ダーク・ファンタジー小説

Re: 滅びた世界に花を添えて ( No.2 )
日時: 2017/06/01 10:24
名前: はむ。 ◆H5CzBEem7. (ID: pyCNEaEv)

〈孤独な子供〉

XX年 ある商人の手記

——まともな文章が書けるのは、多分祖父の影響だ。一世紀と少しの時を過ごしてきた祖父には、沢山の事を教えてもらった。これには凄く助かっている。この日記を書けるのもそのおかげだ。今日は、だいぶボケてきた祖父から面白い話を聞いた。たぶん絵空事だとは思うが、書いておこうと思う。なぜって……。うまく伝えられない。でも、祖父の目が金色に光ったように輝いた。でもまぁそれは気のせいか。
 祖父はいつものように椅子に座っていた。不思議な話をし始めたのは、夕食の時だ。
「この国は、歪んでおる」
 そう呟いた。最初は老人がよく言う、「最近の若者は」というやつかと思った。聞き流すつもりで、祖父の顔を見る。祖父は、家を建てると政府から配られる、振り子時計を睨んでいた。
「昔、身分制度という物はなかった。少なくとも、今の様にスラム街の子供に、レンガを投げつける奴なんていなかった」
 そこからの話は、うまく書けない。なぜかって、祖父の話す一つ一つが大切に見えて、どこを省けばいいのか分からないからだ。だから、祖父の話をまる写ししようと思う。

 ……泣いて泣いて枯れ果てて、涙を流す気力さえも失って。文字通り干からびて、力なく歩き始める。その姿を見た町の人々は、「汚い」と言う。他人事だからこその偽善をふりまき「可哀想」と眉をひそめる者もいる。
 子供たちは、どの声にも心を動かさなかった。石を投げても物を与えても動じない目。期待も希望も無く、ただ切実に本能のままに生きる姿。人々は、まるで公衆の面前で丸裸に剥かれた様な気分になり、子供たちの住処の近くは視線を逸らして足早に立ち去った。そして夜になれば今日の事を思い出し、暖かい寝床で気持ちよく眠る自分を必死で正当化した。

 ここでで一度、分かるか、と僕の反応を確かめた。正直言って、そうは思わなかった。スラム街の孤児たちは『異端者』なのだから。ゴミと同然、と友達と瓶を投げつけた事もあった。その事を言うと、苦々しい顔で祖父はうなずいた。「だろうな」と、諦めたように肩をすくめた。

 流れる時の中で、子供と自分を比較する人は減っていった。身分の違い。そう称して、正当化する事を当たり前の事にした。「可哀想」と眉をひそめる人は居なくなり、物を与える人も減った。汚いと含み笑いをする物は増え、石を投げる者は日常になった。時には、わざわざ買ったレンガを投げつけ、どうにかして子供の首を折ろうとする者もいた。それが恥ずかしい事だとは、だれも思わなかったのだ。
 勿論子供たちはなんの反抗もしなかった。生きるための最低限の活動以外に体力を使うのは、無駄だと知っていた彼らたちは、ある意味一番賢かったのかもしれない。
——子供たちの祈りは、まだ叶わない。

 そういうと、僕をじろりと見つめた。その時だ、祖父が本当の事を言っているのではないかと思ったのは。……とはいえ、こんな夢物語のような事誰も信じない。信じられない真実は夢物語だ。しょうがないから、紙芝居屋のジョーにでも話してやろうか。確か、最近ネタが尽きてきたと言っていたな。



抹殺完了。手記の回収、『夢物語』の拡散の有無、共に確認済み。問題なし。
神の仰せのままに。

Re: 滅びた世界の存在証明 ( No.3 )
日時: 2017/05/23 12:46
名前: はむ。 ◆H5CzBEem7. (ID: 9rKDLQ3d)

〈失った子供〉

 その環境がいかに恵まれている物なのか、母親はいつも伝えてくれた。理解しようとしないバカ息子を見て、何を思ったのだろうか。
 あの日はやけに優しかった。外出する事を勧めて、時間まで指定した。でかけるときには、涙目でキスをした。それを嫌がった察しの悪い息子を見て、何を思ったのだろうか。あの時点で気づくべきだった。少年は何度でも後悔する。
 あの日家に帰ると、周りでざわめく野次馬たちが、溶けるように消えていった。含み笑いが、聞こえた気がした。つまりは、そういうことだ。そこで逃げることはできなかった。馬鹿で察しの悪い……愚かな少年は、何も感じ取る事が出来なかった。感じの悪い奴らだ、そう思いながら周囲を睨み家に入る。好奇の視線は、前々から向けられていた。

