ダーク・ファンタジー小説

Divine Force 序章 ( No.1 )
日時: 2016/10/01 20:23
名前: 葉桜 來夢 ◆hNFvVpTAsY (ID: q9MLk5x4)


「……明日から夏休みか」

鳴り響くチャイムが放課後の訪れを告げる。
クラスメートが部活だ何だのに向かっている中、俺は窓際の席に座って空を眺めていた。
別に空を眺めるのが好きな訳じゃなかった。
俺は帰宅部で。
友達も数人しかいなかった。
クラスメートの、眩しい姿を直視できなかっただけだ。
だからこの言葉も、ただの独り言だった。
誰にも聞かれずに、ただ空気と塵になるだけの独り言だった。

別に教室に居残って何をするわけでもない。
さっさと家に帰って、どっさり大量に出された宿題を片付けてしまおうか。
俺はバッグを背負って、学校から出ることにした。

◆ ◆ ◆

「ただいまー……」
そう言いながら玄関のドアを開ける。
夏休み前日ということもあり、半日授業だったので両親は帰っていなかった。
「ん、悠那がいるのか」
玄関には妹の靴がきっちり揃えて置かれてあった。
俺は脱ぎ散らかすタイプなので少しは見習っておこう。
「あれ、お兄ちゃんもう帰ってきたんだ。おかえりー」
「ただいま。悠那はもう夏休みだっけか」
「今日からね。いっぱいお出掛けするぞーっと」

悠那は俺の妹である。
中学二年生の妹である。
成績優秀。性格は温厚—……俺とは正反対の妹である。
少し長めの髪を後ろで2つ結びにしている。
身長は低め(もっとも、コレを言うと激怒するのだが)。

「あー……悠那は元気でいいのう」
「なに老人ぶっちゃってるの。老人だからって別に労らないよ?」
「それ、全国の老人に怒られそうな台詞だな……」

俺が老人言葉で話すとそう返された。
老人どころか介護施設にも叱られそうである。
というかこの妹は、老人の座ろうとした席を横取りする様な奴だった。
性格が温厚というのは大嘘レベルである。訂正しておこう。
性格は「ハイエナの如し」。うん、バッチリだな。
俺は1人色々考えていたのだが、妹の声で現実に引き戻された。
「ちょっとお兄ちゃん、今超絶失礼なこと考えてなかった?」
「おお、すまない妹よ。どうして分かった?」
「うん、お兄ちゃんの顔に『妹はハイエナの如し』って書いてあった」
「兄妹だからってそんなに意思疎通出来るわけねぇだろ!エスパーかよ!」

妹は超能力者の如しだった。
真っ昼間からこのテンションで会話というのもなかなか凄い。
というか、場面切り替わっただけで雰囲気が変わり過ぎである。
さっきまでのシリアスムードを返せ。

「そうだ、お兄ちゃん」
「どうした悠那。さっきまでのシリアスムードを返せ」
「うん、それはお兄ちゃんとの会話が馬鹿げてるのが悪い。お兄ちゃんが悪い」
心の声が出てしまっただけなのにここまで言われなければならないのか。
この妹、戸惑いもせずに返しやがった。
恐るべし我がエスパー妹、悠那である。

「つーかさりげなく兄のせいにするんじゃない。ところで、何の用だ?」
「あ、そうそう。私今からお昼ご飯作ろうとしてたんだけど、お兄ちゃんも何か食べるかなって思って」
「それが本題ってことか。いつもはそんなこと言わないのにどうした?」
「だってお兄ちゃん、放っておくとインスタントラーメンで済ませるじゃん」
毎日カップヌードルばかり食べてる兄なんて見てられないよ、と。
物凄く優しい妹である。世界で1番優しいかもしれない。
二転三転して悪いが、性格はハイエナなんかじゃなく母性本能の塊だった。

「なんか悪いな。それじゃお言葉に甘えることにするよ」
俺があらんかぎりの感謝を込めてそう言うと。
「いいっていいって。代わりに夏休みの宿題教えてね」

悲しくもあるが、やっぱりハイエナだった。

Divine Force 序章 ( No.2 )
日時: 2016/10/10 09:03
名前: 葉桜 來夢 ◆hNFvVpTAsY (ID: q9MLk5x4)

