ダーク・ファンタジー小説

010 ( No.49 )
日時: 2017/12/15 08:57
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: /48JlrDe)




 今更ながら、お互いに名乗りあってないことに気付いた生徒会長は微笑むように唇を横に広げて自己紹介した。初めまして、城谷スバルです、と。
 正直な話をすると、私は他人にわざわざ個人情報を渡したくはなかったのだが、相手が名乗ったから一応私も名前を名乗った。初めまして、朝比奈真尋、です。名乗らずとも兄の名前を言ったのだから私の苗字が「朝比奈」であることは分かっているだろうし、生徒会長とでもなれば、苗字さえわかればクラスや出席番号もすぐに見つかるだろうに。
 私が「朝比奈浩輔」の妹と知った瞬間に態度を大きく変えてきたこの男に、私は嫌悪感を抱いていた。

「そっかー、浩輔くんに妹さんいるなんて知らなかったぁ。あれぇ、でも彼は一人っ子だったはずなんだけど」
「はぁ。間違った情報でも入手されていたようですね」
「ううん。違うよ、事実だよ」

 城谷スバルは私の目をじっと見つめて、ゆっくりを息を吸った。

「だって、浩輔くんが言ったんだもん。一人っ子だって」

 


     □ □ □

 あのおしゃべりが、と浩輔の失言にとうとう堪忍袋の緒が切れた。私が妹という事実は戸籍上だけ。私は浩輔の本当の妹ではないし、浩輔だって私を妹なんて思っていない。そもそも私が浩輔と同じ高校に入ると話した時に妹という設定でいきたいと彼に命令したのだ。仲のいい兄妹。私のあこがれていたシチュエーション。
 浩輔は私に逆らうことはなかった。嫌な顔をしながらも、学校では私のことを妹として扱ってくれていた。
 口外はするなとあれほど言ったのに——。満面の笑みでこちらを覗く城谷スバルの顔はやっぱりうざかった。

「知ってる? 浩輔くんのお父さんは殺人事件の加害者なんだよ。彼は最初は施設に入っていたけれど、あるとき一人の男性に引き取られた。彼の名前が朝比奈、だから浩輔くんの今の苗字が朝比奈なんだよ。
 で、その朝比奈って男、実は事件の被害者の知り合いで。浩輔くんが加害者の息子だからって不憫に思って引き取った風に見せかけている。けど、本当は違うんだ」

 べらべらと話し続けるその口は腹が立つぐらいに饒舌だった。
 誰の知るはずのない私たちの話を語る彼の表情はとても楽しそうで。私の背筋が凍った。

「ねぇ、待って……それ浩輔から聞いたわけじゃないっ」
「で! その本当の理由っていうのが!」
「だから待ってよ」

 いわれるのが怖くて私は彼の口を手のひらで覆った。
 城谷スバルはまばたきを一つして、ふーとひとつ深呼吸をした。私を見る目は変わっていない。とても冷たい瞳。

「朝比奈真尋、本名、宮下真尋さん。俺は君の秘密をすべて知っている。ばらされたくなかったら、俺のウソに付き合ってくれないかい」

 今思えば、城谷スバルの愛の告白は何ともくだらないものだったのか。キザな台詞ひとつくらい言ってくれてもよかったのに。そんなまたくだらないことを考えてしまう私もきっと彼の同類だと思った。
 五月のゴールデンウイークが近づいてくる。偽恋しようぜ、と私を脅してきた城谷スバルは結局何をしたかったのか、どうして私たちの秘密を知っていたのか。付き合って二か月たった今でも彼は教えてはくれない。