ダーク・ファンタジー小説
- 001 ( No.40 )
- 日時: 2017/11/04 21:24
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: sb4c5jj4)
きっと十年後、後悔するよ。と、あの日朝比奈さんに言われたけれど私はそれでも構わないと言った。崩壊した私の家を見つめる朝比奈さんは、小さな小さな私をぎゅっと抱きしめると同時に、大粒の涙をその綺麗な瞳からこぼした。
□ □ □
「和幸さん! 和幸さーん。どこに行ったんですか、何やってるんですか、さっさと出て来いこのバカがっ」
大きなお屋敷に一際響く少女の声。ドタバタと階段から降りてきた少女はすごい剣幕で男の名前を叫んでいた。
咄嗟に俺の近くにいた中性的な男性がびくっと体を震わせて真っ青な顔で俺の後ろに隠れた。男性の持っていた資料がぱらぱら落ち、おまけに少女が気付いてこちらにやってきた。相も変わらずすごい形相だ。
ずんずんと足音がこちらに近づくたびに大きくなる。俺の後ろに隠れた男性はもうパニックで、俺の服の端をつかんで離してはくれそうにない。
小さな声で大丈夫ですか、と尋ねると男性は大丈夫じゃない死ぬ、ともうこの世の終わりみたいな声と顔で答えた。俺は今日一番のため息をついて俺のもとにやってきた少女の対応をした。
「おはようございます。真尋様」
少女、朝比奈真尋は俺をちらりと見た後に、すぐに人差し指を一本出して俺の後ろに隠れる男性に向けた。そしていつも以上に低い声で俺に話しかけた。
「おはよう、浩輔。そこの後ろに隠れているバカを早く出して」
「真尋様、今日は天気がいいですね。お洗濯日和ですよ、日曜日なので折角です。一緒に布団でも干しましょう」
「話を変えないでよ、このバカが。誰があんたなんかと一緒に洗濯なんかするか、勝手にやってろ。私はそこの和幸さんに用があるの」
真尋は今日も不機嫌だ。別にいつものことだから俺にとっては日常なのだが、今日は俺の後ろでまだびくついているこの男、朝比奈和幸さんにとっては非常に恐ろしい日みたいだ。
和幸さんはようやく俺の後ろから出てきたかと思うと、真尋に勢いよく土下座をかまし「申し訳ありませんっ」と大きな声で謝罪をしていた。何事だと思い、真尋に何があったか尋ねてみると、だれがお前なんかに教えるかこのバーカと返された。相変わらずボキャブラリー少ないなと思いながら、俺は和幸さんが落とした資料を拾い集めて彼に渡した。
「本当、和幸さんは真尋様に頭が上がりませんよね。何をやらかしたんです」
「……へ、あぁ、真尋ちゃんはね、ほんとうね、はは」
真尋が自分の部屋に戻った後に和幸さんに尋ねてみると、もう壊れてしまったのか彼の唇は尋常になく震えていた。
俺が真尋に拾われた時から和幸さんは真尋には甘かったけれど、こんなにも弱弱しかったっけ。目に涙を浮かべる和幸さんに俺はティッシュを渡して、その場を去った。
角を曲がると、そこには真尋が仁王立ちで俺のことを待っていた。
「和幸さん泣かせて、真尋様もさぞお喜びでしょうね。本当どうしようもないクズなんですから」
俺が呆れたようにそう言うと、真尋は罵倒されたにもかかわらず笑った。
あの時と変わらない反吐の出るような気味の悪い笑み。真尋は俺の足をぎゅーっと踏みつけて楽しそうな声音でいつものようにこういうのだ。
「そんなクズに飼われている奴隷のくせに、相変わらず生意気ね。こうちゃん」
語尾に可愛くハートマークの付いたようなその言葉に、俺の背筋は凍りつく。あの日と同じ、俺を奴隷と言った彼女は今日も元気に生きている。俺と一緒に生きている。
俺は今日もこの子を殺したくて殺したくて仕方がないのに、それなのに真尋は俺のことを今日も大事に愛してくれる。奴隷として、俺を一生出れない檻に閉じ込めて、愛してくれるのだ。
頼むから早く死んでほしい。俺たちは互いに愛という汚らわしいものに関わり合いなんて持ちたくなかったのだ。