ダーク・ファンタジー小説

012 ( No.51 )
日時: 2017/12/26 22:07
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: GlabL33E)



「ねぇ、浩輔。ごめんね」
「……あ、の、俺はカレーには毒は仕込んでないはずだったんですけど」

 浩輔の作るチキンカレーは絶品だ。浩輔の家ではずっとビーフカレーだったらしいのだが、私のお母さんの得意料理がチキンカレーだったために浩輔もチキンカレーを作るようになった。辛いのは私の好みの味覚に合わせてくれている。だから、いつも和幸さんは浩輔の作ったカレーを食べるたびに口の周りを真っ赤にさせる。その顔が見たくて、私は時々それ目当てで浩輔に激辛カレーを作らせる。よく酷いと和幸さんに言われるけれど、酷いのは和幸さんも一緒なのに。

 私の平謝りに浩輔は予想以上に驚いた態度を見せた。何について誤っているのかはきっと浩輔にはわからないだろうなぁと私はそっと読んでいた本を閉じた。

「浩輔はいつか私の料理に毒を入れようとしていたの?」

 笑って訪ねると、浩輔も笑った。それはイエスということなのだろうか。そんなこと考えても意味ないのに。今閉じた本の栞が私の腕につんと当たる。そういやページを閉じるときに栞をするのを忘れた。そんなこと、どうでもいいか。

「毒なら、簡単に死ねますよ」

 微笑むその顔は私の大嫌いな表情だ。浩輔は笑った顔は似合わない。私のことを蔑むように睨み付けるあの軽蔑した目が私は大好きだ。けれど私にその表情は見せてくれない。
 入れるなら媚薬にしてほしいな。浩輔に溺れてそのまま何も考えられないようになってそのまま死んでいきたい。きっとそれが本当になったら浩輔は私のことを捨てるだろうに。それでもいいと思ってしまうほどマゾな自分に嫌気がさした。踏みつけられてゴミ捨て場に置き去りにされたい。浩輔の視界に入れるなら何でもするのに。
 きっとこの先も私はこの気持ちを誰にも言わない。このマゾい自分の本性を誰にも明かさずに高飛車なお嬢様としてのキャラを突き通していくのだろう。
 スバルにだって気づかせない。私だけの、たった一つの秘密。


     □ □ □

 夜も遅く、深夜のアニメが始まる時間帯。二時過ぎごろに私は自分の部屋を出て階段を下りた。まだ明かりが点いているのはリビングだけだ。ラジオのDJの声が響くそのリビングで、彼はいつも一人パソコンと対峙している。
 話しかける勇気、とかはどうでもいい。声が出るかの問題だ。
 本当の私は酷く臆病で、偽りの自分がとてつもなく嫌な奴だという事実には申し訳なさだって感じてる。それでもその人だけは私の正体も、私の気持ちもちゃんと分かってくれてる。なんて変な信頼関係が出来上がってる、すこぶる気持ち悪い関係だ。

「和幸さん、まだ寝ないんですか」

 声を絞り出す。震えた声は和幸さんの耳に無事届き、彼は私の方に振り返った。パソコンから手を離した瞬間に彼の手元にあった資料が落ちていき、私もあわててそれを拾いに和幸さんのもとに向かった。

「あぁぁぁぁぁぁ、ご、ごめんね。真尋ちゃん!」
「いや、別にいいけど」

 何枚かまとめて和幸さんに「はい」っと渡した。にっこり笑って受け取った和幸さんは本当ごめんねーとすぐに椅子に戻りパソコンを閉じた。
 見られたくなかった内容だったのか、仕事で他人に見せることのできない内容だったのか。それとも和幸さんの場合なら「真尋に見せることはできない」という選択肢もあるのかも。気になるからといって私が立ち入っていいこととは限らない。だから私たちはいつだって一定の距離を保っている。

「こんな遅くまで、仕事ですか」
「いや……まぁね。あれだよ、もうすぐ命日だし。その日に休めるように仕事を前倒し中、って感じ、かな」

 ぶきっちょなその笑顔が本当は嫌いだ。
 初めて朝比奈和幸と会った日から、私は彼のことが嫌いだった。それでも私に手を差し伸べてくれたのは朝比奈和幸という人間だけだったのだ。
 どうしようもない人生のレールを、外れることは絶対に許されない。

 お父さんの知り合いだという彼を、私はずっと否定し続けるんだ。