ダーク・ファンタジー小説

015 ( No.54 )
日時: 2018/01/06 13:44
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: PFFeSaYl)

「今思い出しても、気持ち悪いや」

 自分の部屋に戻ってドアを閉める。朝比奈さんがつけてくれた鍵は私のプライベートを守るためのものだった。がちゃりと右にまわし施錠し、私はベッドに勢いよくダイブする。抱き枕にギュッと抱きつき、私はふーと深呼吸を一つ。

「愛人なんて、楽しかったのかな」

 朝比奈和幸という人間は、母公認の父の愛人だった。
 お父さんの高校の時の後輩で、お父さんの最愛の人。
 
「じゃあ、なんで、さ」


 ゆっくり瞼を閉じた。思い出したくないことばかりが、頭に浮かんでは消えていく。気持ち悪い。
 お父さんもお母さんも、お互いを本当の意味では愛していなかった。


     □ □ □

 うちの両親は偽造結婚だった。お父さんもお母さんもちゃんと他に好きな人がいて、それで結婚した。お互いに一つずつ条件を出して、夫婦という形を作った。
 父の条件は愛人の存在を認めること。高校の頃から付き合っている朝比奈和幸という人間と「まだ続ける」ことを母が認めることだった。普通の人間なら浮気だとかなんだとかで嫌がるそれを母はいともあっさりと受諾した。
 母の条件は子供を作ることだった。生憎、父はバイだったために、母ともちゃんと関係を持った。そのことに関して和幸さんは何も言わなかったが、二股していた本人のお父さんはどういう気持ちだったんだろう。今では分からない。
 お母さんは好きだった人が自分の実の兄だったそうだ。近親相姦というやつである。自分も罪を犯しているから、だから大丈夫と、いつも何でも許してしまうお母さんが私は大嫌いだった。


「……んん、ん? うる、さい」

 びびびっと大きな目覚まし時計の音が響き渡った。勢いよく停止ボタンを殴りつけるように押し、目を開ける。ピントの合っていない世界を一度消して、また目を開く。
 時間はもう八時を過ぎていた。
 九時には家を出る約束をしているのに、一時間でどうするんだ。というか目覚ましを八時にセットしたのは誰だよ、私だ。
 急いでパジャマを脱ぎ、用意していた白いワンピースに着替える。裾のレースの柄が可愛くて、私が窓越しにじっと見ていたのをスバルがあっさりと買ってくれたものだった。誕生日プレゼント、と彼は言ったが、私の誕生日はまだまだ先だった。馬鹿な奴だなと思いながらもそれを口にはしない。私のことなんて好きじゃないくせに。


「やっぱり、このワンピ可愛いな……」

 六月。梅雨の時期で雨が続いていたのだが、今日はとても空が青い。雲の形を見ているとお腹が空いて、ふと時間を見たらもう八時半を過ぎている。勢いよく階段を下りて行ってリビングに向かうと、机の上にはもう既に朝食が置かれていた。ハムと卵、レタスがはさまれたサンドイッチに、ストレートティー。キッチンの方には洗い物をしている浩輔の姿があった。

「真尋様、お時間大丈夫ですか」
「心配するなら、起こしに来てくれても良かったじゃない」
「真尋様、自分で何を仰っているかちゃんとご理解なさった上で発言なさっておりますか?」
「……うるさい」

 パクっと一口でサンドイッチをたいらげる。口についたマヨネーズをナプキンで拭って私はお皿を下げにキッチンに入っていく。

「浩輔さ、どうしてお墓参りなんて行きたいの?」
「どうしてって、そりゃ。一種の懺悔みたいな、ものじゃないですか」



 浩輔は何も悪くないでしょ。



 誰もそれを浩輔に言ってあげなかったんだ、今まで。
 浩輔はこれまでも、そしてこれからも、私のことを「全部奪ってしまった可哀想な女の子」として見るんだろうか。可愛そうなんて思われたくない。同情なんてされたくない。
 私が何も話さないのが悪いのだろうか。私の両親は殺されても仕方がないような、それくらいに頭のねじが一本飛んだ人間だったと。それを浩輔に言わないのがいけないのだろうか。

 言えないよ、浩輔に嫌われたくないもん。言えないよ。


 玄関の扉を開けた。黒いスーツ姿の和幸さんは、真っ直ぐに空を見ていた。そこにお父さんはいないんだよ、って言ってあげるべきだろうか。お父さんはもうどこにもいないのだと、言ってあげないと気づかないのかな。

「あ、真尋ちゃん。そっか、もう九時か。じゃあ、車に乗って。行こうか」

 口にしても、しなくても、最初から全部壊れていたら関係ないのかな。
 車の中で、煙草の匂いがした。