陽だとすれば、俺は君から元気をもらっている。
 君の存在が俺の成長になっている。
 紅夜炉はいつも、俺の側に居てくれたら良いのに。
「えっと、作ってくれてありがとうございました」
紅夜炉が喋る。
「お陰でわたし、色んなことを経験出来そうです……。もう嬉しくって……」
「……なでなで」
「く、くすぐったいです……」
 まあ、作って良かったと思えるのなら、これが正解だということか。