ダーク・ファンタジー小説

1 ( No.58 )
日時: 2018/04/12 21:10
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: CSxMVp1E)

 放課後の校舎の響く楽器の音。オレンジ色の夕日が窓から差し込み、光で金色の楽器がキラキラと輝いて見える。リードをマウスピースにつけて、ゆっくり息を流し込む。テナーサックスは優しい音を響かせた。


 「どしたの、窓ばっか見て」
 「ふぇ、ああ、いやなんでもない」
 「何でもなくはないでしょう。どうせ綾瀬のこと見てたんでしょ」 
 「ち、ちがう、ちがうもん!」

 アルトサックスの手入れ中の友達がにやにやしながら声をかけてきた。私はどぎまぎしながら、楽譜に目を落として誤魔化す。見てない、見てない。わたしは綾瀬君のことなんか見てない。心に何度も言い聞かせ、ごほんとわざとらしい咳ばらいを一つして、また楽器を吹き始める。

 「あんた好きすぎでしょ。もう告白すればぁ? どうせ両想いだって。あいつと仲いいの楓ぐらいだし」
 「で、でもぉ」

 自然と楽器を離し、私は大きなため息をついてしまう。恋になると奥手だよね、楓って。友達は呆れたように頭の後ろをかいてまた楽器を吹き始めた。苦手だと言ってた連符がすらすらと吹けるようになっているのに気づいて、ああ負けたくないと思った。

 私には好きな人がいる。同じクラスの男の子でサッカー部に所属している、名前は綾瀬純平くん。明るくて爽やかで、誰にだって分け隔てなく優しい彼に惹かれているのはきっと私だけではなく、彼がほかのクラスの女の子から告白されているのだって知っているし、だからこそ自分が付き合えるなんてどうしても思えなかった。
 話すようになったきっかけは、クラス委員。吹奏楽部で部長を務める私に委員長を任せようというのは、クラス全員の総意らしく、断りたくても断れなかった。ただ副委員長である綾瀬くんがいろいろサポートしてくれて、今までみたいに「いやだな」と思うことは少なくなった。

 「あんた、頑張りすぎだろ。ちょっとは人に頼ればいいのに」


 重たい資料運びを何も言わず代わってくれた綾瀬くんがすたすたと歩いていくのに私は何も言えず立ち尽くしてしまったことがある。うまく言えないけれど、今までこんなことは一回もなかったから。楓は何でも一人でできるでしょって、勝手に決められてそれが当然になってたから。綾瀬くんの何気ない優しさにうっかりときめいてしまったのだ。


 好きと気づいた時にはもう遅かった。彼の顔を見るたびに顔が火照ってうまく話せない。心臓がバクバク音を立てて呼吸がくるしくなる。でも、彼を見つめずにはいられない。
 放課後、校舎の中から彼の姿を探してしまうのが癖になってしまった。ああ、好きだよ。大好きだよ。いつか言葉にできたらいいのに。
 教本の中に入っているラブソングを吹きながら、私は今日も彼のことを只管に想う。どうにもならないこの感情をいつか伝えられたらいいな、そんな幸せなことを考える。夕日は落ちて、きっと私は何も知らないまま君を想い続けるのだろう。



 「 小波楓 “ 好きって言ってもいいですか ” 」