 ……鉄の臭いがした。半開きのドアに、遠慮なく画鋲がねじ込まれている。挟まった紙の端には赤黒い何かが付いていて、そこで察した。あぁ、あぁ。あぁ、もう全て終わった。中で何が起こったのか分かってもなお、足を止めない。もはや意地だった。涙が頬を伝って、自分の嗚咽がやかましく響く。乱暴に破られた紙には、機械が書いたように整頓された文字。でもそれは人の書いた物だった。あいつらは、殺した人間の血でメッセージを書く。それはまるで遺された者を嘲笑うかのように。

『 神 の 仰 せ の ま ま に 』

 そこには、想像よりも遥かに酷い惨状が広がっていた。驚いたことに、涙が引いて何故か冷静だった。
 壁に塗りたくられた紅色。羽虫が群がる赤黒い何か。傷だらけの手足には、蠢く白い何かがびっしりと張り付いていた。踏み出した足に潰された、銀色のリングがはめられた指。そこで行われたであろう行動と母親の悲鳴が脳内で反響した。ビクン。残っている肉片で一番大きい本体が、少しだけ震えた。首は、もう付いていないというのに。

「お母さん!?」

 近寄ろうとして、まだ固まっていない床の血で滑って。母親の血でまみれて、仰向けに倒れた。振動で羽虫が舞う。顔の横に転がる肉片を見て、あろうことか微かに笑みが零れる。
 いつも母親が使っていた姿鏡が視界に入り、自分の笑いをじぃ、とみつめる。貼りつけた様な歪な微笑み。機械の書いた文字よりも、無機質で生きていない嗤い。家の周りで此方を窺っていた、卑劣で臆病なあいつらのようだ。なぜ、なんで自分はあいつらと同じように。心臓が止まったような気がした。時も止まる。

——母親と同じ、ガラス玉のような翡翠の瞳が、暗い濃紺色に変わっていた。

 いったいどこで。これじゃあまるで、「普遍色」みたいじゃないか。浮かんだ笑みが嘘のように、引いた涙がもう一度。濃紺の瞳から流れた。まるで、張りつめていた糸がたわんでしまったように。いつの間にか変わったそれの色は、赤黒く咲いた花に良く似合う色だと思った。細い息が漏れだす。あぁ。

あぁ……ああ、あぁ。おかあさん。お母さん。オカアサン。おかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんもういちどめをああけてはなそうよほほえんでぼくにきすをしてばかでさっしがわるいけどそれでもあなたのきもちがぼくにはいたいほどつたわった。
——糸はまだ切れていない、ただたわんでしまっただけ。
 花は散れどまた咲いて、根を張り地を這い生き延びていく。願わくば、花のように美しく。

Re: 【滅びた世界の存在証明】 ( No.4 )
日時: 2017/06/01 10:19
名前: はむ。 ◆H5CzBEem7. (ID: pyCNEaEv)

〈色の付いた子供〉

「君はさ」
「何、馬鹿にしないで」
「失礼だな、馬鹿にする前提やめようよ。君は……とても綺麗な色をしている」

 やめて、と耳を塞いだと思う。ヒステリックに叫んだと思う。丁度空が茜色に塗り潰されていた。上手い事でも言ったつもりか、と体が重くなった。自分は泥の塊だ。……そんな風に、思った。いつまでも付き纏う自分の「色」が嫌いだった。皆と違うのはたったそこだけ。そこだけなのに、人々は過敏に反応する。コイツも同じかと思うと、とっくに諦めていたはずなのに哀しくなった。
 気遣うかのように優しく、頭に手が置かれた。ずん、と重い。その手にすがりたくなってしまって、また頼りたくなってしまって、柔らかくほどけた決意を無理に結びなおした。もう信じない。この手は汚い。周囲の奴らと一緒。駄目だ。ダメだ、泣くな馬鹿。

