ダーク・ファンタジー小説

6-1 ( No.17 )
日時: 2017/08/10 17:15
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: /48JlrDe)
参照: 遠野風子の決別

 煙草もビールもやめろと言われた。
 最後にマキと会ったのは二ヶ月前。御門くんと結婚するらしい風子の姉は、それっきり連絡してくることはなかった。結婚式に招待されたらどうしよう、と考えながら風子はお腹をさすった。

「ね。どうしよう」

 好きな人は変わらず御門くん。愛しているのも御門くん。だけど、お腹に宿った新しい命の父親は御門くんじゃなかった。

「風子は御門くんじゃなきゃ、ダメなのに」

 最愛の人は、マキにとられた。一番大好きで大嫌いなお姉ちゃんにとられてしまった。
 風子はマキのことを少しだけ恨みながら、空っぽの部屋で寝転んだ。




「え。待って、風子ちゃんって今何歳だっけ?」

 店員が来て注文を聞かれた。御門くんがアイスコーヒーを頼むのは、いつもの癖なのだろうか。流れで風子もメロンソーダを頼んだ。
 もう四年くらいの付き合いになるけれど、初めてデートに誘った。きっと向こうはデートなんて一ミリも思ってないだろうけど。

「十九歳ですよ。御門くんの一個下でした、後輩でしたー」

 信じたくなかったんだろう。
 御門くんの挙動不審な様子に笑いをこらえきれなくなって、風子は口角を上げた。

「それって、もうマキに言ったの?」
「ううん。今日初めて御門くんに言った」

 なんで一番に言うのが俺なんだ、とぽつりと不満を漏らして御門くんは頭をかいた。好きな人だからだよ、と答えたかったけれどこの状況じゃ絶対に言えない。

「今何周目?」
「五周目」

 淡々と言葉を交わしていく。
 二十分後には御門くんのアイスコーヒーはもう空だった。風子のメロンソーダも氷が溶けて薄くなっている。

「相手は?」
「誰だと思います?」

 逆に質問してみたけど、御門くんは分からないと短く答えただけだった。

「御門くんだったらよかったのに」
「ん、何か言った?」
「ううん。なんでもないよ」

 聞こえないくらいの小さな声で呟いて、御門くんを見た。
 御門くんがマキのことしか見えてないって、そんなの最初から分かっていたじゃないか。
 だから風子がキスをした相手もエッチをした相手も、御門くんじゃない。いちばん自分がわかっている。

 御門くんと出会うきっかけになった、明るい地毛はもう染めた。バッサリ短く切って、御門くんのことを忘れようとした。それでも大好きだった。忘れることなんてできなかった。

「風子がお母さんになるとか、マキには死んでも言えないよ」

 妊娠した。相手は誰なのか見当がつかない。それも自業自得だ、風子が自暴自棄になったのが悪い。
 でも、マキだったらなんて言うだろう。優しいから一緒に育てようとかほざくかもしれない。
 その優しさが風子を傷つけているということにマキは一生気づかないだろう。マキは無意識に人を傷つける天才だから、きっと風子も傷つけられる。


 人の感情をいつも簡単に抉る。それも大事な奥の、深いところを。


6-2 ( No.18 )
日時: 2017/08/11 21:52
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: lQjP23yG)

 御門くんに連れられて来たのは市民病院だった。風子のお母さんが入院していた病院で、小さい頃の風子はこの場所が嫌いだった。病気に蝕まれていくお母さんが可哀想で、痛がっているお母さんを救ってくれない病院の人たちが悪魔に思えた。

「ここ」

 ネームプレートの名前を見て、風子は声が出なかった。御門くんがガラッと扉をあけてこちらを見る。今まで言えなくてごめんね、と御門くんは小さな声で謝った。

「あ、やっほー。風子」

 右手の手のひらをヒラヒラ振りながら、マキは笑ってる。点滴の管に繋がれて、起き上がるのもやっとみたいなのに、表情だけは明るい。でも風子はすぐわかる、四年も一緒にいたのだから。
 無理やり笑った顔だって、すぐに気づいた。

「何がやっほー、なの」
「え、だって風子がわたしに会いに来てくれるなんて嬉しいじゃん」
「それくらい、いつでも……」

 お母さんが死んだ光景がフラッシュバックして、一瞬吐き気がした。口元を押さえて地面を見る。マキの顔を見たくなかった。

「いつでも、くるよ」

 入院してるって、どうして教えてくれなかったんだろう。毎日のように鬱陶しいメールを送って来てたのがパタリと止んだのは、このせいなのだろうか。
 どうして一番大事って言ってた風子に教えてくれなかったんだろう。

 結局一番大事なのは、御門くんのくせに。

「そんな顔しないでよ」

 そんな顔ってどんな顔?
 風子の今の表情が、おかしいっていうの?

「マキ、あのね」

 二ヶ月も連絡せずに、ようやく会おうと思ったきっかけはきっとこれだ。
 風子はマキのことをよく知っていると自負している。だってマキのことが世界で一番大嫌いだから。
 あの日、あの夏の日、飛び降りたあとマキに言われた言葉を思い出す。
 「風子が世界で一番大事」嘘だ。嘘だよ。

 だって、風子のこと思うなら、それなら。

「死なないよね、マキ」

 ボロボロと無意識にこぼれていく涙に心は追いつかなかった。この光景は見たことある。何度もなんども、苦しみながら生きたいと思いながら、それでも近づいてくる「死」と言う恐怖。

「言えなくて、ごめんね」


 そっと風子の頭を撫でて、優しい顔でマキは笑った。
 風子はマキのことなら何でも知っている。だって、マキのことをずっと、


 風子を救ってくれるヒーローだって思ってたから。


◇ 槙野つくも、御門雪無 20歳
 遠野風子 19歳