ダーク・ファンタジー小説

003 ( No.42 )
日時: 2017/11/13 10:49
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: xV3zxjLd)

 朝食が済んで、俺が片づけをしていた頃に真尋が制服に着替えて話しかけてきた。今日も今日とて彼女は不機嫌そうな顔で口をつんと尖らせる。別にわざとやっているわけでもないだろう。きっとそれが彼女の通常系なのだ。
 
「ねーねー浩輔。まだ終わらないのー? はやくー」

 もう真尋は支度が済んでいるために、俺の行動をせかし始めた。なら、少しは手伝ったらどうだ、と普通の家庭ならそんな会話になるだろうが俺たちはそうはならなかった。
 わかりました。と俺が折れて終わりだ。食べ終わった食器を流しに持って行って俺は一旦部屋に着替えに戻った。
 俺の部屋は真尋よりは小さい部屋ではあるが、このお屋敷のようなどでかい家に見合った大きさだ。無駄に広いこの部屋でひとりいるのは退屈で、大体はリビングで掃除や真尋の相手をしているのだが、寝るときと着替える時ばかりはこの部屋を使わなければならない。
 
「なんでこんな、大きい屋敷に一人住もうと思ったんだか」
 
 俺はハンガーにかけてあった制服を着て、昨日の夜に準備してあった鞄を手に持ち一回に下りて行った。
 階段を下りている最中に和幸さんが重たそうな資料を運んでいたために手伝って部屋にまで持って行ってあげたら、もう家を出ないといけない時間が迫っていた。
 まだ洗い物終わってないのに、やばいぞこれ。
 頭の中でパニックに陥っていると、階段の下に真尋がまた仁王立ちして立ちはだかっていた。

「真尋様、すごい邪魔です。俺まだ洗い物残っているんで、そんなに遅刻がお怖いならお先に家を出られても全然大丈夫なんですが」
「洗い物なら、この私がしてあげてる。やさしいやさしい真尋様があんたのために洗い物をしてあげたのよ。感謝しなさい、そこで土下座」

 は? と思って真尋を見つめるが、どうだすごいだろうと何とも言えないドヤ顔で微笑む彼女には嘘偽りはなさそうだ。
 言い方はあれだが、俺のためにやってくれたために一応感謝の気持ちだけは伝えないとと思って俺は口を動かす。

「ありがとうございます。真尋様が「洗い物」なんてできるなんて俺、全然知りませんでした。すごくびっくりです。お偉いですね、真尋様」

 あ。やばい、嫌味になってないかこれ。
 自分で言っておきながら、失礼な話だが正直心の中では共同生活をする以上それくらい当然だろうと思う心もあるわけで。
 根っからのお嬢様だったわけでもない彼女に洗い物ができないわけがないことを知っているからこそ、俺の言葉はそういう嫌味な方向に変化するのだと思う。

「洗い物くらい、小さいころからやってるわよ」

 そういって目を逸らした真尋は、また一段と不機嫌になって喋らなくなった。



     □ □ □

 無事にいつもの時間にバスに乗って俺たちは学校に向かった。
 高校二年生の俺は真尋と同じ学校に通っている。何となくだが真尋はお嬢様学校にでも進むものだとばかり思っていたから、中学三年になって俺と同じ高校に行きたいと言い出した時は和幸さんと一緒に正気か、という風に彼女を問い詰めてしまった。
 別に普通に暮らしたいんだ、私は。そう言い放った彼女に他意はなかったのだろうか。普通に暮らしたいならどうして今の暮らしを続けているのか、それを問いたくても、禁句だと俺も和幸さんもわかっているからなかなか口には出せない。

「あ。あれって真尋ちゃんじゃない?」
「うそ、どこどこ、おぉ朝比奈兄妹揃ってんじゃん。相変わらず美男美女ー」

 聞こえてきた声の主は、俺たちと同じ高校の人間だった。
 真尋にも聞こえているだろうに完全無視だ。彼女は関心を持つ、ということができないのだろうか。

「真尋様、同じ学校の人がおります。どうしますか」
「無言で通しなさいよ。私たちの関係が始まるのは学校の校門をくぐってから」
「……はい、かしこまりました」

 真尋はそれっきり、学校につくまでの間一言もしゃべらなかった。
 けど、それは反動なのであるとこれまでの七年という付き合いの中でわかってきた。学校の校門をくぐった途端、彼女は異常なほど可愛らしい笑顔で俺に笑いかけるのだ。

「お兄ちゃん、今日もいい天気だね」

 それが俺たちの関係の始まりの合図だ。彼女の兄という隠したかったそれは、俺たちには必要もないただのお遊びに過ぎないのに。