「ごめんね。ごめん、うまく伝わらない。きっと君はさ、すごくつらい思いをしてきたんだろうね。僕には想像がつかないくらいに、酷くて思い出したくもないような気持ちを味わったんだろ。だから僕が伝えた言葉は、不適切だ。」

 つっかえながら、面倒くさい理屈を述べる少年は、どこからどう見ても格好悪かった。焦ってたし、慌ててたし。それでも私は……。

「でも、理解してほしくて。あのね、僕は本当に好きなんだ。君が好き……あっ、も、勿論友達としてね?! えっと、あ、何が言いたいのかというと」

 ああ。私はこれを求めてたんだ。この人を探して迷いながら迷っていたんだ。体を縛っていた縄がほどけるように、何かが弾けた。心の底から嬉しい。きっとこの明るい気持にも、いつか闇が溶けてくるのだろう。それでも今は、この人と笑っていたかった。振り返って彼の顔を見つめる。頼りなさそうだし、鳶色の目はせわしなく動いて落ち着きがない。戸惑ったように首をかしげた。そんなところもまた好きだ。

「な、何かな」
「私も好きだよ、君の事」
「えっ! あ、友達としてかな。そうだよね、僕も嬉し」
「んー、ちょっと違くて、ちょっと同じ意味かな。好きだよ」

 彼を翻弄させるのが面白くなって、そのまま答えは教えない。口を開けたまま固まった彼をおいて歩きだした。茜色、良いじゃないか。夕焼けが他の色を飲み込む。後ろから追いかけてくる足音がした。





 そして今、警戒する私に全く同じ言葉をかけてくる少年がいた。

「君の色はすごく綺麗だ」

 ねえ、どう思う。冷静な彼に尋ねたかった。疲れた様で諦めた様で。複雑な笑顔に何が隠れているか分からない。ここは「異端者」の場所。居場所じゃない、生きているだけ。冷たい視線を少年に向けた。

「ついてきて」

 手を差し伸べる時、なんて言えばいいのだろうか。背後を歩かせるほど気を許すわけではなく、だからと言って見捨てるわけでもなく。またひとつの色が鮮やかに映し出される。
 でも大丈夫、きっとだいじょうぶ。夕焼けの茜色は最強だから。全ての色を染め上げる。

——肩に、手が置かれた。それは泥の様に重かった。

Re: 【滅びた世界の存在証明】 ( No.5 )
日時: 2017/05/24 11:55
名前: はむ。 ◆H5CzBEem7. (ID: 9rKDLQ3d)

〈睨み合う子供〉

 その日、集合した仲間の中に新しい子供がやってきた。その隣には、よく知ってる茜色の瞳。子供……といっても僕よりも大きく、年上だろうな、と感じた。20数人の遠慮ない視線を集中して浴びて、目を合わせないためにか真顔で下を向いている。でも、子供たちは敏感に反応した。「こいつは、普遍色だ」と。 
 普遍色——つまり黒や、黒に近い瞳をもつ者——の全てが、黒から遠い色の瞳をもつ「異端者」と敵対関係にあるわけではない。だから、この濃紺色の瞳も、本当に僕らの仲間になるのかもしれない。
 鼓動が速くなる自分の心臓をなだめようと、精一杯の理屈を考える。でも、他の奴らとは違って、どうしても目の前で立っている少年を信用する事が出来なかった。深いふかい闇がその奥に隠れているような気がして、危険だと本能が告げていた。僕の本能がどれだけ正確で、役に立つ事を言っているのかは分からない。だから、証拠が無いといわれてしまったら何も言い返せない。
 嫌になるくらい、僕は冷静に思考していた。怒ったり泣いたり笑ったり、感情の表現は最低限しか行わない。此処で生きていくために考え抜いた結果だが、、幼い頃は愚鈍で馬鹿で、そんな事も分からなかった。自分で自分が情けない。蘇った記憶の中で人々が見下し、嗤っている。そいつらと目の前の少年が同じ色の瞳をしている事に気付いて、気分が悪くなった。