そしてその日の夜。
今日はどちらも帰りが遅くなる、と両親から連絡が入った。
つまり、俺達兄妹は昼食も夕食も共に食べることになってしまったのである。
「お兄ちゃん」
「なんだ、妹よ。ハイエナ妹よ。」
「えっ、まだその話続けるの!?」
章が変わったんだからリセットしてよ、と悠那は頭を抱え込んで言った。
章が変わってもリセットなんかしてたまるか。
一生これで弄り続けていく所存だ。
「あのさお兄ちゃん、私のイメージがハイエナになっちゃうよ」
「実際問題ハイエナではないか」
「なんでそうなるのよ。読者の方々が勘違いしちゃうじゃん」
「やめろ。そんなその場の雰囲気でメタ発言をするな」
読者の方々、って。メタ過ぎるぞ。ハイエナならずハイメタだぞ。
つまりこれは高いレベルのメタ発言をしているという意味があってだな。
それをハイエナとかけてるのだ。
「お兄ちゃんうまいこと言おうとして失敗してるよ。何よハイメタって」
「ほっとけ。序盤のシリアスホントに何だったんだよ。返せよ」
「シリアスって言う程シリアスじゃないじゃん」
「お前言いたい放題だな!!」

ちなみにこれは夕食中の会話である。
お互いもぐもぐしながら喋っている。なんというかはしたない。
「それよりお兄ちゃん、味はどう?」
「あ?」
「あ?じゃないよ。折角可愛い妹が夕食まで作ってあげたんだから感想ぐらい言いなよ」
「お前今さりげなく自分のこと可愛いって言ったな」
「は?私は可愛いでしょ。読者の方々はきっと私の身長は158cmだと思ってるよ」
「それは俺が好きな女子の身長だぞ……なんで知ってるんだよ」
「お兄ちゃんのやってるゲームのチャット覗いた」
「お前なぁ!」
どうせ俺がトイレとかに行っている間に覗いたんだろ。
プライベートという単語が通用しない妹だった。
まったくもって恐ろしい。
ちなみに悠那の身長は四月時点で155cmである。
「ついでにアレな本を1冊いただいておいた」
「すみません勘弁してください」
なんて物を兄の部屋から調達しているのだ。
この妹、相当闇が深いと見られる。
「で、話を戻すけどお味はどうなの?」
「あ、あぁそうだな……普通に美味しいよ」
「何その感想。星2つ」
「感想を評価されても困る」
「★★☆☆☆☆☆☆☆☆」
「まさかの十段階評価ー!?」
あと!と?以外の記号を使うんじゃない、妹よ。
これはあくまで小説なのだ。
序盤だから雑談と何も変わらないのが悲しいがな。
「ま、でも美味しいなら良かった良かった」
「悠那料理も出来たんだな」
「ふふん、能ある鷹は爪を隠すだよ、お兄ちゃん」

悠那はそう言ってにっこりと笑った。
その笑顔はとても幸せそうで。
そんな妹の笑顔が俺は多分、大好きだった。

◆◆◆

「ふう……今日の勉強はここまでかな」
俺はそう言いながら、自室のベッドに寝転んだ。
夏休みがはじまったばかりだというのに、張り切って宿題をしてしまった。
まあ毎年そうなのだが。やはり後半は休みたい。

俺はベッドの上から、窓の外を見た。
綺麗な星空が、そこには広がっていた。
昼の空か夜の空か。
どちらもいいものだな、とロマンチックなことを考えてみたりした。
ここに悠那がいたら思いっきりツッコまれるだろうな、と思いつつ。

時刻は日付が変わる直前だった。
ボーン、ボーンと。
街のシンボルの時計塔が、新たな1日のはじまりを告げる。
その音に気を取られていたから、
その音を聴きながら微睡んだから、
俺はそれに気が付かなかった。
すぐ隣の妹の部屋から聴こえたであろう。
異変を知らせる物音に。


そして翌日。
俺の妹、悠那が俺の前から姿を消してしまった。

Divine Force 序盤 ( No.3 )
日時: 2016/10/09 22:15
名前: 葉桜 來夢 ◆hNFvVpTAsY (ID: q9MLk5x4)

妹の、悠那の、叫ぶ声が、助けを呼ぶ声が聞こえた。

「お兄ちゃん!
「ねえ、聞こえる!?
「助けて、ねえ、お兄ちゃん—」

悠那が何処かに行ってしまう。
俺は暗闇に向かって手を伸ばしていた。

瞬間、景色が切り替わる。
中世の王国のような、そんな街に俺はいた。
ゲームの中に出てくるような世界が眼前に広がっていた。
しかし、そこには誰もいない。人っ子1人見当たらない。
まるでそう、本当のゴーストタウン。
ここは、何処なんだ?
いや、それより悠那を捜さないと……
そう思って俺が走り出そうとすると、目の前に1人の少女がいることに気付いた。
さっきまで誰もいなかったのに、と俺は違和感を覚える。

