ダーク・ファンタジー小説

7 ( No.19 )
日時: 2017/08/22 21:03
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: y68rktPl)
参照: 槙野つくもの悪戯

 やりたいことは全部やった。
 願いごとは、子供の望むことのような単純なものだった。

「御門、もういいや。ありがとう」

 毎日空の写真を撮る。晴れの日も雨の日も、台風がきたとしても毎日毎日写真を撮る。その日しか切り取れない空を、アルバムに綴った。

 わたしが入院すると決めた時に、御門は何も言わずに一枚の紙を出した。

「……ごめん。忘れてた」
「うん、大丈夫。しよう、結婚」
「そう、だね」

 死ぬって分かってるくせに、未亡人になりたがる御門。未亡人は女性の場合なんだっけ、と昔やった御門とのやりとりを思い出して少し笑った。

「好きな人と幸せになるって、罪悪感はんぱないね」
「俺も罪悪感でいっぱい。マキと同じくらい」

 入院の手続きと同じタイミングで役所に行って婚姻届を出した。お幸せにと声をかけられたけれど、これから幸せになるための結婚じゃない場合どう答えたらよかったんだろう。ありがとうございます、と笑顔を作って御門が答えてたのに胸が痛くなった。

 この結婚は、御門がわたしのことを忘れないための呪いだと思う。
 ずっとずっと一緒に居られるわけないから。だから、するんだ。どうしようもなくバカだ、わたしたち。



「ずっとずっと好きでいてなんて言わないから」

 八月の真ん中。
御門の誕生日にアルバムを渡した。空の写真集と名付けたそのアルバムを見た御門はただ一言、大事にすると笑った。

「わたしがいなくなったら、他の誰かと幸せになってね」


 これで、御門に忘れられることはない。御門の唯一になったわたし、ズルをして手に入れた幸せ。可哀想じゃない、わたしは可哀想じゃないんだ。


「ごめんね……ごめんね……」


 どうか神様、もう少しだけ時間をください。
御門ともう少しだけ、もう少しだけ、一緒にいたいんです。

 ほら、叶わない願いごとばっか。





「そっか。妊娠したんだ、おめでとう」

 わたしが風子に笑いかけると、風子はくしゃくしゃの顔で笑った。罪悪感はなかった。

「酷いや。風子がどんな気持ちでマキに報告したのか、ちゃんとわかってる?」

 ごめん、わかんないや。
御門は持ってきたフルーツバスケットからリンゴを取り出してするする剥いていく。対面した風子だけが泣きそうな顔で声を荒げた。

「御門はあげないよ」

 リンゴを剥き終わった御門が透明の小皿に乗せてわたしの前の机に置いた。
 御門が話を聞いてるのかはよくわからない。何も反応せず、ただわたしの隣に座っている。


「紅茶でも入れるね」

 ゆっくりと体を起こしてわたしは部屋を出た。
 風子はわたしのことをどう思ってるんだろう。コップに湯を入れながら、そんなどうでもいいことを考えた。どうせ、最低な姉だという印象は変わらないだろうに。
 コップを三つお盆の上に置いて、一つのコップに魔法をかけた。風子がわたしのことをずっと覚えてくれていますように。

 病室に戻った。うまく笑顔は作れているだろうか。うまく、君の前から姿を消せるだろうか。
 考えるだけで胸がいっぱいになった。そんな、夏の最後の意地悪。



◇ 槙野つくも 20歳、御門雪無 21歳
 遠野風子 19歳