ダーク・ファンタジー小説

Re: シオンの彼方 ( No.6 )
日時: 2017/11/19 16:22
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: horemYhG)


 
 
 #2
  
 「ねえ、あれは何?」
 
 喧騒と色に満ちた賑やかな朝市。進む道の奥、目を引かれて指差した先には、細かな装飾が施された羽根が吊るしてある。花嫁のドレスにつけるような純白のものではなくて、まるで野生の鷹の羽のように斑な羽根。けれど薄汚れているわけではなく、赤や黄のビーズ飾りがよく映えている。
 
「あれは……リコラスの羽根飾りだな」
 
「リコラス? おとぎ話の守護鳥のこと?」
 
 守護鳥リコラス、それはこの大陸に伝わるおとぎ話の中の鳥。彼が答えたことにまず驚きだけれど、死神さえも知っているのか、はたまたそれは当然なのか。 
 
 それは遥か古、天災ばかりのこの大陸に平穏と幸福をもたらしたという。今では幸福の象徴として、その意匠は様々な場所に見ることができる。
 
「その鳥の翼を模した羽根飾りだ。……幸運を呼ぶとかいう、人間のまじないの一種だろう」
 
 呆れのため息まじりにそんなことを言う彼は、まるでリコラスの羽根を信じていないようだった。守護鳥リコラスの幸運、確かにそれは人間の間だけでの話なのかもしれない。
 
「ああいうのは、きっとお守りなのよ。私もよく知らないけれど、幸運を願って身につけるもののはずよ」
 
 王城でも多くの羽根飾りを見て育った。でもそれは屋台の軒先に吊るしてあるものよりもっと立派で、ふわふわしていて純白だった。その飾りたちは幸運を呼ぶ、と呼ばれていたけれど。決して身につけて歩く気軽なものではなかった。
 
 あの立派な羽根よりも、この斑で小さな羽根の方が余程幸せを呼ぶ“お守り”らしい。
 
「素敵な羽根。王都の仰々しい飾りより、何倍も幸運を呼びそうだわ」
 
「おっ、嬉しいこと言ってくれるな嬢ちゃん! 一つ持ってけよ」
 
 威勢のいい商人の声。ちょうど羽根飾りの店の前、頭にバンダナを巻いた快活な笑顔に羽根を手渡された。手のひらの中の斑の羽根は意外にも精巧で、ビーズはキラキラと輝いている。
 
「ありがとう、頂くわおじ様」
 
「おうおう、良い旅を!」
 
 人混みであっという間に遠ざかってしまう声に礼をして、羽根飾りを空に掲げてみる。
 ああ、はじめて人から貰ったものだ。身分だとか祝だとか、そういう理由一切無く。ただの私が手にした初めてのもの。
 
 アルベルトは何も言わなかった。だから私も何も言わず、羽根飾りをローブの中の髪に挿す。これから彼に何を与えられても、それでもこの羽根飾りだけは純粋に私のもので、私だけが干渉しているものだ。そんなことを、思う。

「……先にその髪を何とかするか」
 
「え? ええ、そうね」
 
 急に呟くものだから、はたと見上げてしまう。その先にある視線はすでに前を見ていたけれど、彼は私が羽根飾りを髪に挿したのを見ていたのだろうか。
 
 私の髪。先端が炎で焦げて、血で汚れて見るも無残なその髪は、羽根飾りを着けるには少し無様だった。そのことを気にしながらも羽根を挿した、それでもやはり気になるから弄っていたのだけれど。
 
 もしかして、私のその仕草を気に止めたのだろうか。なんて、この男のことだから気のせいかもしれないが。
 
「ありがとう」
 
 一応、と告げた言葉に彼は何も答えなかった。それどころか振り返ることも、足を止めることもないのだから、やはり違ったのかもしれない。
 
***
 
 細かい路地に何度も入っては出て、大通りの喧騒が少し遠く聞こえる。目の前の背について歩く場所は薄暗く、本当に店などあるのか疑うほどの静けさだった。
 時々私達のようにローブを深く被った人影が通り過ぎるけれど、それもごく僅か。朝なのにぼんやりと灯るランプがどこか妖しく煌めいている。
 
「ここだ」
 
「……」
 
 彼が立ち止まった建物は、蔦の絡まる灰色をしていた。所々ひび割れているのに扉だけは黒く艶めいて、まるで訪れる人を拒むかのよう。
 
 そんなことはまるで気にせず、アルベルトの手は扉を数回ノックする。返事はない。けれど彼はそのままドアノブに手をかけて、扉は軋みながら開いていく。
 
 思わずごくりと喉を鳴らして、埃っぽく冷えた扉の中へ消えていく背を追いかけた。