ダーク・ファンタジー小説
- Re: シオンの彼方 ( No.3 )
- 日時: 2016/10/16 18:07
- 名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: /005aVGb)
#3
「……では、あなたは?」
男が人ではないことは、薄々考えていた。半信半疑だったが、少なくとも男は常人とは言えない。王城からここまで、男は私を担いで走ってきた。走った、というのも正確ではない。窓から飛び降りたような気もした、あれは確かに飛び降りていたのだから。
速すぎるのだ、ここまで来る時間が。異常なほどに。仮に城内で馬に乗っていたとしてもあり得ない。あれは、人の出せる速さではない。
「さあ。お前たちの、人間の言葉で言うのなら……“死神”というところか」
「——死神?」
ああ、と男は頷いた。その瞳は静かに凪いでいて、嘘を付いているようには見えなかった。もとよりそんなことは疑ってはいないけれど。
死神。たしかにそう、この人は死神なのだろう。不思議な色の瞳も、その手に持つものも。言われれば全てがそれを物語っている気がした。
「美しい刃ね」
その手に持つもの、則ち巨大な鎌。私の背丈を追い越すほどのそれは、よく磨かれた銀の刃を輝かせている。とても人の持つものではない。けれど男がそれを構えるだけで、人外の風格が漂う。
「死神というのなら……私は死ぬの?」
「いや——まだ死なない」
まだ。その言葉が、暗に死期は近いのだと伝えてくる。今すぐではない。きっと明日や明後日というわけでもない。けれどいつか、近い未来に死が訪れるのだと。
でもそれは、仕方がないのかもしれない。なんて、思ってしまう。自分でもどうしてこんなに諦められるのか分からない。
だけれど、ほんの少し前に誰も彼もを、亡くしてしまったから。あれほどまでに死はあっけなくて、唐突で、平等なものだと刻まれたから。私も、いつ死んでもおかしくないのだろう。
ただ、涙が出ないのは、どうしてだろうか。
「……追手だ。行くぞ」
気付けば、後方からは騒がしい怒声が聞こえる。にわかに担ぎ上げられたかと思うと、男は再び人外の速度で走りはじめた。まるで飛んでいるかのよう。後ろから飛ばされた火矢が、狙いを外しては辺りを燃やしていく。
炎が木を飲み込む光景が、一瞬だけ視界の端を過ぎる。あの木は、私が触れたことのあるものだったろうか。
頬を叩く夜風は刺さるように冷たい。春先だというのに、まるで空気さえも私を追っているかのようだった。
***
いつの間にか、森さえも抜けていた。王都の出口も近いかもしれない。それほどの間を、男と私は走っていた。
どこかも分からない、薄暗い田舎道。それでも道が整備されているから、おそらく王都の外れなのだろう。
今度こそ、本当に追っては来れないだろう。慣れない道どりを歩きながら、ぼんやりと考える。
宛もなく、歩いている。これから私は、どこへ向かうというのだろう。世界中で、きっともう本当に天涯孤独になってしまったというのに。
先を行く男以外、私が頼れるものは多分、どこにもない。そして私は、一人で生き抜くすべを知らない。
「私は、今死んではいけないの?」
ぽつりとこぼした言葉に、男は足を止めた。そしてゆっくりと振り返り、その瞳を細める。いつの間にやら、あの鎌は消えていた。
「あの城で俺はお前に、戻ったか、と聞いたな」
頷く。一つ、呼吸音。
「俺はあの時、お前を生き返らせた。だから傷が戻ったかと、そう訪ねた」
「生き、返らせた……?それではやっぱり、あの時私は斬られて、」
斬られて、殺されていたというのか。思わずお腹を抑える。けれどそこに傷は感じられなくて、背筋を寒いものが走った。
「人は、死ぬ日が決まっている。人に限らず、どんな生命でも。あの時、お前は死ぬはずではなかったんだ」
だから、生き返らせたのだと。男はそう言って再び歩きはじめた。
思考が追いつかない。混乱する頭で、ただ一つを問いかけた。
「……それで私は、どうすればいいと言うの」