ダーク・ファンタジー小説

Re: 滅びた世界に花を添えて ( No.1 )
日時: 2017/06/01 10:23
名前: はむ。 ◆H5CzBEem7. (ID: pyCNEaEv)

<プロローグ>

 泣いている女児がいた。4歳くらいだろうか。おぼつかない足取りで人の波にもまれ、弾き出されて此方に飛び出してくる。いたたまれなくなって、女児に話しかけた。

「……どうしたの」
「おかあ、さんがいなくて、いな、いなくて、なんか、いなくて」

 まともに喋れずしゃくりあげる彼女の瞳は、母親譲りなのか藍色をしていた。正直煩いのだがなぜか無視できなくて、手を引っ張り銅像の前まで連れて行く。4歳だったら大柄なその背丈より高い台座に座らせて、辺りを見回した。

「アッカ!」

 凛とした声が聞こえた。気の強そうな女性の顔が、近づいてくる。母親らしきその女性は、やはり藍色の瞳を持っていた。アッカとよばれた女児は、嬉しそうに台座の上で飛び跳ねる。それを見た彼女は顔を歪めた。

「やめなさい! 神の御前でそのような、」
「やめなくていい」

 怒鳴った彼女の言葉をさえぎり、驚いた女児を見て……我に返った。何をこんなにも熱くなって。もう、分かりきった事なのに。2メートルを超えるその銅像には、首から上が無かった。右側の羽が折れ、服の皺は擦り減り、赤い文字で落書きが書かれていた。

『神はいなくなった』

 これを書いた人。それを、自分は知っていた。記憶が頭を通り過ぎ、懐かしさと悲しみが湧き上がる。
 台座に歩み寄って女児を抱き上げ、女性は此方を見た。金と緑のオッドアイ。驚いたように藍色の目が丸くなり、気まずそうに目を伏せた。

「娘を、どうもありがとう」

 頭を深々と下げた女性は、思っていたよりも過酷な運命を送っているようだった。垂れた髪の隙間から見えたうなじには、売婦の娘、と書いてあるように見えた。踵を返し女児の手を引いていく。女児がこちらを振り返り、満面の笑みを見せた。
 自分が母親と一緒に過ごしていたのは、14の時までだ。今はもう、顔さえも覚えていない。それは哀しい事ではなく、よくあることだった。
 時をしっかりと掴みなさい。そういう前に、二人の姿は消えていた。でも、それでいいのだと気づいた。これからはもう母親の顔が分からない、なんて事は減っていく。
 いや、そう期待しなければならない。これからを作るのはアッカ、君たちだよ。もう2度と合わないであろうあの女児に、そっと心で呟いた。