少女はこちらを見ていた。
銀髪の、俺と同じぐらいの歳の少女だ。
俺は少女に話しかける。
俺は、少女に何かを話しかける。
自分が何故、これほどまでに焦っているのかを—


「……っ!」
嫌な夢から覚めた、そんな感覚がした。
俺はベッドからはね起きた。
見ると、体中から汗が噴き出していた。
うん、悪夢を見て汗が噴き出すことなんてあるのか。
てっきり都市伝説だと思っていた。
そしてこれもお決まり、夢の内容は砂のように脳内から抜け落ちていった。
「なんだってんだ、まったく」
時計は午前7時の表示だった。結構早起きしてしまったようだ。
俺は静まり返った家の中を、階段を軋ませながら階下に降りた。
「悠那、まだ起きてないのか」
部屋から物音もまったくしなかったし、まだぐっすりってところか。
まったく、俺に宿題全部押し付けてるからって余裕の構えが過ぎるだろう。
いや本当に自分で勉強しろよ。宿題ぐらいやれよ。
なんで俺が妹の宿題まで片付けなければならないのだ。
世界は本当に理不尽だらけである。
「にしても、静かだな……」
どうせやることも無いし、部屋に戻るとするか。
洗面所で顔を洗い(我が家の洗面所は1階にある)、俺は2階に戻った。
いつもは悠那が騒いでるから家がこんなに静かなことはないのだが。

ゴトッ。

「……ん?」
悠那の部屋から何か物音がした。
家の中は静まり返っていたから俺はそれに気付けた。
気付いてしまった。
しかし、その後に妹の部屋のドアノブを捻らなければ。
俺はこんなに取り乱すことはなかった。

「は……?」

◆◆◆

何が起こってるんだ。
俺は自室に戻り、思考を巡らせた。
悠那の部屋には、段ボールが沢山積まれていた。

それは俺の知ってる妹の部屋じゃない。
完全にそこは、物置と化していた。
誰が見ても、女の子の部屋とは言えないだろう。

母親が帰ってきた。
俺は必死に悠那のことを伝えた。
母は言った。
「何言ってるの。うちの子は正真正銘、翔君だけじゃない」
父も、同じ反応だった。
悠那のことを、忘れていた。

どうして、どうして、どうして……!
俺は頭を掻き毟った。
悠那が、世界でたった1人の妹が、俺の前から消えた。
俺の世界から消えてしまった。
それに気付いていたのは俺だけだった。
澤村悠那の存在を覚えていたのは。
この世界でたった1人、俺だけだった。

—神隠し。
いや、それ以上の何かを感じる。
歴史の改竄か何かか。
現実で、そんなことが起こるのか。

何故俺だけが妹を覚えていたのか。
何故俺だけが妹が消えたことに気が付けたのか。
ただ悩んで、ただ思考して、ただ時間は風のように過ぎて行った。
それが起こったのは夏休みだった。
それが起こったのは堕落した毎日の初日だった。

尋常じゃない事態が起きている。
悠那が写っている写真が、家に一つも無いのもさらに不安を加速させた。
何が起こってるんだ。
どうして、悠那が消えてしまったんだ?
そもそも澤村悠那は、この世界に存在していたのか……?

「君は間違っていないよ」

俺の部屋に突然、声が響いた。
勿論、俺のものではない。
誰か知らない、少女の声だ。

「君が、澤村翔君かな?」

俺が窓の方を振り向くと、そこに銀髪の少女が座っていた。
どこかで見たような、そんな少女だった。
「澤村悠那は確かにこの世界に存在してたよ」
「お前、どうして俺達の名前を知って……」
「詳しい話はあとで話すことにするね」
「あとって、どういう事だよ!」
俺は激昴したように大声を出す。
なら、俺は誰に怒っているのか。
この少女なのか。それとも。
「君が妹を救いたいのなら、私達はそれに繋がるヒントを知っているかもしれない」
「……!」
「今日の夜12時、この街の時計塔で待ってるね」

そう言って少女は目の前から掻き消えた。
まるで魔法のように。
「悠那を、助けられるのか……?」

俺はそんな、ただ空気と塵になるだけの独り言を発するだけだった。


序章 fin