ダーク・ファンタジー小説
- 006 ( No.45 )
- 日時: 2017/11/26 20:48
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: /48JlrDe)
朝比奈真尋は何を考えているかわからない。というかわかりたくないのだろう。
真尋は女としてはどちらかといえばきれいな容姿だった。整った顔のパーツに身長は小柄で百五十センチもないが、スタイルは良かった。同じ学校に通ったのは高校が初めてだが、真尋の噂は中学の時から聞こえてきていた。
誰にでも分け隔てなく優しく、笑顔がとても愛らしい。勉強もスポーツもできて、それなのに驕ったりもせず、謙虚な性格。そう人にイメージ付けて彼女は当然のごとく生きている。
本当の性格は毒舌ですこぶる性格が悪いのに。そんなこと誰も信じてはくれない、それほどに彼女は最低最悪な「猫かぶり」なのであった。
「どうしたの、お兄ちゃん」
にこりと俺に微笑んだ真尋に思わず俺は真顔になってしまう。けれどすぐにその作り物の笑顔が険しくなっていった。
ちゃんと演じろ。真尋の心の声が聞こえたような気がした。
「ん。なんでもないよ」
真尋と俺は「兄妹」という設定である。というか、戸籍上は既に兄妹なのだから、そう名乗ってもおかしくはないのだ。一つ年下の俺のご主人様は、俺に「良い兄」であることを要求する。それは彼女が「良い妹」であるからだ。真尋は俺に懐いたような素振りを見せながら俺の隣を笑顔で歩く。今日も大好きな兄と一緒に登校できて幸せです。みたいな吹き出しが見える気もする。気持ちが悪い。
七年前、俺が真尋に拾われてから知ったこと。朝比奈和幸さんのことだ。真尋の両親の古い知り合いだとかなんとかで、真尋を引き取ることになったという彼はなんと俺まで快く引き取ってくれた。半ば真尋の命令には逆らえないみたいな風にもとれる彼の優しさは、俺にはとても暖かった。
そして、俺たちは「家族」になった。全員一ミリも血なんてつながっていないのに、俺たちは深い深いつながりを持っている。不思議な話だ。
そんなこんな、考えごとをしていると真尋に靴を踏まれた。「いてえ」という声さえ彼女は睨んで出させてくれない。
「お兄ちゃんは、今日も元気だね」
やっぱり笑った表情が愛らしいなんて嘘だと思う。
□ □ □
「こうすけきゅんは、今日も真尋たんの尻に敷かれているのですね」
真尋と別れた後、俺の頭の後ろにガツンとぶつかってきたもの。それは一つ年上の先輩のこぶしだった。歯を見せにかっと笑ったその表情には殺意を抱く。けれどそれを表情には出さないように気を付けながら俺は先輩に声をかけた。
「おはようございます、城谷先輩。真尋様に御用ならば、先ほど別れましたが」
「ん。あれ、別れたってお前らとうとう破局かああああ。あんなに仲睦まじかったのに」
いやらしい言い方をされて、俺は思わずむっとして彼をにらんでしまう。けれど、それは彼の作戦なのだ。俺のその表情を見て満足げに笑った後、捨て台詞のように言葉を紡いで去って行った。
「真尋たんは、俺の可愛い可愛い恋人なので、そんなに仲良かったら嫉妬しちゃうぞー」
俺を馬鹿にしたようなその言葉に、彼の、城谷スバルの悪意を感じる。城谷先輩の考えることだけは俺は一度も読めたことがない。神出鬼没、摩訶不思議、正直彼のことを「変な人」としか思ったことはなかった。
先輩が真尋と付き合いだしたあの日から、少しずつ真尋と俺の関係は変わっていった。といいたいところなのだが、真尋はたとえ恋人ができたとしても俺と一緒に登下校することはやめなかった。それを何も言わずに見守る城谷先輩のこともよくわからない。
俺たちが兄妹でもなんでもないと知っているのは、この学校でただ二人。この馬鹿な先輩とその奴隷の少女なのだ。俺は、先輩を追いかけてやってきたその奴隷の少女を見た瞬間、あぁ今日も最悪な日だと実感した。