ダーク・ファンタジー小説
- 4-1 ( No.12 )
- 日時: 2017/08/21 20:11
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: KG6j5ysh)
- 参照: 御門雪無の後悔
「そんなにいい子で疲れない?」
上から降って着た声の主は、黒いパーカーに短パンの小柄な少年だった。笑っていたはずの口角が引きつったまま動かない。睨みつけるようなその少年の視線に自分が愚かだと気付かされた。
「理想の息子を演じるのって絶対疲れるよ。早く諦めた方がいい」
塀の上に上ったその少年は、勢いをつけてこちらに飛び降りてきた。
小学生だろうか。汚れたスニーカーに鋭い瞳。記憶に残るには十分すぎるほど綺麗な顔。
「なんで君にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ」
「あ。ごめん、関係ない人間が余計なこと言った。気にしなくていいよ、ちょっと同情しただけ」
少年の言葉が一つ一つ、俺の胸に刺さる。
「君、名前は?」
あとで知ったのだけれど、その子は施設児童だった。親がいない子供だそうだ。
「わたし? わたしはマキ」
またあとで知ったのだけど、その子は少年ではなく、少女、だった。
「あの時のマキは本当に男みたいだった」
そう言うとマキは頬をリスみたいにぷっくり膨らませて眉をあげた。
「いつの話をしてるの。めっちゃ昔じゃん、会ったばっかの時はわたし、中学一年生だよ?」
「中一の割には、態度デカかったなーマキ」
「うるさい。同い年なんだから態度でかかろうが関係ないじゃん」
スカートをはいたあの時の少年が、俺のすねを勢いよく蹴る。高校が同じになってから、マキの機嫌がすこぶる悪い。多分、俺がこの前に告白したからだろう。
「マキ、なんで怒ってんの?」
「御門がわたしに好きとか変なこと言うから」
変なことじゃないじゃん。心の中で反抗するものの、声には出さない。きっとマキに言ったら、もっと機嫌が悪くなるから。
窓から外を見つめるマキは、俺の方なんか全然見ずに適当に相槌を打つ。俺の恋愛感情を偽物だと勝手に否定する。
「好きだよ。マキ」
「そんなの嘘だ。勘違いだ」
風で彼女の髪がふわりと靡いた。あの時の男の短い髪がここまで伸びたかと思うと、それだけ年月が経ったんだなと思いしらされる。
『ふーん。でも、御門は御門でしょ。お兄さんと同じになる必要はないと思うけど』
あの時、自分の中で一番葛藤していた感情を、いともあっさり壊された。
マキは俺の悩んでることは馬鹿らしいほどちっぽけなことだと教えてくれた。
俺を救ってくれたマキに、ただ純粋に恋をした。
「好きなんだ。マキ」
高一の春、君に好きと伝えた。出会いから、三年。一度も君は自分のことを語ってくれない。
- 4-2 ( No.13 )
- 日時: 2017/08/21 20:15
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: KG6j5ysh)
小学三年生の時、七つ年上の兄さんが死んだ。交通事故であっけなく、俺たち家族が見守る中、永眠した。家族はみんな泣いてて、俺もすごく悲しくて泣いた。
兄さんは有名な進学校に通う、将来も嘱望されている若者だった。母さんも父さんもみんな兄さんを可愛がっていて、死んだことをなかなか受け入れられなかったのだろう。
「雪無、あなたは圭一のようになるのよ。圭一みたいに、勉強もスポーツも頑張って、みんなから愛される存在になるの。わかったわね」
兄さんが死んでから、俺は兄さんのようになるように育てられた。猫をかぶるのは当然だったし、愛想笑いも得意になった。
でも、何でかすごく辛かった。自分を自分と認めてもらえない歯がゆさが、苦しかった。
「今日もいるんだ。ここに」
マキがよくいる公園に自ら足を運んだ。彼女はやっぱり男の子みたいな格好で、暇そうにベンチに座ってる。