「いいじゃん。彼はいい人だよ。ねぇ、仲間にしようよ」

 茜色の瞳をくるくるさせて、ついでに体もくるくる回しながら明るく声を発する少女に、他の仲間も納得した様だった。……そう、どこまでも底抜けに明るくて真っ直ぐな彼女は、何故かとても人を見る目がある。新しくこの界隈にやってきた子供たちを選別し、仲間として引き入れるのは彼女の役割。僕も、数年前に拾われたのだ。
無表情で死んだように静かなこの中で、茜色の瞳だけがいつも楽しそうに輝いている。人望もあり、確かな実力もあり。でも僕は、その笑顔を見ても少年を引き入れることに賛成なんてできなかった。
 どうしても気に入らない。少年を睨むとちょうど目があって、それとなく視線を逸らした。あの瞳を直視する事も出来ないような臆病者の僕。自分の気弱な態度も気に入らない。全部気に入らない。そんな考えを見抜いたように、肩に手がのった。見上げると、漆黒の瞳が諭すように此方を見つめる。周囲がざわめいた。
 ……そう、漆黒の瞳。女性らしく艶めいた長い髪。骨と皮だけ、というような華奢な体。諭すように僕を見つめた人こそ、今集まっている仲間たちの長だった。

「彼は……私が預かるわ」

 乾いて平坦な声。少年に視線を流すと、そのまま踵を返す。戸惑った様に濃紺の瞳を泳がせる少年。その様子に苛立って、口から言葉が零れた。

「行けよ」

 微かに少年が頷き、ゆっくりと走りだす。その様子を眺めながら、まだ少年の名を知らなかったなとぼんやり思った。
——少年への反感は、その背中が消えるまで忘れ去っていた。まるで、魔法にかけられたように。

Re: 【滅びた世界の存在証明】 ( No.6 )
日時: 2017/05/25 15:33
名前: はむ。 ◆H5CzBEem7. (ID: XLtAKk9M)

〈眺める子供〉

 腰まである黒髪が、歩くたびに揺れている。何も言えずにその後ろをついていった。建物の間、細い路地を通って町の方に歩いて行くようだった。此処にたどり着くまでの道中を思い出す。これといった苦労はなかった。あったのは、諦めだけ。俯き、前に視線を向けると黒髪が消えていた。

「えっ……」
「こっちよ」

 声が、上から降ってくる。薄汚れた白い建物の屋根の上。そこに、いつの間にか黒髪の少女は立っていた。周りと比べると高い建物。母親と住んでいた町にあった教会によく似ていた。慌てて駆け寄る。少女が指さしたところに、今にも壊れそうな梯子がかかっていた。足をのせるとぎしっと音がする。早くしろとでも言いたげな視線を向けられて、渋々上へあがった。急な傾斜がつけられた屋根は、とても立ちづらい。平気な顔をしている少女は、きっと慣れているんだろう。不意に話しかけられた。

「此処に貴方を登らせた理由は分かっている?」

 分からない。首を横に振った。彼女は無表情のまま、また喋り出す。

「今貴方の足を払えば、殺す事が出来るからよ」

 血の気が引いた。確かに、慣れていない俺はすぐに転落してしまう。体格では劣っている彼女でも殺すのはたやすいことだろう。バランスを崩す自分が脳裏に浮かぶ。体温が下がって、何も感じていない様な顔が怖くなった。

「……殺すのか」
「いいえ。今はしない。名を教えて」

 自分の声は震えているのに、少女の声は動じていない。風に黒髪がなびいた。何の反抗も出来ずに自分の名を呟く。

「そう。親は?」
「殺された」

 目があった。蛇に睨まれた蛙。そんな言葉を思い出した。この漆黒の瞳に睨まれると、嘘がつけない。そんな気がした。

「この世界の中心は、あの黄金の塔。サンクチュール域の丁度真ん中にある。あれが崩れた時が、」

————?

 問われて、強く頷いた。その行動が意味する事を噛み締めるように、強く。指にはめた銀のリングも、頷くように温かくなった。彼女が近付いてきて、思わず足がすくむ。
 ふ、と微かに彼女が笑った。そのまま、屋根から飛び降りる。宙で1回転して、華麗に着地。満面の笑みをこぼして、背中を向けた。慌ててあとに続き、梯子を下りる。一瞬だけ見せた笑顔はとてもかわいらしくて、年相応の少女らしさを醸し出していた。黒猫みたいだ。そっけなくて、残酷で、時にとても愛らしい。