ダーク・ファンタジー小説
- 014 ( No.53 )
- 日時: 2017/12/31 17:35
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: B7nGYbP1)
それから頻繁に朝比奈さんはうちに訪ねるようになった。父はとても朝比奈さんのことを可愛がっていて、朝比奈さんもお父さんになついていた。まるで私と真介さんのような関係だった。どういう関係なのかはお母さんは何も教えてくれなかった。ただ、お父さんの知り合いよ、と一言。ただのお客さんには見えない彼は私にもいつも優しく接してくれた。それでもなんだか真介さんとは違って嫌な感じがした。だから私は彼には懐かなかった。
もうすぐ小学一年生になる。ランドセルを買わなきゃね。
そう両親が言った。でも普通の家庭ならおじいちゃんやおばあちゃんが孫にランドセルを買ってあげるみたいな感じのはずなのに、うちはそうじゃなかった。
私にランドセルを買ってくれたのは朝比奈さんだった。お父さんよりもお母さんよりも年下の、若い青年。結局お父さんとはどういう関係なのかわからずにお母さんに言われるがままに朝比奈さんに「ありがとう」といった。
朝比奈さんは土曜日には必ず来るようになっていた。代わりに真介さんがうちに訪ねることが減って、私はまた朝比奈さんのことが嫌いになった。
取引先の人でもないと知ったのは、それからしばらくしてからだった。
ちょうど小学二年生になったころに私は衝撃的なものを見てしまったのだ。お父さんと朝比奈さんがキスをしていた。一瞬何かの見間違えかと思って私は目を閉じた。けれどそうじゃなかった。寝所で彼らがしていた行為はとても恐ろしくて私は後ろにいたお母さんの存在にも全く気付かなかった。
「まひろ」
名前を呼ばれて私ははっとした。
小学生の娘を呼ぶ声ではない。とても低く恐ろしい声。
私は鬼のような形相をしているだろう母の顔を見た。けれど、お母さんはいつもと変わらない顔をしていた。
「ごめんね。私たちを許してね」
小さな声で私に懺悔したお母さんは目に涙を浮かべていた。
七つの私には何が何だかわからなくて、たださっき見てしまったものに吐き気を感じずにはいられなかった。その日二度、私は吐いた。夜中に何度も嘔吐する私の背中をずっとお母さんはさすってくれていた。
□ □ □
「お墓参りの日、ちゃんと来れるんですか」
「うん、まぁ。この調子なら……大丈夫かなーって思ってるんだけど」
へらっと笑みを浮かべたその顔に、やっぱり昔の名残が残っている気がする。私に見せる笑顔はお父さんに見せていた笑顔にそっくりだ。私はお父さんじゃないのに。ただの「娘」に過ぎないのに。
まだ仕事が残っているから、と私に早く部屋に戻るよう勧める和幸さんは、大きな欠伸を一つしてすぐにパソコンを開いた。別にみられてもいい内容だったんだと気付いて勘ぐっていた自分が馬鹿らしくなった。
「じゃあ、私お茶でも入れてきますね」
私がそういうと、そんなことしなくてもいいと彼は冷たい口調で言った。私がとっとといなくなればいいんですか、と言い返すと彼は一言「ごめん」と謝る。そう解釈されるような発言をした癖に、謝るくらいならそんな簡単に口にしないでほしい。私はキッチンでお湯を沸かした。
浩輔が趣味で揃えている美味しいお茶の葉を私は棚の奥から出した。きっと明日私がそれに触ったことに気付いた浩輔は無言で怒りをぶつけるだろう。
「浩輔くんも、今年は一緒に行きたいって。お墓参り」
「そう、ですか」
「一緒に連れて行っても……」
「だめですよ。どうして浩輔を連れて行かなきゃいけないんですか。自分を殺した人間の息子と自分の娘が一緒に暮らしているとか、そんな笑える冗談みたいな本当を私は笑顔で両親に伝えることなんてできませんから」
やっぱり浩輔が入れたお茶の方が美味しいなと思った。お茶を和幸さんの前に出して私はすぐに部屋に戻った。これ以上話していると、何だか吐き気がしそうだったから。
和幸さんのことは好きだ。私を助けてくれた恩人、どれだけ私が彼に救われたことか。それでも私が彼に抱く感情は嫌悪なのである。
「愛人、は、どっちだったんだろうね」
まだ、私は——彼のすべてを知らない。