「何か用?」
素っ気なく返されてイラっとしたけれど、俺は別にと言ってマキの隣に座った。沈黙が三分ほど続いて、ようやく口を開いたのはマキだった。
「あんた、本当に何の用? わたしに何を求めてんの?」
今よりきつい口調で、怒り任せに吐かれた言葉。マキの睨みつけるようなその瞳は、恐ろしかったけどとても綺麗で、見惚れて声が出なかった。
言い放ってぷいとそっぽを向いたマキは、そのまま立ち上がってスタスタ歩いていった。俺はどうすればいいのかわからずに「待って」と言って追いかけることしかできなかった。
「ねぇ、マキ」
「ああああああうるさい。用がないなら話しかけないで」
「用なんかない!」
勢いよくマキの腕を引っ張ってこちらに向かせる。
「俺がマキに会いたいって思っただけ」
言ったあと、マキの顔が女の子になった気がした。ピンクに頬を染めた彼女はやっぱり俺を睨みながら、大きなため息を一つついて手を払いのけた。
「うるさい」
十二歳のマキは、弱かった。ツンとつついたら砂の塔のように呆気なく壊れそうだった。脆いその心を必死に隠して、彼女は俺のすねを勢いよく蹴った。
- 4-3 ( No.14 )
- 日時: 2017/07/30 22:21
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: lQjP23yG)
「どうして?」
マキは頭にクエスチョンマークを浮かべて、こちらをじっと見た。
「だってみんな兄さんを愛してた。きっと俺は兄さんにならないと、捨てられる。要らないって言われる」
あの公園のベンチに座りなおして、俺はマキに不安を吐露した。けれど、俺の感情なんかガン無視で、マキは当然のように答える。
「ふーん。でも、御門は御門でしょ。お兄さんと同じになる必要はないと思うけど」
どれだけその言葉に救われたか、きっとマキは知らないだろう。俺も口下手だから、なかなか上手く言えない。
マキはバタバタ足をぶらつかせて、その勢いで立ち上がった。そして一回ターンをしてこちらを向いた。
「わたしはニコニコ笑って気持ち悪い御門より、今の御門の方が好きだよ?」
何気にディスられてることにも気づいていたけど、それよりマキに「好き」と言われたことが嬉しかった。俺と同じ感情ではないことはわかっていたけれど、それでも。
もう帰ろう、と夕焼けの赤い空を見ながらマキは言った。蝉の鳴き声がしなくなったその場所で、マキの声だけが響く。俺は頷いてゆっくり立ち上がった。マキの隣を歩いていいのは自分だけだと勝手にそう思いこんで、小さな彼女の手のひらを握る。嫌がりながらもその手を握り返す彼女が可愛くて、俺も強く握り返した。この子が俺のものになればいいのに、俺のものだけになればいいのに。伸びた影をじっと見た。自分の今の表情を、マキにも、誰にも、見られたくなかった。
「だからぁ、好きなんだって!」
「うるさいっ。勘違いだって、そんなの」
「勘違いじゃない、だって三年も片想いしてきたんだよ」
「あああああああっ、もううるさいいいい」
逃げ回るマキに、追いかける俺。かれこれ三十分近くこの鬼ごっこが続いている気がする。
マキはどうして信じてくれないのだろう。あれ、いや、違う。
マキは信じたくないんだ。自分が愛されようが、いずれ捨てられることを知っているから。
「マキ、じゃあこうしよう」
たった一つ、逃げ道を準備しないとマキは心を許してくれない。
「いつでも俺のことを捨てていいから。要らなくなったら、いつでも」
笑った俺を、きっとマキは不快に感じただろう。でも、それがきっと彼女の逃げ道になったのだと思う。差し出した手をゆっくり握った彼女は、あの時の彼女と何も変わらない。
「わたしは、好きになりたくなかったよ」
いつか要らないと言われるのが、怖かった。一緒だね、俺たち。
ごめん。困らせてごめん。それでも君を手に入れたいんだ。誰にももう、渡したくない。
◇槙野つくも、御門雪無 高1
回想 槙野つくも、御門雪無 中1