ダーク・ファンタジー小説
- 10-1 ( No.26 )
- 日時: 2017/09/04 21:36
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: KG6j5ysh)
- 参照: 槙野つくもの結末
ずっと考えてることがある。わたしの人生は不幸だったのか否か。考え始めたのは中三の夏。母親の再婚話を聞いたとき。
「じゃあ、もうわたしはいらない?」
最後に海に行きたいとお母さんにいうと、無言で彼女は運転し、海に連れていってくれた。潮風の匂いと、波の音。お母さんの顔は笑ってなかった。
「そうよ」
短く答えたお母さんは、そろそろ行くわよと先に車に戻った。
わたしは海の前に立ってゆっくり前進した。履いたサンダルが水で濡れる。それでも前に進んでいった。腰のあたりまで水に浸かって、ふと気がついた。
自分は決して死にたいわけじゃないのだと。
捨てられるのが無性に怖かった。いらないって言われるのがただただ怖かった。
「……っあ、……うぅ、あぁ」
冷たい。気持ち悪い。
施設に捨てられたときに気づけばよかった。もうお母さんは、わたしのことなんていらないのだと。また一緒に暮らせるなんて期待しなきゃ良かった。どうせ、叶わない願い事だし。
溢れる涙が止まらずに、声を殺して泣いた。悲しいと言う感情よりは悔しいという感情の方が大きかった気がする。
わたしがここで死んだらきっと、お母さんの記憶には絶対に残る。永遠に忘れられない記憶となるだろう。
でも、無駄だ。こんなことしたって無駄なんだ。
「バカだなぁ、わたし」
カバンに入れてあったタオルで水を拭き、車に戻った。濡れたスカートは別のに替えたけれど、お母さんは一切気がつかない。
お母さんの好きな九十年代のアイドルの音楽が流れる車内で、タバコの臭いと無言の圧がわたしを苦しめた。
*
「風子」
血だらけの風子を見て、わたしは吐き気に襲われた。バンジージャンプとかふざけたことを言って飛び降りたあの子は、黒板に大きく死ねと残し空を飛んだ。
「わたしに死ねって言ってるみたいだよ」
黒板消しで必死に消した。誰にも気づかれないように。
救急車で運ばれていった彼女を見て、わたしはあまり何も思わなかった。
ただ純粋に、死ぬんだな、って思った。
死ななかった風子を見て少し落胆した自分がいた。多分、心のどこかで死んでほしいと思っていたのだろう。酷い女だ、わたしは。
「死んだら、風子は幸せになれる。きっと解放されるよ」
お母さんの束縛から解放される方法は、きっと死ぬことしかない。それはわたしも風子も同じなんだ。考えることは一緒。だけど、行動を起こしたのは風子だった。
羨ましかった。飛び降りた風子が羨ましかった。
- 10-2(終) ( No.27 )
- 日時: 2017/08/26 20:18
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: QLMJ4rW5)
御門に結婚しようと言われた日、すぐに荷物をまとめて姿をくらませた。同情されたとは思わなかったけれど、御門の人生の汚点にはなりたくなかった。
「風子に会いたいなぁ」
御門の家から出て一ヶ月経ったある日、無性に風子に会いたくなった。一種の自慢だ。わたしは風子より先に死ねるんだよ、いいでしょうって、そういう自慢。
風子にとっての死は、お母さんからの解放だけど、わたしは違う。
お母さんの記憶に一生残る、最悪な記憶となって束縛する。そういう死だ。
「久しぶり」
メロンソーダばっかり飲む彼女は、前に会った時と変わらない。
変わったのは髪の毛の色と長さ。黒髪のショートカットになった風子は、最初誰かわからなかった。
「結婚するの?」
風子が泣いたことに少しだけ優越感を感じた。一番大事だと言いながらも、きっとわたしは一番風子のことが嫌いだったのだ。
「するよ」
御門と結婚するなんて考えてもなかったけれど、その言葉は簡単に出た。
*
御門のことは好きだった。大好きで大好きで仕方なかった。唯一、風子にあげられなかったのが御門だ。
それくらいに愛してた。誰にも渡したくなくて、必死にしがみついてたのはわたしの方だった。
だから風子の気持ちが痛いくらいにわかった。
御門を好きな気持ちは一緒だから。
風子が妊娠してないことはすぐに気がついた。嘘をつく時、いつも風子は耳の後ろをかく。わたしだけが知ってる癖。
だから、風子のマグカップに「風子の嘘がバレませんように」と魔法をかけて、持っていった。薬も何も入れてない。
御門だけには気づかれませんように。
風子の一世一代の決心が鈍りませんように。
わたしだけが悪者になりますように。
「喉、乾いた」
御門に飲み物を買わせにいって、ゆっくりと息を吐いた。胸のあたりがすごく痛かった。自分のしたことが間違いだらけだと今になって気づく。
ゆっくりわたしは目を閉じた。おやすみなさい。誰もいない病室で、一人で呟いた。
涙は出なかった。
蝉が死んだ夏。わたしが死んだ夏。