ダーク・ファンタジー小説

007 ( No.46 )
日時: 2017/12/03 20:57
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: G1aoRKsm)



「スバルさんは、ご一緒ではないのですか」

 走ったのか少しだけ息の切れた様子の少女は、俺の目を見てそう告げた。「そうだよ」と俺が言うと、はにかむように笑ってひとつ深呼吸をした。
 彼女は俺のクラスメイトで宮森かずさという。茶髪のボブショートで顔の中央にはそばかすのあるその少女は、お世辞でも真尋のようにかわいいとは言えなかった。だが、笑った表情がとても愛らしく……それは真尋の愛らしさよりも純粋な健気さで俺は好きだった。
 彼女はさきほど俺を罵っていった城谷スバルの奴隷である。俺と同じ立場の少女。けれど、俺とは全くと言っていいほど違う存在。

「なんで、あいつのこと好きなの」

 俺が呟くように尋ねたその言葉を、彼女は聞き漏らすことなく返事を返す。

「それは、きっと浩輔さんが真尋さんのことを好きなのと同じ感情ですよ」

 城谷スバルが言ったならばきっとその言葉は皮肉に聞こえただろう。そう聞こえないのは彼女の優しさが溢れんばかりの笑顔があるからだ。城谷がいないと分かったかと思えば、彼女の足はもう教室の方に向かっていた。
 同じ方向だが俺とかずさは一緒に歩かない。最初にかずさに言われたからだ。私はスバルさんのことが好きだから、だからほかの男子とは噂になりたくないのです。その言葉の裏には、俺が人目を引く存在だからできるだけ一緒にいたくないという思いが込められていた。けれど、最近は少しだけ距離が近くなったような気がする。それはきっと真尋と城谷が付き合いだしたから、だろう。と、俺は思っている。俺の前をすたすたと歩くかずさの背中は俺よりは小さく、それでも真尋よりは大きかった。
 

「俺は、真尋のこと、すきじゃないよ」

 俺はかずさの背中に語りかけた。
 ゆっくりとこちらを振り返ったかずさはいつもと同じ悲しい表情をしている。

「スバルさんだって、真尋さんのことなんか好きじゃないんですよ」

 彼女は消えるような小さな声でそう言った。表情は変わらない。俺を見つめる目も変わらずに。俺の心の中を見透かしてしまったかのようなその瞳。

「真尋はさ——今日も俺に好かれようと必死なんだよ」

 こんなに感情がぐるぐるするのは、久しぶりだ。そもそも、かずさと話したのが一か月ぶりだ。かずさは人の苦しみを解放させるような力を持っている。かずさの声には力があって、俺の心のカギを簡単に開けてしまうんだ。
 真尋が俺のことを好きだというのに気付いている。けど、俺は真尋のことを好きにはならない。
 真尋の好きは意味をはき違えているからだ。俺がどれだけ真尋を好きになっても届かない。

 真尋の好きは、俺に殺されたいから出る愛情表現なのだ。


     □ □ □

 全授業が終わった後、真尋は俺の教室の外で腕組みをして待っていた。俺を見つけたかと思うと、手招きをして自分の方に呼び寄せた。前の扉から出ると、かずさとすれ違った。かずさが真尋を見た瞬間、またあの悲しそうな表情を見せて、俺の方をちらりと見た。俺は無言でうなづいて、かずさはゆっくりと目を伏せた。
 俺たちのアイコンタクトに気付いたのか、真尋はかずさをにらむような目つきで見ていた。静かな真尋の対抗心は、かずさには届かないのに。

「じゃあ、また」

 俺にそうつぶやいたかずさは、すぐに下駄箱の方に向かって階段を下りて行った。自然と目で追っていたのか、真尋に足をけられたのには今気づいた。

「私はスバルのこともかずさのことも、結局何もわからないや」
「真尋様はわかっても声にはしないじゃないですか」
「だって、スバルが私の口をふさぐんだもん」

 短い会話をして俺は真尋の後ろを歩いて行った。降りるはずの階段を彼女は上って行って施錠されている屋上へと向かった。どうするんですか、と尋ねると彼女は先生に脅して貰ったという鍵を自慢げに見せてきた。
 そのいたずらっこのような笑顔には無邪気な幼子の感じがして、俺は無性に心苦しくなった。真尋は屋上を開放してなかなか見せない笑顔をまた俺なんかに見せた。

「わたしさ、世界で一番不幸な存在になりたいや」

 傷つくことを恐れない真尋は、屋上の柵を飛び越えた。