ダーク・ファンタジー小説

002 ( No.41 )
日時: 2017/11/07 17:31
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: /48JlrDe)

 七年位前のことだろうか。その日は二分の一成人式の日だった。小学四年生の俺はごく普通の一般的なただのガキで、まだ何も知らないよわっちいガキだった。
 家に帰った途端に、その異変に気付いた。家の周りにたくさんいるメディアの存在だ。ランドセルを背負った俺を見つけるなり、大量の大人どもが一斉に俺にマイクを突き付けた。カメラがカシャカシャ音を立て、フラッシュで目がくらんだ。「殺人犯の息子の気持ちは」と、どこからともなく聞こえたその最悪な質問に無知な俺は口をつぐむことしかできなかった。


     □ □ □


 真尋は今日もよく寝ている。朝が苦手な俺のご主人様の真尋は、俺が毎日朝の七時に起こしにいかないと絶対に起きてはこない。例え起こしたとしても寝起きの機嫌が相当悪いために逆切れをかまされるし、起こさなければ「死ね」と平気で暴言を吐いてくるのだ。理不尽な彼女の奴隷になって早七年が経とうとしている。今日も変わらず俺たちは一緒にどうしようもなく最悪な自分たちの世界でヒーローとヒロインを演じている。


「真尋様、朝食のお時間です。早く起きてくださいませ」

 俺の言葉に真尋はうーんと小さな声でうなりながら俺の目に向かって拳を突き付けてきた。目は閉じたままなのに俺の急所を狙うとは本当に天才だなと思いつつ、俺は真尋が起きようとする意志を見せないために布団をめくり上げた。
 真尋は和幸さんに誕生日にもらったというかわいらしいピンク色の花柄のパジャマで下布団にしがみついたまま「あと五分」と寝言もどきな発言をし始めた。露わになる真尋の白く細い脚に何の興味も持てないが、俺は健全な男子高校生であると心の中で言い聞かせながら、真尋の体を揺らした。

「起きてくださいませー」
「うるさいなー。起きるわよ、起きる。あんたうるさい。本当うるさい」

 俺の顔面をばしーんと叩いた真尋お嬢様はゆっくりとクイーンサイズのベッドから降りて俺の足をまた蹴りやがった。
 「飯」と一言呟くように言った彼女に俺は「はい、はい」と返事を返す。その返事が気に入らなかったのか真尋はまた俺の足を蹴った。奴隷はもっと奴隷らしくしていろ、ってことなんだろう。
 あぁ、殺したいな。心の中で彼女に、あの日突き付けられなかった包丁を突きつけた。

 リビングに降りていくと、もうそこには和幸さんの姿があった。新聞を読んでいる彼は、少しばかり眠いのか大きな欠伸をしていた。俺たちに気付いたのか、すぐに「おはよう」とにっこりと微笑んで言ってくれたが、真尋はまた完全無視だ。

「おはようございます、和幸さん。……真尋様も挨拶してはいかがでしょう」
「私が、和幸さんに、挨拶しなきゃいけない理由は? 二十文字以内で簡潔にまとめてきてね、私はしたくないからしない」

 真尋は昨日の一件から和幸さんと折り合いが悪いのか、彼にはこういう態度をとっている。どうしてかと聞いても、真尋は「知るか、バカ」の一点張りだし、かと言って和幸さんに尋ねてみたとしても笑ってごまかされるだけだ。
 昔から和幸さんと真尋は仲がいいのか悪いのかわからない。誕生日にプレゼントをもらった時なんかすごく喜んで、今日も着ていたパジャマのように愛用するほど真尋は和幸さんのことを大切に思っているはずなのに、どうしてこんなに仲が悪いのだか。俺はこの二人の関係をよく知らない。真尋に拾われた、という事実だけ、俺にはそれだけで十分だったから。だから真尋に何か聞くことはしなかった。

「ははは、浩輔くん。大丈夫だよ、真尋ちゃんを怒らしちゃったのは僕だからね」

 和幸さんの相変わらずの真尋の甘やかしっぷりに、俺は深ーいため息を一つついてキッチンに向かった。朝食はまだかと言わんばかりに俺のことを睨み付ける真尋にうんざりしたからだ。
 いつものように、お湯を沸かして豆を挽く。和幸さんは朝はいつもトーストとコーヒーだ。大人の男の人という感じがしてとても格好いいなという話を前に真尋にしたのだが「こうすけきゅんはコーヒーも飲めないんでちゅか?」と割と本気で俺を怒らせたので、その話はそれっきりだ。
 真尋はどちらかといえば和食はの人間で、朝ご飯には「米」を欲する。味噌汁にもうるさいものだから、お前は小姑かと時々突っ込みたくなるのを我慢している。正直な話、真尋はあんな性格であんな糞みたいな奴だが、生物学上は「女」なのである。だから朝はお前が作ってみたら、という話もしたことがあるのだが、彼女は絶対に料理はしないと言い張っていた。彼女のことだからきっとなにかしらの理由があるのだろうが、俺にとってはどうでもいい話だった。
 
 別に、真尋がどんな人間だろうと、俺がこの糞みたいな女の奴隷という事実は絶対に変わらないからだ。